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夢と現実

作者: けー

 男は高校を卒業してすぐ近所の工場に就職した。

 いわゆるライン工というやつだ。ベルトコンベアに乗って流れてくる製品の異常をチェックするだけの仕事。実に退屈極まりない。

 だが頭を使わないという点では気楽なものであった。

 上司・先輩は体育会系のノリを振りかざす。会話といえば酒とギャンブル。入ってきた新人はいびられてすぐに辞める。残ったのはヤンキー上がりのどうしようもない屑ばかりだ。

 勤続十年。自分でもよく続いていると思う。

 ここは自分の居場所じゃない。

 その違和感と戦ってきた年月でもある。

 夜十時に帰宅した男は、コンビニ弁当を暖めて夕食を済ませる。片手にはビール、もう片方の手にはテレビのリモコン。気付けばもう日付が変わっている。そんな毎日だ。

「そろそろ寝るか」

 カビ臭い布団に入る。

 男は夢を見た。

 身体が重い。甲冑を着けている。

 手には長剣。それを軽々と振るう度に鮮血が散った。

 目の前で倒れる巨躯。異形の生物だ。

「流石勇者様。お見事です」

 綺麗な女だった。

 杖を持ち、白いローブを纏う。

 男は何か言う。

 女はくすりと笑った。

 その笑顔がやけに心地良い。

 男の目が覚める。既に朝日が昇っている。

 男は朝食も取らずに寝癖だけ直し、職場へ向かった。

 やけに生々しい夢だった。

 ベルトコンベアの前で男は思い出す。

 もう一度見たいな。

 あの女の笑顔はどんなだったか。記憶は断片的にしか残っていない。

 その日から、男は寄り道もせずに定時に上がると、すぐに就寝するようになった。夢の続きが見たかった。

「勇者様、もう少しですね」

 男は屈強な身体に精悍な顔つき。女の横に立っても見劣りすることはない。

 男はこくりと頷くと、おどろおどろしい山、その先にいる何かを睨み付ける。

「さぁ、最後の戦いだ」

 目が覚める。

 洗面所で顔を洗う男。鏡に映るその姿。無精髭に二重あご。視線を落とせば突き出た腹。同じ顔でも夢とは別人である。

 あの山の向こうには何があるのか。

 気になったが、家を出る頃にはもう忘れていた。

 男は職場で大きなミスをした。

 ぼんやりして機械に工具を巻き込んでしまった。何百万という損失が出た。

 男は人格を否定されるほど叱責された。解雇はされなかったが大幅な減給となった。

 夢の中ならあんな奴らにバカにされない。俺は勇者なんだから。

 ここは俺の居場所じゃない。

 仕事を早退した男は帰るなり寝た。しかし日が出ている内から寝るのは難しい。

 あぁ、早く夢がみたい。夢がみたい。いや、あれは夢なんかじゃない。夢こそが現実。あれこそ自分の本当の姿。この世は悪い夢。あるべき場所へ戻らなければ。

 男は薬局で睡眠薬を購入し、数錠口に放り込んだ。すぐに効き目は出ない。男は次第に苛ついて余計に眠れなくなった。

 夢が見たい。夢が見たい。

 もっと強い睡眠薬を。

 男は玄関を飛び出る。アパートの階段を下りようとした際、足がもつれて転倒した。二階から一階まで一気に転がり落ちる。

 そのまま意識を失った。

「大丈夫か!?」

 戦士が言った。

「お願い! 早く回復魔法を! 勇者が!」

 魔法使いが悲鳴を上げる。

 駆け寄ってきたのはあの女。ああそうだ。彼女は僧侶だ。

「だめ。魔法が効かない。お願い勇者目を覚まして!」

 目なら覚めた。長い眠りからようやく。

 男は口を開くが声が出ない。

「ふはは! 勇者にかけた呪いは決して解くことはできん。勇者さえいなければ、お前らを倒すことなど造作もないことよ」

 魔王がマントを翻すと竜巻が舞った。男を庇った戦士が天井まで吹き飛ばされ、地面に帰ってきた時には全身に酷い裂傷を負っていた。

「さぁ、決着をつけようぞ」

 魔王は不敵に笑う。

 次に男が目を覚ましたのは、ガタガタと揺れる担架の上だった。

 男は救急車で運ばれている最中である。全身が軋むように痛み、口中には血の味が広がる。歯が何本か折れているようだった。

「目が覚めましたか? 階段から落ちたんです。覚えていますか?」

「余計なことを」

 男は救急隊員の手を払いのけ車内で大暴れした。

「俺は勇者だ。仲間が待っている!」

 男は必死に押さえつけようとする隊員を殴りつけ、蹴飛ばし、終いには後部ドアを自力で開けて道路に転がり落ちた。

 アスファルトに頭から突っ込む。頭蓋骨が割れ、首があらぬ方向に曲がる。

 男は再び意識を失う。

「まぁ! 勇者様が! 目を覚ましたわ!」

 男はベッドに横たわっていた。なぜだか身体は動かない。

「早く長老を!」

 人が騒がしい。やがて呼ばれて来た男は長老と名乗った。

「覚えているか? わしのことを」

 男はどうやっても思い出せなかった。しかし長老の名を聞いてぴんと来たものがあった。

「昔よく遊んだ、幼馴染みの」

「そうじゃ」

 よく見れば面影がある。しかしどうしてまたこんなにも老けてしまったのか。自分と同い年なのだからまだ三十にも届いていないはず。

 幼馴染みの長老はゆっくりと語り出す。

「お前は魔王討伐を志してこの村を出た。三人の仲間と共に冒険を続け、苦難の末魔王に辿り着いた。しかし」

 長老は沈痛な面持ちで続ける。

「魔王の呪いを受けたお前は倒れ、残った仲間はお前を庇って死んだ。最後に残った僧侶は重傷を負いながらもお前を助け出し、この村まで送り届けたのだ。そしてお前が目を覚ますのを五十年間待ち続け、つい先日亡くなった」

「嘘だ」

 長老は瞼を閉じて話が真実だと主張した。

「おぉ……、おおぉ!」

 やっとの思いで手を上げ顔を覆う。馴染みのないがさごそとした感覚が皮膚に伝わる。よくよく見れば手は皺だらけでひび割れていた。

「こんなことがあってたまるか。これは夢に決まっている。そうだ。俺はしがないライン工だ。勇者なんかじゃないんだ。そうに決まっている」

 泣き疲れた男は自然と眠りについた。

 目を覚ます。

 病院のベッド。

 そう、こちらこそが現実。俺の世界。

 目を覚ました男に看護師が告げる。

「あなたは救急車から落ちて頸椎を損傷しました。残念ながら首から下は麻痺で動かせません」

「あぁ……、あぁ」

 力ない呻き声が病室に響く。

 どうか、悪夢なら早く覚めてくれ。

  

風呂に入ってたらふと思いついたので書いてみました。バッドエンド的なお話はあまり書かないのですが、たまには。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夢と現実、現実と夢。どちらが本当の自分の居場所なんでしょうか。それは誰にもわからないんでしょうね。 何もかも、すべてが夢であってくれればよかったのに、そんな結末でした。
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