案件4 きみにあいたい 15
女は、コーヒーを持ってきたウェイターが去るのを待って、いま思い出したというようにああと呟いた。
「そう言えば、確か同僚との会話で聞いたことがあるような。〈何でも屋〉とか呼ばれる会社で、表向きは小物の輸入関係の仕事をしているとか。そのような会社が、私とどんな関係があるんですか?」
女は笑みを絶やさない。
もし事件の渦中にあった半年前、同じ質問をしていれば彼女はなんと答えただろう。どちらの質問にもイエスと答えたに違いないと思うのは、萩原の都合の良すぎる考えだろうか。
嘘を吐いているのでは断じてない。口を割らないことで得られる利点は、現在のところ何も浮かんでいない。
一連の事件の関係者は全て、誰もが肝心な記憶を失っているとしか考えられなかった。
その際たる点が、萩原が追いかけている近藤愛美という少女についてだろう。
緑ケ丘、鷹宮、聖蘭女子。近藤愛美が、この半年の間に転入転校を繰り返した学校だが、書類上は無論、関係者の中にすら彼女の記録は残っていない。
「お話がそれだけならお帰り願えます? 仕事がありますので。もっと楽しいお話を聞かせてもらえるのなら、別な機会にお会いしたいものですわ」
高橋芽久の母親は、艶然と微笑んだ。
「記者さんも大変ね」
やはりこのオバさんは苦手だ。萩原は、ずっと年上には興味はない。あと、この際言っておくが、断じてロリコンでもない。
「キャリアウーマンも大変でしょう。忙しくって、恋人どころじゃないんじゃないですか。僕なんか彼女に見切りをつけられたらそれまでですけど、あなたは美人だから引く手数多でしょう。お嬢さんの為はさておいて、結婚の意思はないのですか?」
一見墓穴を掘っているようだが、さりげなく彼女がいることはアピールしている。
それに案外お世辞ではない。男に媚を売る態度が、女性や一部の男性には不評を買うだろうが、屓目に見ずともモテるのだろう。
「一生結婚する気はないわ」
女が一瞬見せた、翳りの表情を萩原は見逃さなかった。
面の皮が厚いマスコミ気質は萩原自身も否めないが、だからと言って人の心の機微にまで疎い訳ではない。
笑みの消えた暗い目が印象的だった。明るく振る舞うことで、気丈なキャリアウーマンを演じているだけなのかも知れない。未婚で子供を生み、今まで育て上げたのだ。
人には言えぬ辛い人生を送ってきたであろうことは、おって知るべきだ。