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part 1 悪魔の契約?

『あと十日、十月二十五日』

 俺のスマホには余命通知が表示されている。

 血圧、心拍数、体温は全て身体に付けられた測定器から。何もかもが管理され、淘汰され、人間は全てロボットに支配されている。GPSがオンになっていれば位置情報も丸分かりだろうし、データ化され、個人情報の塊と化したこの魔法の機械は全ての人間にとってなくてはならないものになってしまっている。

 全てこの小さなパソコンであるスマホに表示される。

 全てがデジタルで管理されたこの世界では、人の余命すらもスマホに表示されるようになった。

 死神など、恐るるに足らぬ。

 誰かが『悪魔の機械』と言ったのをどこかで聞いた。甘い戯言で引き摺り込もうとする、確かに悪魔なのかもしれない。それが当たり前になった現代では、そんな話など忘れ去られている。

「あと十日かぁ……」

「十日?」

「いや、こっちの話だよ」

 俺の名前は磯貝賢治(いそがいけんじ)

 隣で人の良さそうな顔してフェロモン出しまくりの色っぽい男は俺の大学の友人、斎藤和也(さいとうかずや)。見た目からしてモテそうだが、やっぱりモテる。

「十日な……中途半端でやること思いつかねぇよ。お前だったらどうする? 十日あったらなにするんだ」

 俺は和也に聞いた。本当に思いつかなかったのは本当だから、聞かれてしまった言い訳としては成り立っている。

「十日ぁ……? 俺は女の子と飲んで、飲んで、飲み明かすけどな。一番楽しそう」

「お前に聞いたのが間違いだったよ」

 どうやら貴重な時間を食い潰すだけだったらしい。俺にはこいつの話を聞くほどの暇な時間はない。

 何せ十日しかない。

「どうせなら一ヶ月くらいあればよかったのに」

「なんの話だ?」

 ガクッと肩を下ろして項垂れても、和也に話せるような話ではない。

「次の講義なんだっけ」

 ポケットの中のスマホをまさぐり画面を表示させる前に和也が俺の話を遮った。

「あ、俺は第四講義棟の地下だ。お前は?」

「第四講義棟って……なんの講義だよ」

「歴史学」

「お前そんなの取ってたの?」

「悪いかよ」

「うわ、真面目〜」

 悪いかよ、と言った和也の顔が真っ赤になっていた。これは面白い。

「歴史学って、昔のことを勉強して楽しいかぁ? お前が取ってるの平成だろ? ひいじぃちゃんとか、ばぁちゃんが生きてた時の話なんて今の俺には関係ねぇよ」

「お前なぁー、昔のことを知ればこれから困難に直面した時にどうすればいいのか分かるだろ? 温故知新、古きを温めて新しきを知る」

 和也はチャラいが真面目だ。

 毎日大学に来るし、ちゃんと講義中も寝ずに出ている。見た目からは想像もつかない。

「見た目、チャラいくせにガリ勉くん」

「うるせぇ」

 他愛のない会話は弾む。

 俺は頭の端っこであのスマホの通知をどうしようか考えていた。言い出せそうにない。和也はどんな顔をするのだろうか。ちょっと興味がある。

 昔、平成の前にあった時代の初めに、赤紙という戦地収集令があったらしいが、もしかしたらそれをもらった時の感情に似ているのかもしれない。

 いつか来るのは分かっていた、なのに来たら来たであんまり実感が湧かない。そんなような。

『戦争に行くだけの指令なら、まだ生きる可能性も少しはあったのにな……』

 余命通知。そう書かれた表示を見てため息を吐く。

『死ぬのか、俺』

 せめて美味しいもの食って死にたかったな、と思うのはまだまだ実感がないためである。

 和也と別れて、ブラブラ歩き始めた。次の講義はサボろう。これからを計画して、そして精一杯悔いのないようにして死のう。それがいい、それがいい。それが一番だ。

 大学の広場のベンチに寝転がり、そして目を瞑る。そよそよと風が吹き抜けるのが肌で分かる。

「和也の講義が終わるまで……ここでぐっすり……」

 その時だった。

「だからダメなんじゃない? このクズ」

 グエッとカエルが潰れたような声を出してしまったのは、お腹に圧力が瞬間的にかかったせいだ。飛び上がって立ち上がると、そこには真っ黒な髪の女の人がいた。ゆったりとした長い黒髪をかんざしで止め、長い睫毛を瞬かせる。肌は白く、滑らかな細い腕が見える。

 妖艶な美人だった。

 そして服は――。

「……キモノか?」

「そうね。着物よ。あら。貴方、歴史に疎いくせにそういうのは知っているのね」

 思わず頷いた。何故、さっきの俺の会話を知っているのだろう。

 今時、そういう服を着ているものはまずいないが、一般的な知識として知ってはいる。

「昔、スマホで見た気が」

「あぁ、そのカラクリね。すまほ、とやら。便利になったものだわ」

 カラクリ、妙に古臭い言い回しをする。

「あんた誰だ?」

 俺が問いかけると案外彼女はすんなり答えてくれた。

「私の名前は香久夜(かぐや)。源氏名だけど悪く思わないでね」

 源氏名ねぇ。やっぱり物言いが古臭い。

「はぁ」

「貴方のことは知っている。磯貝賢治、大学生。夢もなければやりたいこともない。余命通知なんてそんなものにあっさり人生を諦め自堕落に過ごそうとしている、馬鹿な人」

 余命通知が来たことを何故知っているのだろう。

「そんなこと……」

「あら? 違うの?」

 確かに違わない。俺は余命通知が届いたことでもう諦めてはいたし、十日でなにができるとも思わなかった。だから、こうして寝ようとした。

 けれども、それを今あったばかりの誰とも知らぬ他人からズバズバ言われる筋合いもなく、例え絶世の美女だからといってムカつかないわけがない。そう、目の前にいるのが妖艶な着物美女でも変わりない。

「それを貴方から言われる筋合いはないです! 確かに貴方が言うように俺は余命通知が届いたことでもう諦めて寝ようとしていましたよ! だって、十日しかない! 十日でなにができるって言うんですか!」

 精一杯、声を張り上げたつもりだった。

 彼女――、香久夜は俺の声に驚きや怯えることはなく口元の先でニヤリと笑みをこぼした。

 その顔が俺には一種の恐怖を感じる。

「貴方さぁ」

「はい?」

「私と契約してみない?」

 あの表情を見た後で俺が考えたのは、これは俺にとって良い話ではなく悪い話なのではないかということ。

「それは西洋の悪魔が行うようなこと? 魂をもらう代わりに願いを叶えるとか」

「うーん、それは違うわよ。私は対価を貰わないの。だって、貴方死ぬんでしょう? 貴方が望むことを予測するならその余命通知を伸ばすか無くすかでしょうけど、そのすまほに書かれた事実は変わらない。それを変えることは私にもできない」

 どっちみち俺が死ぬなら、それは俺にとってデメリットではないか。

「なにをするんだ?」

「十日を貴方が今までの人生で最高だと思える十日間にするわ」

 かなりアバウトではないか?

「……例えばなにを」

「そうねぇ……恋とか?」

 思わず吹き出した。

 香久夜はニタニタと笑いを浮かべている。

「賢治くぅーん。小学生の時に隣に座っていた女の子に一目惚れ。声をかけるも当時メガネで地味だったので全く相手にされず。勢いで告白するもその子に一言「キモイ」と言われ撃沈。中学、小学生の経験がトラウマになり女の子に全く話せる機会もないまま卒業。高校生、周りが行事やなんやで浮世立つもやっぱり声をかけられずに轟沈。そして大学入学。女の子にモテモテの茶髪の親友を勝ち取るもやっぱり女の子に……」

「あーあー、もういい! やめてくれ!」

 俺は手をぶんぶん振って彼女の口を塞いだ。

「どう? 契約する気になった?」

「そうだな、確かに恋人の一人や二人が出来れば人生バラ色、後悔なく逝けるよ」

 皮肉を言ったつもりだったが軽くあしらわれる。香久夜が小さく「一人でいいでしょう」と呟いた。無視する。

「それで、俺はなにをすればいいんだ」

「契約してくれるのね!」

 やむなし、ゴリ押しで契約を迫ったくせに。

「まぁ、やってやる。なにをすればいい?」

「なにもしなくていい。ただ立っていれば」

 香久夜はそう言うと目を瞑った。

 それは唄だった。澄んだ、川のせせらぎのような遠く空まで突き抜けるような唄。その唄に共鳴するように蒼い光のヴェールが彼女を包み、消えていく。

 綺麗だ。

 

 貴方に今、会わす顔がないの。

 何故かしら。ずっと待っていたのに。

 最果てのこの地まで来たのに。

 貴方はもう、覚えてはいないのね。

 

 次に香久夜が目を開けた時、俺は思わず拍手してしまった。香久夜の頬は少しだけ赤い。

「綺麗な唄だった」

「ありがとう、貴方に褒められるなんてこれ以上の祝福はないわ」

 香久夜の目が一瞬曇る。

「契約完了。今日から十日間、よろしくね」

「え、あぁ」

 にっこりと笑みを零した香久夜は、願いを叶える代わりに魂を奪う悪魔よりもずっと狡猾な気がした。

 

   俺の余命通知はあと十日。人生最期の十日間が始まる。

 



前々から投稿しよう投稿しようとは思っていたのですが長引きました。

ここで連載するのは初めてですね。よろしくお願いします。

前回の投稿が高校生だったので、もう一年か二年経ったのかな?早いなぁ。あの時は高校の文芸部の部長でした。(ほとんど二年から)今は大学生で文芸部の副部長です。なんかたいそうな役職になってしまったなぁ。

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