案件4 きみにあいたい 3
「ごめんな、千尋。俺、ちゃんと頑張ってるから。兄ちゃん一人でも何とかやっとるで。だから、一緒にはいかれへん。俺はまだ死ねんのや」
その言葉が終わると同時に、少女の姿が、ふっと掻き消すように見えなくなった。東大寺は、追いかけたいと思う気持ちを押さえて、ぐっとその場に踏みとどまった。
辺りを覆っていた、いっしゅ重苦しいような違和感が引いていく。それとともに立ち込めていた霧が、太陽の光に溶けるようにして消えた。
東大寺の足元で、カラカラと小石が崩れる音がする。東大寺は思わず息を飲んで、あとじさりながらその場に尻餅をついた。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄った愛美と萩原は、その光景に思わず足を竦めた。
東大寺が立っていたすぐ下は、深い谷になっていた。はるか崖下を流れる細いせせらぎの音が、聞こえている。
「あと一歩でも動いていたら、まっさかさまね。いくら東大寺さんでも、助からなかったわよ。もう。心配させないでよね」
愛美は今にも泣き出しそうな顔で、膝を折って東大寺に抱きついた。まるで猫のように東大寺の肩に頬をこすりつけている。東大寺はこわばっていた表情を解くと、ごめんと謝った。
東大寺も流石に肝が冷えた。
萩原は、恐々と崖下を覗き込んでいる。しかし、危なっかしい腰つきで立ち上がる東大寺を置いて、愛美は自分一人でさっさと歩き始めていた。立ち直りが早いというか、切り替えの早さには舌を巻く。
さっきまで東大寺の身を案じて、普通の女の子のように目を潤ませていたのに、もう寸分の隙も見えなかった。
「さっさと行って、仕事を片付けなくっちゃ」
東大寺は思わず、行くって何処へと聞き返してしまう。愛美は、振り返ると腰に手を当てて、小さい子供を叱る母親のようなポーズをとった。
ちょっと生意気な子猫ようだと言ったら、彼女は怒るだろうか。
「泉に行くんでしょ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」
まだ桜の季節には早いが、山の木々は早春の風の中で芽吹き始めている。
確信に満ちた足取りで、再び道なき道を歩き出した愛美に、萩原と東大寺は顔を見合わせて、その背を追いかけた。
*
「一体……これはどういうことだ!」
萩原武史は思わず声に出して叫ぶと、椅子から腰を浮かせた。近くのデスクにいた加納が、こっちを見ているのを感じたが、気にしている余裕はなかった。
今から半年以上前。つまり去年の九月十三日付けの新聞の、三面の隅に報じられた火事の記事。