案件1 そして誰かがいなくなる 10
しかし祠の屋根半分と下側が見事に潰れていて、木の破片が辺りの草地に散らばっている。ボールか何かが飛んできて、当たったような壊れ方だ。
その祠から、霊気というか悪意の片鱗のようなものが感じられる。
何かがいる気配はない。
何かがいた残り香、みたいなものだろう。
「ここで何をしていたの。これを壊したのはあなたなの。あなた何か知ってるのね?」
愛美が矢継ぎ早に詰問口調でそう言うと、信雄は怯えたような顔をしてあっという間に駆け去ってしまった。
愛美と東大寺はあまりの素早さに驚きを隠せず、木立の間に消えた菊池信雄の背中を思っていた。
「急いては事を仕損じる、てな」
愛美は確かに東大寺の言う通りだとも思ったが、何かの予感めいたものが愛美を急がせていた。
愛美は黙って、祠の前にしゃがみこむ。
祠に取りつけられた両開きの扉が、開いたままになっている。
中は空洞だ。黒い穴がぽっかりと開いている。
愛美は怖る怖る手を祠の中に入れた。愛美は感電でもしたかのように、腕を引っ込めた。一瞬脳裏に流れ込んできたビジョンは、愛美にその祠に祀られていた物の姿を如実に語ってくれた。
手の平に収まるほどの小さな緑色の丸い板。それと同じ物を、愛美ははっきり見た覚えがある。日本史の資料集に載っている古代の銅鏡。色が緑なのは、緑青に被われているからだ。
鏡は古代から、呪術的な色合いを強く持っていた。
神話に見られる三種の神器の内の一つは、八咫鏡という鏡だ。
鏡に何かが、封印されていたのかも知れない。しかし、この祠はそんなに古い物ではないだろう。せいぜい数十年といったところだ。
鏡はどこにいってしまったのだろう。
誰かが持ち去ったのか、それとも?
「その鏡が今回の事件の鍵か?」
愛美は多分と頷いて、東大寺をちょっと怖い顔で睨んだ。紫苑が、人の心を勝手に読むなと怒っていた気持ちがよく分かる。
心の中を見透かされるのは、あまりいい気分ではない。愛美のその心の中を読んだ訳ではないようだが、東大寺は謝った。
「愛美ちゃんとか紫苑は、俺と波長が合うんかして、ふっと考えてることが分かったりするんや。俺も、他人の家の中覗くみたいで嫌やねん。聞かんで済むように、ロックしてんねんけど、波長が合ったり強い思いなんかは流れ込んでくるから困るわ」
東大寺は超能力者だ。スプーン曲げのような、テレビの視聴率を上げる為の見せ物ではない。
東大寺は愚痴のように呟いたが、少し寂しげな横顔をしていた。




