案件4 きみにあいたい 2
萩原と二人っきりで、愛美は大丈夫だろうかと、今は人の心配なんかしている場合ではない。
普通なら霧が晴れるまで、大人しくしている方が賢明だろうが、待ったところでこの霧が晴れるとは思えなかった。
それよりも、目的の泉とやらを探すのが得策ではないか。しかし東大寺は、今更ながら自分の方向感覚に自信が持てなかった。
何処をどう歩いているのかも分からない。全ての感覚が麻痺してしまったかのようだ。
レースのカーテンに人影が映るように、前方の霧の中に人の姿を認め、東大寺は思わず足を止めた。
愛美でも萩原でもない。
東大寺は一歩、一歩、確かめるようにその人影に近付いていく。地面の質が変わったことに、東大寺は気が付かなかった。影は動かずに、その場にとどまっている。
ピンクのランドセルの肩紐と、制服の吊りスカートがぼんやりと、空気の流れに合わせて見え隠れしていた。
東大寺は幼い顔立ちのその少女に駆け寄って、力一杯抱き締めたいという欲求を押し込めて、ゆっくりと少女との距離を縮める。
霧の中に見える少女が、消えてしまうのが恐ろしかった。
「何も言うてくれへんの?」
東大寺は、切ない表情を浮かべて少女に話しかける。
手を伸ばせば触れられるところで、東大寺は足を止めた。少女の吐息や体温さえも、感じとれそうだ。
東大寺は、もう一歩踏み出そうとした。触れれば壊れてしまいそうな予感を抱きながらも、ゆっくりと腕を伸ばす。
「俺のこと、恨んでるんか。ちひ……」
「駄目。行っては駄目」
突然の静寂を乱す制止の声に、ハッと東大寺は目の前の少女から視線を外した。
背後の茂みから、愛美と萩原の姿が現れる。詰めていた息を吐いて東大寺は初めて、自分の胸が早鐘のように波打っていたことに気が付いた。
目の前の少女と、愛美の顔を交互に見ながら、東大寺は眉をしかめてこめかみを押さえる。
「東大寺さん」
愛美は不安そうで、今にも東大寺に駆け寄りそうな素振りを見せる。東大寺は首を振って、大丈夫だというように頷いた。
少女は、つぶらな瞳でじっと東大寺を見つめている。東大寺は目を閉じると、伸ばしかけていた手を固く握り締めて、まるで重い荷物でも持っているかのように力を込めて自分の元へ引き戻した。
東大寺の唇から溜め息が洩れる。しかし、東大寺は昂然と顔を上げると、少女に微笑みかけた。