表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/201

案件3 魔女裁判 43

 気を取り直すかのように紫苑しおんは口を開いたが、声からは覇気が失われていた。

「我が御名みなに於て命ずる。我が名は……」

 我が名は…… 。

 紫苑はそれ以上、言葉を続けることはできなかった。唇を手の平で押さえたまま、震えている。

 愛美まなみは、紫苑の突然の変化についていけず、うろたえた。

 愛美が紫苑の肩を支えると、凉れた声で「私には出来ない」と呟いた。

「呪文を発動させる鍵は、洗礼名なんです」

 紫苑が洗礼を受けていない筈はない。愛美は口にはしなかったが、紫苑には通じたらしい。

 紫苑は力なく首を振ると、自分の名前が分からないのだと答えた。愛美はえ?と口を開きかけたまま、茫然となった。

 名前が分からない。それが意味するものは一体何だろう。紫苑は……?

「私には、この悪魔に魔界に還るよう命じることはできません。それなら簡単なんですが、闘えば愛美さんに被害が及ぶでしょう」

 困惑する愛美に、紫苑も困ったような顔をして俯いた。夕璃ユリは勝ち誇ったように、最後通牒を突きつける。それが、彼女が女王様でいられた最後だった。

「召喚者の願いを叶える時は今よ。ケィフィウス。二人を地獄へと突き落としなさい」

 突然、蝋燭の灯りが一本残らず消えた。悪魔の咆哮が、不気味に辺りの空気を振動させる。

 悪魔の名をみだりに唱えることは許されない。

 黒魔術に手を出すことは、自分の身を危険に晒すことに他ならないことを、この少女は理解していなかった。

 無知が破滅を呼び寄せたのだ。地獄からの使者であるその悪魔は、甲虫のような巨大な腕を夕璃の方に伸ばした。

 悪魔の鉤爪が夕璃の胴体に食い込むのを見ると、紫苑は愛美の肩を引き寄せて、守るように抱き締めた。

――悪魔トハ本来、人ニミスルモノデハナイ。幾ラ召喚デ呼ビ出サレヨウトモ、望ミヲ叶エルカ否カハ、タブンニ我ラノ気紛レニヨルモノ。一度ダケナラマダシモ、性懲リモナク呼ビ出ストハ。ソノ魂、地獄ニ引キズリコンデクレル。

 その瞬間。

 夕璃の表情は、何とも捉えられない漠然としたものとなった。

 悪魔の姿が、沼を思わせる闇の中に同化していく。それにつれて、悪魔に捕らえられたままの夕璃も呑まれていった。

 少女は、驚愕と混乱がないまぜになった表情を浮かべていた。ズルズルと引きずり込まれ、ついには手首の先と、おとがいの先だけが見えるのみだ。

 潮のように闇が引いていく。

「嫌ーッ!」

 愛美は、夕璃の最後の悲鳴に耳を塞いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ