案件4 きみにあいたい 8
「まあ、そういうことだな」
「そういうことだって……、それでいいんですか。俺は納得いきません」
加納は、喉の奥で笑いを洩らすと、若いなと呟いた。
「調べたさ。俺だって、伊達に事件記者はやっていないさ。最初言ったように俺は、三崎高校の事件を取材していた。近藤愛美という名前にいきあたったのはその時だ。その子は、ガス爆発の起きた1年B組に在籍していた。にも関わらず、クラスメイトは誰一人としてその子のことを覚えていないんだ。いや、知らないと言った方がいい。それに、初めは間違いなくあったクラス名簿の彼女の名前が、いつの間にか消されていたのさ。近藤愛美という生徒は、三崎高校には存在しないんだ。近藤愛美の中学・小学時代までを調べた訳じゃないから、多分その子を知っている人間はいるんだろうが、生き残った1-Bの生徒達は口を揃えて彼女の存在を否定した。嘘をついている訳ではなさそうだ。俺は、その娘が家族を殺して火をつけた犯人じゃないかとも思ったんだがな……」
萩原は思わず、そんな筈はないと言い返した。
「推測だけならいくらでも可能だろう? 事件の真相を突き止めたいと思うのは、記者としての当り前の欲求だ」
「その事件はどう見たって他殺です。記事にするのに新聞が駄目なら、匿名で雑誌に送るとか」
加納はそれに、愚問だというように答えた。
「上からの圧力がかかったんだよ」
つまりそう言うことか。
「それだけじゃない。手がかりは火事で全部焼けちまった。近所に聞き込みに回ったが、何一つ疑問な点や不審者の線も出てこなかった。五里霧中だよ。せめて近藤愛美の足取りさえ掴めればとも思ったが、この件はもう俺の中では終わっている。俺はまっとうなブンヤなもんでね。田村みたいな最期は遂げたくないから、手を引いた」
加納の口から田村という名前が出た途端、萩原は反射的に目を伏せた。半年前に亡くなった先輩というのが、その田村だった。
加納と田村は同期入社だ。同じ事件畑でライバルとして切磋琢磨しあう二人は、田村の生前は仲が悪いように見えたものだが、彼の突然の死を人一倍悲しんだのは加納だった。
田村は、近藤愛美も関係しているMad Dog事件の被害者として死んだ。
それから一ケ月も経たない内に、事件は解決され、以降マッドドッグ出現の話は聞かない。事件は迷宮入りという決着を見、何一つことの真相は明るみにでなかった。