案件4 きみにあいたい 16
「どうぞごゆっくりしてらして。コーヒーぐらい構いませんわ。もうお会いすることもないでしょうが、お仕事の健闘を祈っています」
立ち去る女の後ろ姿を眺めながら、萩原はラッキーと呟いた。
しかしすぐに憂い顔へととって変わった。利用価値のある情報提供者だと当て込んだのだが、とんだ見込み違いだった。
こういったことで萩原の勘が外れたことはないのだが、今回追っているネタは今までの事件とは別格だ。
やはり、近藤愛美自身に近付くしかないようだ。頼みの綱が切れようとも、それでもなお萩原を駆り立ててやまないのは、一体何だろう。
事件への興味か、記者としての職業意識か、それとも……?
*
東大寺は、教室の扉の横に掲げられた2-5のプレートを見上げると、大蛇退治の須佐之男命もかくやという顔をする。転校慣れしている東大寺には珍しいほどの緊張を、彼はいま強いられていた。
「2-5はここか。良かった。去年と同じ教室やのうて」
去年も5組だったが、その教室は階段を挟んで左隣にあった。年度ごとに使用教室が僅かに移動する、学校の運営指針に東大寺は感謝した。口に出して呟いてみると、幾分気分が和らいだ。
もともと東大寺は、深く考える性質ではない。東大寺は、スライド式のドアに手をかけると引き開けざま、おはようさんと中に声を掛けた。
クラス中の注目が東大寺に集まったようだ。不自然な沈黙が痛いが、そんなことで動じる彼ではない。
教卓にテープで止めてある席順を確かめて、見るまでもなく出席番号順の東大寺の席は教卓のまん前だった。
しかし案外、教卓の前というのは、教師の目が届かなかったりするものだ。近すぎて見えないということもある。
東大寺が薄い鞄を机に放り出して、椅子を引き出したその時。怪訝そうな顔で東大寺の動向を見守っていた少年の一人が、すっとんきょうな声を出した。
「あれ、何で…… クラス違うんじゃ」
凝固したのは東大寺だけではなかった。
クラス替えをして間もない時分は、必ず一人か二人去年のクラスに行ってしまうものだ。間違えた方もかなり恥ずかしいが、見ている方も笑うに笑えない。傍にいたその少年の友人らしいのが、顔色を無くしていた。
「あっ、馬鹿。……お前……」
少し反っ歯でウサギかリスを思わせる少年は、ようやく何かを理解したようだ。その途端、気が遠くなったようだった。東大寺も瞬間冷凍から解凍されて、椅子に腰を下ろす余裕ができた。




