案件3 魔女裁判 38
愛美には悪魔を祓うことはできないが、紫苑にとってはエクソシストなどお手のものだった。
その紫苑が、犯人が割れたにも関わらず、警告という消極的な手段に出たのかは分からない。彼の優しい人柄ゆえかも知れない。
だが悪魔に魂を売った少女は何を思っているのか、自分の身の破滅など思いもよらないのか、ごく無造作に、そして、ある種の絶対的な信頼をもってその言葉を使った。
「すべては神の思し召しのまま」
愛美は、怜悧な視線をチラリと少女の顔に走らせると、薄笑いを浮かべた。彼女にとっての神とは何だろう。自分を肯定する都合のいい神だろうか。
愛美の喉の奥から、侮蔑を込めた笑いが洩れる。
愛美は拾い上げた黒魔術の呪文書を、少女の手に押しつけると、そのままきびすを返した。捨て台詞を付け加えるのは忘れない。
彼女に及ぼす影響にほくそ笑みながら、愛美は神学室を後にした。この先に起こるであろう結末は、予測可能だ。
「いるかいないか判らない神の思し召しより、あなたが不用意に手を出した悪魔に注意しなさい。人を呪わば穴二つ。闇を手懐けられると思ったら、大間違いよ」
少女は、恐らく生まれて初めてとも言える嘲笑に、ようやく顔を強張らせた。彼女は、愛美に渡された本を強く握り締めている。
少女が見せた感情の発露は、暗く濁ったこの学園を取り巻く気配そのものだった。
――私を侮辱する者は……許さない。
*
《東京都私立聖蘭女子高等学園 19XX年創立 生徒総数720余名 特色 寮完備 英語教育の強化 ミッション系スクール 付記 資産家や著名人の子女が多く集う学び舎であり、進学校としての実績も誇っている》
いつもながら、無味乾燥そのものの文章が印字されて、愛美の前にある。
SGAの情報収集専門家、巴和馬少年の手によるものだ。彼が小学校五年生にしてハッカーであることは、IQ200という事実と考え合わせれば、何らおかしなものではない。
何度も繰り返して読まれた書類はくたびれて、愛美の脳にしっかりインプットされている。見る必要はなかったが、それを手放せないのは儀式的な意味合いからだった。
《事件が起きたのは、クリスマスも押し迫る二十一日の未明。学内の敷地に隣接された礼拝堂で、人が殺された。死亡推定時刻を割り出すのは不可能に近い》
発見されたのは、二十二日の早朝のことである。
発見者はこの学園の理事長だが、最大の功労者は、この男が連れていた愛犬である麗々しいアフガンハウンドだった。狩猟犬としての本能に目覚め、犬は飼い主を血の海と化した礼拝堂へと導いた。