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案件3 魔女裁判 36

 手にしていた肩掛け鞄を下ろすと、少女は一冊の本を取り出した。

「文字通り黒魔術の世界ね。それにしても、よくもまあ、集めたものね」

 部屋に響いた声は、少女には思いもよらないものだったらしい。彼女の手から本が滑り落ちた。

 気配を微塵も感じさせず、暗幕の隙間から滑るようにして、同じ聖蘭女子の制服を着た少女が現れる。

 髪をポニーテールに結い上げた、大人っぽい印象を与える少女は、近藤愛美(まなみ)と言う。三学期の始業式に、この学園に転校してきたばかりだった。

 愛美は少女の落とした本を拾い上げて、埃を払った。古びて変色した、皮の装丁の薄い本だ。

 書名は〈秘術・悪魔を呼び出す呪文から祭礼の全て〉と読める。書架に詰まった本のタイトルは、中世や練金術・悪魔といったものがまず目に飛び込んでくる。

「観念した方がよさそうよ。年貢の納め時って言ってね」

 少女は沈黙を続けている。

 なぜ愛美がこの部屋に入ることができたのかを、問おうともしない。それ以上動じない少女に、愛美は肩を竦めて笑って見せた。

「蘭女連続変死事件の犯人があなただなんて、まさか誰も思いはしないでしょうね」

 ギリシャ彫刻のように端正な少女のおとがいを、愛美は掴んで持ち上げる。不貞腐れるでも、無表情を貫くでもない、少女の毅然とした態度が鼻に付く。

 愛美の中に憎しみの感情が、静かな怒りの炎となって揺らめいた。

「どうして彼女たちを殺したの?」

 愛美は自分で発した問いが、愚問だったと思い当たった。少女はただ、愛美を見つめているだけである。なぜと聞くまでもない。全ては調査済みだ。

 しかし少女は、内心愛美の動向を測れずに困惑していることだろう。

 なぜ愛美がこの場に現れて、自分を凶弾しようとしているのか、理解できる筈がない。愛美が何者であるのか、それは彼女を雇った依頼主だけが知っていることだ。少女は静かに口を開く。

「この学園を汚す者は誰であっても許しません。何者も裁かない神に代わって、この私が裁きを与えたのです。裁く権限は、悪魔さえ支配する超越した力を持つ選ばれた者だけ。それがこの私。それに彼女達は罪を償う為に、当然の報いとして死んだのです」

 少女には、何の気負いも感じられない。少女の余裕綽々たる態度に、愛美は撫然とした表情になる。

 

 当然の報い……か。

 

 彼女の歪んだ心に巣食う狂気に、愛美は戦慄を禁じ得ない。たとえどんなに捩じ曲がった倫理であっても、誰にも理解できない概念だとしても。

 それがその人間にとって真実ならば、まさしく真実以外の何物でもなくなるという、いい見本だ。

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