案件4 きみにあいたい 10
安定した給料と生活に、慣れきった自分がここにいる。
加納がジャーナリストとしての情熱まで失ってしまったのに対して、田村はいつまでも記者としての本来の姿勢をとり続けたと言える。
その所為で、マッドドッグなどと呼ばれる、訳の分からない事件の犠牲者になり果てたのだ。
深入りし過ぎだ。あれほど止めたのに……。
「田村の葬式以来だしな。今度一緒に飲みにでもいくか」
加納は何かをふっきるかのように、軽い調子で萩原に言った。萩原も微笑みながら、プリントアウトした数枚の紙を、加納のデスクに載せた。
「いつでも誘ってください。これ、読まずに捨ててくれてもいいけど、興味があるようなら、今度会った時にでも進展状況をお知らせしますよ」
意気揚々とした足取りで、萩原は加納の前から立ち去った。
加納は暫くの間ためらっていたが、やがて観念したように萩原が置いていった紙を取り上げた。
知ってはならない、見てはならない禁断の果実だ。
〈浦羽学園で殺人事件〉変質者によるゆきずりの犯行か? 学園の中庭において野沢舞さん(15)が死んでいるのが発見された。凶器は発見できず、犯人の手がかりもない。
〈身許不明の死体、浦羽学園での殺人事件と関連か?〉十代後半から二十代前半と見られる男性の遺体が、浦羽学園にほど近い路地で発見された。死因は全身の裂傷による失血死。身許を確認できるものは何一つ身につけていなかった。
〈身許不明の少女・病院で死亡〉十代後半から二十代前半と見られる女性が重傷を負って都内の病院に運ばれたが、三日後の今朝未明死亡した。
〈緑ケ丘高校の連続行方不明事件解決〉学校も助かった被害者達も沈黙。
〈再び野犬の仕業か?〉鷹宮高校で、竹内龍太郎君(15)が補講室内で死んでいるのが発見された。動物によるものと見られる噛み傷があり、死因は頸動脈の切断による失血死。生徒の目撃談もあり、一連の野犬騒ぎとの関連を調べている。
〈聖蘭女子学園で集団自殺?〉売春組織の中心であった英語教師のミシェル=ハワード容疑者の死を皮ぎりに、生徒八人の自殺が確認されている。行方不明中の佐久間夕璃さん(18)の安否が気遣われる。
加納は大きな溜め息を吐くと、短く刈った頭髪を掻き混ぜた。
普通の一生を送りたかったら、こういう事件には首を突っ込まない方がいい。親友とも呼べた田村が、身をもって教えてくれたのだ。
加納は胸が騒ぐのを覚えながら、それでもその書類を捨てられずに机の引き出しにしまい込んだのだった。
「萩原の奴。田村と同じ目ぇしてやがる。早死にするぞ。あの馬鹿みたいに」