案件4 きみにあいたい 9
萩原は取材を続けて、事件追求の手を止めた訳ではなかったが、結局全ては闇の中。事件解決の記事を、マッドドッグを追いかけ続け、無残に殺された田村への贐にすることはできなかった。
「近藤愛美の足取りなら掴んでいます。でも彼女は、かなり難攻不落ですけどね。でも、何としてでも落として見せますよ」
愛美本人が聞けば、目を吊り上げて怒りそうなことを萩原は言うと、再び電子版に目を戻した。
頻りにメモをとっている萩原に、加納はまだ何か言いたそうだったが、終わったら声をかけてくれとだけ言って、資料室から出ていってしまった。
一人残された萩原は、暫く忙しそうに手を動かしていた。
「済みませんでした」
パソコンに向かっていた加納は、その声に「おう」と一声かけて顔を上げた。
少し童顔で、歳よりも若く見える萩原武史が、気まずそうに立っている。もう用事は済んだらしい。
部外者をそう簡単に資料室に入れるのは問題だったが、萩原は別だった。
ある意味、この新聞社に顔を出し辛いということはあるだろう。しかし萩原を知っている人間も、この部屋には何人か詰めていたが、誰も咎めようとはしなかった。
「何、構わんさ。アイツが可愛がっていた後輩だ。それよりも、お前。うちに戻ってくる気はないのか?」
確か今、萩原は二十七だと言っていた。新卒で社に採用されたのは、五年ほど前のことになる。加納や田村の下で働いていたのは二、三年だったろうか。
萩原は、明らかに困ったような顔をする。加納は、その様子からこの話は断念せざるを得ないことを理解した。
「飛び出していった身ですから、戻る気も、戻れるとも思ってません。それに俺、今の職場、結構気にいってますし。融通は利きますからね」
萩原が新聞社を辞めた時のことは、今でもはっきり覚えている。
警察内部で起きた不祥事を、警視庁が隠蔽していた事件で、マスコミ各社は上部から圧力をかけられ、事実に虚偽を施した報道がなされた。
報道の自由。ジャーナリズムの正義はどこにあるのかと、上層部相手に談判をして、萩原はその日のうちに社を辞した。
若さゆえの情熱も無鉄砲さをも含めて、加納は萩原を羨ましく思ったものだ。
しかし、いくら警察や政府当局の情報操作に憤りを感じていても、妻子を養う上でも、大手の新聞社を止めることは田村や加納にはできなかった。今は離婚してしまい、身軽な身ではあったが、フリーになる気もなかった。