案件3 魔女裁判 45
暫く歩くと、紫のダウンジャケットと色の抜けたデニムの少年が、ガードレールに腰掛けているのに出会った。
茶色の紙袋を胸に抱えた東大寺は、愛美に気付くと右手を上げて笑顔を見せる。
「紫苑は一緒ちゃうん?」
ヨハン=マクドナルドこと紫苑は、臨教を終えるにあたって、別れを惜しむ少女達に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
女の子のあしらいのうまい彼のことなので、愛美は目線だけで先に帰ることを告げて出てきたのだ。
夕食を共にする為、どこかで落ち合わなければと、思っていた矢先の東大寺の出現だ。
愛美は鞄を下に降ろすと、ガードレールに東大寺と同じように腰掛ける。昨日電話で話をしたばかりだが、顔を合わせるのは久しぶりだった。
「女の子の後始末に四苦八苦してたわよ」
東大寺は愛美の答えにケッという顔をしたが、すぐに気を取り直したらしくいそいそと紙袋を広げて見せる。
食欲をそそる匂いがすると思っていたら、袋の中身は熱々の中華まんだった。
色気より食い気とは、まさにこの東大寺の為にある言葉だろう。関西弁でノリもよく(少しカル過ぎる感は否めない)スポーツ少年らしい爽やかさと、なかなかどうして東大寺は見られた顔をしている。
彼女がいないのが不思議なぐらいだが、男子校の身+SGAという特殊な状況にあれば、それも仕方がないのかも知れない。愛美も彼氏がいないのだ。人のことを言えた義理ではなかった。
「おらんかったら取り分が増えるからええわ。二人で山分けしよ」
東大寺は、これは餡まんで、これは肉まんでこっちはピザまんだと店開きを始めた。重かった気分が解れていく。
愛美は肉まんをとり、東大寺は手始めにピザまんにかぶりついた。
冷たい風の中でハフハフ食べる肉まんほど、おいしいものはない。
愛美は、二個目のピザまんに手を出している東大寺を横目で見ながら、できるだけ平静を装ってその言葉を口にした。
「紫苑さんが記憶喪失だなんて、驚いた」
東大寺は食べることに集中したまま、何のことはないというように頷いた。
紫苑という名は、彼の本名ではない。記憶があるのは、この二年半ほどだけで、それ以前の約二十年間については、全く分からないらしい。
自分の名前すら、思い出せないのだ。両親はもちろん、どこで生まれたのかも、何をして生きてきたのかも。
紫苑が自分のことについて寡黙になるのは、話さないのではなく、語ろうにも語れないのだ。