案件3 魔女裁判 50
理由はこちらも問わなかったし、相手も言うつもりはなかったようだ。プライバシー云々ではなく、なぜか名前は伏せておくのが賢明だと萩原は思った。
近藤愛美もそう感じるらしく、ただ黙って頷いただけだった。
「魔女は確かにいたって訳ね」
萩原に聞かせる為に言ったのではないらしい。
彼女は所在なさそうに、足踏みをした。寒さが堪えるのは、萩原も一緒だ。
近藤愛美の帰りを、一時間ばかりは待っただろうか。粘るのは慣れているが、付き合っている恋人を、待たせることはあっても待つことはない。
萩原はようやく本題を切り出した。
「君の知っている真実を、包み隠さず教えて欲しい。あの学園で何が起こったのか。どのように彼女達は殺されたのか。もう、終わったことだなんて言わないでくれ。全ての事実が明るみに出て初めて、事件は終わるんだ」
近藤愛美は、その問いに面倒臭そうな顔はしなかった。
律義なのか、義務感なのか。近藤愛美は、その年頃の少女とは思えない難解な言い回しと、含蓄のある言葉を語り始めた。
「蘭女の生徒達に必要なのは、語り継がれるに相応しい伝説。死んだ少女達の家族にとっては、自分の理解の及ぶ範囲内においての事実。人々には、この事件の真相は理解できないわ。たとえ全ての解答を提示したとしても、それはあなたの記事と同じように捩じ曲げられ、この社会に適応する真実としてだけ生き残るの。真実は一つだけれども、人によっては真実は一つじゃないわ。あなたが知っていること、それが全てよ」
言葉の響きに惑わされて、うまく言い含められてしまう。
近藤愛美は話は終わりだと言わんばかりに、ひらひらと手を振って萩原を追いやる仕草をした。それにしても、嫌われてしまったものだ。
こんな可愛い子に嫌われるのは、結構きついものがある。
「もう二度と私の前に現れないで。あなたには失望以外の気持ちは持ち合わせてないわ。今度私の前に姿を見せれば、容赦なく……」
近藤愛美は含みを持たせるように、そこで口を噤んだ。
――殺すのかい?
萩原の声は少し凉れていた。
イエスという近藤愛美の答えを予期して、萩原は訳もなく恐怖を感じた。近藤愛美は、一瞬驚いた顔になった。どうやら萩原の答えは突飛なものだったらしい。
すぐに何か考えるような顔付きになった。
「かも知れないわね」
近藤愛美はガラス扉を押すと、玄関ホールに滑り込んだ。
少女は会いたくないと言ったが、再び、それも近いうちに出会うであろう予感があった。今度こそ真実を突き止めてみせる。
三ケ月以上前に終止符を打った、鷹宮高校のマッドドッグ事件の記事を握り潰された時とはまた違った、闘志のようなものが湧いてきた。萩原の記者魂だ。
暫くすると、四階の少女の部屋に明かりが点った。
それを確認して、萩原は暗い夜道を歩き始めた。
真実を追求することへの、あくなき挑戦を止めるつもりはない。それは、ジャーナリストであることの誇りだ。