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案件4 きみにあいたい 1

 水鏡みずかがみ えいずる影はぬ人と 幾夜いくよ呼ばいし 忘れえぬ君

 

 プロローグ

 ラッシュ時の駅の構内。電車を待つ人の波がホームに溢れている。

 二番線に間もなく電車が到着します。アナウンスの駅員の無味乾燥な声が響く。

 日本全国どこでも見られる朝の駅の光景がそこにはある。

 学ランに薄っぺらい学生鞄を下げた高校生が、つまらなそうな顔で電車を待っている。向こうのホームの電車が先に発車し、通勤に急ぐ人々は吸い込まれるように改札口を抜けていく。

 その通り過ぎていくだけの、見知らぬ無関係な他人の群れの中に、少年はよく見知った顔を見つけた。

 その女が着ている地味な色のスーツは、何度も彼は目にしていたし、たぶん一生忘れられないだろうと思われたものだ。

 少年は、自分の前にいたサラーリーマンを突きのけるようにして、身を乗り出した。思わず駆け寄ろうとして少年は気付いたが、時既に遅く、彼は足を踏み外し、ホームから転落していた。

 目の前に電車が迫り、少年の顔が恐怖に歪んだ。ホームに入って減速していた電車は、しかし少年を弾き飛ばすには十分だった。

 ブレーキの軋みが甲高く、朝の空気を震わせる。

 悲鳴。顔を背ける者。腕時計に目を走らせて、苦々しげに舌うちする者。

 突然の非日常的な出来事に辺りは騒然となるが、そこには一種の整然とした落ち着きがあった。所詮は人事に違いないからだ。

 その場にいた人間に突然ふりかかった惨事は、自分や近い身内の死ではなく、赤の他人の死であり、ダイヤが乱れて通勤・通学に差し支えが出るという程度のことだった。

 

 少年は特に外傷らしきものは見あたらなかったが、頭を強く打っていたらしい。救急隊員の処置も空しく、少年は搬送される救急車の中で死亡した。

 混濁した意識の中で少年は、うわごとのように母親を呼んでいた。痛みから解放された時、少年の顔は死に対する恐怖はなく、とても穏やかだった。

 *

 白い霧に、数メートル先の視界は遮られている。

 風の動きに合わせて木立の影が、膨らんだり歪んだりして、まるで魔物のようだった。霧が腰のあたりまで這い上がってきて、足元は全く見えなかった。

 東大寺とうだいじは、靴底が枯れ枝や落ち葉を踏みしだく感触と、音だけを頼りに歩き続けている。

「まずいな。これはマジであかんわ」

 掌が緊張に汗ばんでいる。何度も声を限りに愛美まなみの名を呼んでみたが、返事は返ってこなかった。見えない壁に阻まれているかのようだ。

 生き物の気配が何一つしない。たぶんこの霧の所為だろう。

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