第4話
第4話
"散弾銃と日本刀"
「さて…何から話せば良いのかしら」
リビングに集まり、机を囲むように座る一同。
「あんたはどこまで知ってんだ?」
真希が、そう訊いた。
「正直、何もわからないわね」
「…何?」
「あの化け物が何なのか、どうして出現したのか。一切わからないわ」
真希は苛立ってきたらしく、頭を無造作に掻き始めた。
「じゃあその銃は何なんだ。あんたは何者なんだ?」
「パン屋の店主…って言っても、信じてもらえそうにないわね」
「信じるワケねぇだろ」
「…でも、本当にそうなのよ?」
「嘘つけ」
「今は…ね」
彩の意味深な言葉を聞き、真希はぎろりと目を剥いて彼女を見る。
「…今は?」
「一昔前は…まぁ、"ちょっと変わった仕事"をしていたわ」
「変わった仕事…ねぇ」
真希はオウム返しにそう呟いて、ニヤリと不気味に笑った。
察しの良い恵美も、彼女が持っている物を見て推測し、その仕事がどういった物なのか察する。
綾崎姉妹の2人は、ぽかんとしていた。
「…私の素性なんかどうでもいいじゃない。そんな事よりも、現状を打破する事が優先事項なんじゃないのかしら?」
「…言われてみればそうだな。よし、あんたの話はまた今度にしよう」
「(今度するのね…)」
真希が立ち上がり、窓のカーテンを少しだけ開けて、外の様子を忍び見る。
既に住宅街は、捕食者に占領されていた。
「…参ったな」
「どうしたんだ?姉貴」
恵美も立ち上がり、真希の隣にやってくる。
「…と、とんでもない数だね」
「あぁ…どうするよこれ…」
姉妹揃って、2人は深い溜め息を吐いた。
「車はある?」
彩が真希に訊く。
「4人しか乗れないぜ?」
「詰めれば乗れるハズよ。ひとまず場所を移動しましょう」
「危険だ」
「このままずっとここに居るつもり?」
「………」
真希は押し黙ると、壁に掛けてある車の鍵を取り、彩に投げ渡した。
「ありがとう」
「壊すなよ?」
「さぁね」
「おいおい…」
その後、話し合いの結果、彩と真希の2人が車を入手し、玄関の前で他の3人を乗せて出発するという計画になった。
「あなた達は玄関で準備しててね?」
「合図したらすぐに来いよ?」
緊張が窺える表情で頷く3人。
彩はそんな3人に微笑みかけた後、真希に視線を移してこう訊いた。
「準備は?」
「問題ない」
「そう…。それじゃ、行きましょうか」
「…はいよ」
ゆっくりと扉を開ける2人。
幸い、近くに捕食者は居なかった。
「気付かれないように行かないとね…」
「万が一気付かれたら?」
「気付かれなければ良いのよ」
「いや万が一が…」
「無いわ」
「お、おう…」
車が停まっている家の裏へ、辺りを警戒しながら向かう2人。
途中、捕食者は何体か居たものの、2人は何とか車の元まで辿り着けた。
「さてと…鍵は…。…あれ?」
「…おい」
「あぁ、右手に持ってたわ」
「頼むからしっかりしてくれ…」
「ごめんあそばせ~」
鍵を開けて、車内に入る。
その時、エンジンを掛けようとした彩の手が、ぴたりと止まった。
「…どうした?」
「音、大丈夫かしら?」
「え?」
「エンジン音よ。発車直後に囲まれちゃ、ひとたまりもないわ」
辺りを見渡す真希。
まだこちらには気付いていないものの、彷徨している捕食者が複数居た。
「…だが、エンジン掛けなきゃ車は動かないぜ?」
「じゃあ、エンジン掛けて良い?」
「私に訊くなよ」
「…どうなっても知らないからね?」
「この際、時の運に任せちまおうぜ」
「命を賭けるギャンブルだけはやらないと誓っていたんだけど…。この際仕方ないわね」
「その通りだ」
勢い良く鍵を回す彩。
辺りの捕食者が、一斉にこちらを向いた。
「………」
「…まぁ、予想はしてたわ」
彩はアクセルを思い切り踏み込み、車を急発進させた。
「…車に乗ったみたいだね」
外から聞こえたエンジン音に反応する恵美。
「随分と荒々しいエンジン音だったわね…」
梨沙は運転しているのが彩だという事に、思わず苦笑いを浮かべた。
車のエンジン音が扉の向こうで止まり、クラクションが鳴る。
「よし、行こう!」
恵美が扉を開け、3人は素早く車の元へ駆けつけた。
既に車は、捕食者に囲まれる寸前。
それでも、何とか先頭の美由は乗り込む事ができた。
「ダメ…!逃げるわよ!」
しかし、梨沙と恵美は間に合わず、捕食者に掴まれる寸前で車から離れる。
「雪平さん!学校で合流しましょう!美由を頼みます!」
「ちょ、ちょっと…!」
梨沙と恵美は、捕食者が居ない細い路地に逃げ込んだ。
「おい!早く出せ!窓ぶっ壊されるぞ!」
「わかってるわよ!」
3人が乗っている車は、正面の捕食者をひき殺しながら発車する。
一同は、離れ離れになった。
同時刻…
町のはずれにある土手沿いの道に、一台の車が停まる。
「榊原町…か」
「意外と近かったね」
その車から降りてきたのは、和宮町の生存者、神崎茜と赤城風香の2人だった。
「約1時間。まぁ、そんな所じゃない?」
「だね」
2人がこの町にやってきた理由は、風香の実の姉である赤城晴香の捜索。
彼女は3日前から、行方不明といった状態だった。
「茜、刀使えるの?」
茜の手に握られている日本刀を見て、風香が訊く。
「剣道をかじった事はあるわ。…10年以上前の話だけど」
「ダメじゃん」
「体が覚えていてくれてればいいんだけどねぇ…」
「ふーん…」
風香は自分から訊いておきながら、つまらなさそうな返事を返す。
そして車の中から、自分が使う武器を持ち出した。
「それ、お気に入り?」
「…別に」
身の丈に似合わないショットガンを、重そうに肩に背負い込む。
この銃には、使う理由があった。
「葵さんの言葉、この町で合ってるのかな?」
「他に候補なんて無いからね…。もっとも、違ってたらお手上げよ」
車が通れない土手沿いを、歩いて進む2人。
「にしても葵さん、"次の地獄で会いましょう"って言ってたんだっけ?」
「えぇ。紙にそう書き残して消えたわ」
「中学生並みの表現だね」
「ぷっ…あはははは!」
茜は噴き出すように笑い出し、しばらく笑いが止まらなくなった。
「捕食者…」
歩き続けて10分程が経過した時、風香が不意に呟く。
「触手?好きなの?」
「死ねよ」
「このやり取り定番になってきたわね」
「誰も得しないから止めよう」
「いえ、罵倒する時のあなたのジト目は中々ポイントが高いわ。結婚しましょう」
「あー…もう疲れてきた…」
「疲れたの?じゃあおぶってあげるわ…うふふ…」
風香はしゃがみ込んだ茜の背中を蹴りつけた。
更に歩く事、10分。
正面の夜闇の中にうっすらと、住宅街の一角が見えてきた。
「やっと、榊原町に到着したみたいね」
「お姉ちゃん…居るのかな…」
「居るわよ。きっと…ね」
気を引き締める2人。
何となく、いつかは再び始まると思っていた戦いの日々が、今再び始まろうとしていた。
2人が住宅街に到着すると、かがみ込んで死体に顔をうずめている捕食者を早速発見する。
「何してるのかしら…?」
「喰ってんじゃないの?」
武器を手に、捕食者を見つめる2人。
捕食者は2人に気付いて、ふらふらと立ち上がってこちらに歩き出した。
「これが捕食者…?」
「みたいだね」
捕食者に向けて、突然ショットガンを発砲する風香。
命中した捕食者は腹部に大きな風穴が開き、後ろに吹っ飛んでそのまま動かなくなった。
捕食者に開いた風穴を見て、茜が首を傾げる。
「あれ?私の知ってるショットガンとイメージが違うわ」
「弾を変えたの。ほら、これ」
風香が自分の腰に巻いてあるポーチから取り出したのは、スラッグ弾と呼ばれる特殊な弾薬だった。
スラッグ弾とは、ショットガンに通常使用する散弾と異なり、大きな単発弾を発射する銃弾。
状況や標的によってバラつきはあるものの、殺傷能力がかなり高い銃弾である。
そして、捕食者にも高い効果は見えた。
「張り合い無いね」
捕食者は起き上がる事ができずに、倒れたまま体を痙攣させている。
当然、再生能力などは無く、痙攣が止まると、捕食者はそのまま動かなくなった。
「そんなに強力な弾、どこで仕入れたの?」
「部隊の武器庫探ってたら見つけたの」
「…勝手に?」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」
「減るわね…」
その時、捕食者が顔をうずめて何かをしていた死体が、跳ねるように動き始める。
しばらくすると、死体の胸元から、梨沙達が美由の部屋で見た芋虫のような生物、捕食者の幼体が顔を出した。
「な、何よ…あれ…」
警戒する茜。
しかし幼体は出てくるなり、何もしないまま風香に一瞬で撃ち殺された。
「…風香ちゃん。一応、形式的にでも良いから、"あれは何だ!?"みたいなやり取りしましょうよ」
「必要ない」
「いや…あのね…まぁいいわ…」
2人は捕食者の死体の横を通り過ぎて、住宅街に入っていく。
一番先に目に入ったのは、複数の警官の死体だった。
「死んでるね」
死体など既に見慣れた風香が、鼻で笑う。
茜はその隣で、苦笑を浮かべていた。
「…まさか、さっきのちっさい奴が、ここにある死体全部から出てくるなんて事無いわよね?」
「縁起でも無い事言わないでよ。そういう事言ったら大体そうなっちゃうじゃん」
風香の予想は的中した。
捕食者の幼体が、次々と警官の死体を喰い破って出てくる。
最終的に揃った数は、10体以上だった。
「………」
「…言葉って不思議ね」
幼体は梨沙達の時と同じように、突然進化を遂げていく。
状況は一転した。
「逃げる?戦う?」
「逃げ回るよりも、全滅させた方が楽じゃん」
「簡単に言うわね…」
「簡単だからね」
刀を抜く茜、ショットガンに弾を込める風香。
捕食者は、一斉に襲い掛かった。
第4話 終