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第1話

はじめに


この小説は、"Demonic Days"と"Desperate Girls"の続編に当たる作品です。先に前作、前々作を読んでから、この作品を読む事を推奨します。


第1話

"新たな悪夢"


和宮町から数キロ離れた場所にある田舎町、榊原町。


この町にある女子高校、榊原高校の校庭のトラックを、風のような速さで走っている少女が居た。


「ふぅ…」


同時にスタートした他の部員との距離をかなり開けて走り終え、一息つく。


少女の名前は綾崎梨沙。


この高校の3年生であり、陸上部のエースと言われている天才であった。


「お疲れ、梨沙。記録更新おめでとう」


そんな梨沙の元に、ストップウォッチを片手に持った少女がやってくる。


「恵美…。更新って言っても、どうせ小数代でしょ?」


「6.08秒…。既にとんでもない記録だと思うけどな…」


「満足したら、そこで成長は止まっちゃうわ」


「よく言うよ…」


彼女は梨沙の同級生である少女、久遠恵美。


梨沙と同じ陸上部に所属しており、また、梨沙にとって数少ない友人の1人でもあった。


「さて、そろそろ帰ろうか。時間も遅いし」


校舎の時計を見ながら、恵美がそう言う。


しかし、梨沙はそれに従わずに、スタートラインの元へと歩いていってしまった。


「もう1回走ってくる。先に帰ってて」


「…練習熱心なのは良い事だと思うけど、あれを見てから考えてくれよ」


そう言って、帰宅する生徒達で溢れかえっている校門を指差す恵美。


「…あ」


そこに1人だけ、他の生徒達とは違う制服を着た少女が居た。


「はぁ…」


その少女を見た梨沙は、もう1度走る事を諦めて、部室へと戻っていく。


「…本当、あいつの所は仲が良いな」


そう呟いて、恵美も部室に戻っていった。



「梨沙。そろそろ大会近いけど、やっぱり出るのは短距離か?」


部室の中で着替えている時に、恵美が梨沙に訊く。


「いや…」


「え、長距離?」


「…私は出ないよ」


梨沙のその言葉には恵美だけでなく、周りに居る他の部員まで驚いた様子を見せた。


「…梨沙。どういう事か説明してくれよ」


「どういう事も何も、ただ単に出たくないだけよ…」


「その出たくない理由を聞かせてほしいな」


執拗な恵美に、溜め息を吐く梨沙。


それでもまだ誤魔化そうとも考えたが、周りの部員の突き刺さるような視線の中ではとてもできないと思った梨沙は、面倒臭そうに話し始めた。


「…大会の日に、ちょっと用事があるのよ。どうしても外せないから、私は出れないわ」


「用事って?」


「用事は…用事よ」


「ふーん…」


訝しげに梨沙を見つめる恵美。


「…ま、用事なら仕方ないか。それじゃ、お疲れ」


着替え終えた恵美はそう言うと、鞄を肩に掛けて部室から出て行った。


「(完全にバレてた…。相変わらず喰えない奴ね…)」


用事があるという出任せがバレたと確信する梨沙。


「それじゃ、みんなお疲れ」


梨沙も着替え終わり、他の部員達に挨拶をして、部室を後にした。



「あ!梨沙お姉ちゃーん!」


周りと違う制服を着た少女が、こちらに歩いてくる梨沙に気付き、彼女の元へ駆け寄っていく。


「こらこら…。敷地内には入っちゃダメよ」


「えへへ…。ごめんなさーい」


この少女は梨沙の妹、綾崎美由。


歳が6歳離れており、彼女は同じ町の中学校に通っている。


「にしても、毎日毎日ここに来て…飽きないの?」


美由は梨沙の学校に来るのが、帰りの日課のようになっていた。


「1人で帰る方がつまんないもん」


「ふーん…」


そこに、さっき分かれたばかりの恵美が、梨沙のタオルを持ってやってくる。


「梨沙。忘れ物だよ」


「あぁ、ごめん。ありがと」


「こんにちは!恵美お姉ちゃん!」


「こんにちは。美由ちゃん。相変わらず元気だね」


「うん!それが私の取り柄だから!」


「まぁ元気な事は良い事だ。梨沙も見習えよ」


「…うっさい」


3人は帰路を歩き始めた。



帰宅の最中で、恵美が梨沙にこんな話題を振る。


「梨沙。和宮町って知ってる?」


「近くの町でしょ?そういえば、何かあったんだっけ」


「生物災害が起きたんだってさ。今は隔離されてるらしい」


「せーぶつさいがい?」


聞いた事が無い言葉に、首を傾げる美由。


「有害な病原体が大勢の人間に感染して、甚大な被害をもたらす事よ」


「………」


梨沙の説明を聞いた美由は、全くもって理解できずに、ぽかんとしていた。


「それじゃわからないでしょ…。簡単に言うなら、ある1つの病気が色んな人に移ってしまうって事だよ」


「なるほど…」


「それで、その病原体ってのは一体何なの?」


梨沙が訊く。


「名前はわからないけど、何でもその病原体に感染した人は、化け物になるとかならないとか…」


「………」


「本当だよ。ボクは話を聞いただけなんだけど…」


「バカバカしい…。ゲームじゃないんだから…」


梨沙はそう言って、鼻で笑った。


「それで?」


「その病原体、感染力がとても高いらしいんだ」


「つまり?」


「この町にも広がるかもね…」


「あっそ…。…え?」



思わず、聞き直す梨沙。


「可能性としては、十分考えられると思う。もっとも、その病原体の伝染方法はわからないけど」


「空気感染かしら」


あてずっぽうでそう言った梨沙に、恵美は首を横に振ってみせる。


「それは無いと思うな。そうだとしたら今頃、この町には避難命令が出されてるよ」


「…確かに。じゃあ何だって言うのよ?」


「考えられるのは、血液感染辺りじゃないかな」


「…何だっけ、それ」


「病原体を保有している感染者の血液や体液を経由して、感染させる方法だよ。そうだとすれば、感染者に接触しない限りは伝染しないから、避難命令が出てない事にも納得できるじゃないか」


「そうね」


「…理解できてる?」


「勿論」


「ふーん…」


そこで、美由がおどおどした様子で恵美に話し掛ける。


「恵美お姉ちゃん…。その病気、この町にも来ちゃうの…?」


「大丈夫だよ、隔離されてるからね。病気を閉じ込めてるのさ」


恵美は美由を安心させる為、笑顔でそう言った。


そんな恵美を見て、嘲笑気味に笑う梨沙。


「…あんた、保育士にでもなれば?」


「美由ちゃんは素直なだけだ。子供っぽいとかそういう事ではない。つまり、ボクが美由ちゃんに気に入られているからと言って、保育士になる義理や資格は微塵も無い」


「はいはい…」


恵美は時々、気障な態度を取る事があるが、その度に、梨沙は面倒臭いので適当に流していた。


「それじゃ、また明日」


「明日は土曜日だよ」


「…今日金曜日だっけ?」


「しっかりしてよ…。部活も無いから、来ないようにね。それじゃ」


「えぇ」


2人と分かれ、別の道を歩き出す恵美。


「私達も帰るわよ、美由」


「うん!」


2人も歩き出す。


いつも通りの何でもない平凡な日。


それなのに、梨沙は胸騒ぎを感じていた。


「(まさか…ね)」


梨沙の頭には、恵美が言っていた病原体の話がちらついていた。



「ただいま…って、そういえば今日から1週間旅行だったっけ」


両親が旅行に行ったという事を忘れていて、ついいつもの癖で"ただいま"と言ってしまう梨沙。


「私も行きたかったなぁ…」


「私達は学校があるでしょうが。旅行のチケット、有効期限が今日までって言ってたから、仕方ないわよ」


「むぅー…」


不機嫌そうに頬を膨らませた美由を見て、梨沙は微笑みながら彼女の頭をくしゃりと撫でた。



「梨沙お姉ちゃん。今日のご飯なーに?」


「昨日のカレーよ」


「えー…。せっかくだから、どこかに食べに行こうよ!」


「何がどうせっかくなのよ…。一応少しお金は貰ってるけどダメ」


「むぅー…」


大人しく諦めて、自分の部屋に向かう美由。


梨沙は夕飯の支度に取り掛かる為、台所に立った。


「(支度と言っても、温めるだけなんだけどね…)」


面倒臭がり屋な自分に呆れながら、作り置きしておいたカレーを冷蔵庫から取り出す。


その時、ポケットの中にある携帯が鳴り出した。


「(誰だろ…?)」


携帯を開いてみると、梨沙がバイトをしているパン屋の店長の名前が、画面に出ていた。


「綾崎です」


『あ、梨沙ちゃん?いきなりで悪いんだけど、今から入れないかしら?』


「今から…ですか?」


『えぇ。入る予定だった子が、大事な急用で来れなくなっちゃってね…。大丈夫?』


「まぁ、予定は無いんで…」


『良かった!じゃあ7時までに来てね!ありがとう!』


「わかりました。失礼します」


電話を切って、深い溜め息を吐く。


「今から…かぁ」


突然入るバイト程嫌な物は無い。


梨沙は、改めてそう思った。


美由の部屋の前へ行き、ドア越しに話し掛ける梨沙。


「美由?お姉ちゃんバイトが入っちゃったから、行ってくるわね」


「え?今から?」


美由は部屋から出てきて、驚いた様子でそう言った。


「えぇ。ご飯はリビングの机に置いてあるから、1人で食べててね」


「わかった!いってらっしゃい!」


満面の笑顔で手を振る美由。


「…行ってきます」


梨沙も優しい笑みを返して、軽く手を振った。



「(さて…)」


梨沙の家からバイト先のパン屋までは、自転車で約30分といった所。


「(…余裕ね)」


現在時刻は6時丁度。


指定された時間である7時には、間違っても遅れない時刻だった。


「(なるべくゆっくり行って、時刻を調整しようかな…)」


自転車に乗る梨沙。


その時、近くの住宅で、何かを叩いたような鈍い物音がした。


「…?」


音が聞こえた住宅をしばらく見つめてみるが、特に異常は見当たらない。


「(…気のせいね)」


梨沙は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟いて、その場を離れた。


第1話 終




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