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異説ゴルニア戦記  作者: pepe
一章
9/23

Ⅷ始まり

 エシュシュが数日のうちに奪還された。その報は、即座にウェルティスの下にも届けられた。

 いつまでも前線の拠点に総大将が関わってもいられない。エシュシュに守備隊を残して引き返している途上のことだった。

「エシュシュが?」

 報告を受けて、馬上の王がさすがに眉を跳ね上げた。その隣では、従兄弟のサンジェナトスが気難しげに眉間にしわを刻んでいる。凶報であることに違いはないが、それにしても報告は最悪に近いタイミングだった。

 これからエシュシュ奪取を手土産にスタニウムに入り、かねてから共闘の交渉を進めていたロンダリア族の協力を一挙に実現しようという腹だったが、その思惑にひびが入った事を意味する。

 ロンダリア族は――決起にせよ親エルトリアにせよ――これまで慎重な姿勢を貫いていた。それというのも、地勢的に背後にルーヴェニア族、前面にエルトリア帝国と、強力な勢力の板挟みになっているせいだった。

 ゴルニアの二大部族として、ルーヴェニア帝国時代にはルーヴェニア族の後塵を拝しながらも、常に政敵として対極を張って来た部族である。もし合力が叶えば、その事実をもってゴルニアの総決起に踏み切ることができる。諸族が雪崩を打って馳せ参じるのは間違いない。ためにサンギ族に対しては脅しを使って平然としていたウェルティスが、何度となく腹心サンジェナトスを派遣し、金品を贈って丁寧な交渉を続けて来た。

 さらにエシュシュを奪い、エルトリア軍に勝てると証明した上でウェルティス自らが城市に入って説得する。何事につけても激情気質のゴルニア人である。スタニウムの住民をその気にさせれば、慎重な首長や長老たちも勢いを無視はできない。

「どうする、ウェルティス? ここはひとまず、スタニウムには俺が出向き、おまえはユルゲニスに戻った方が……」

 一連の報告を終えた伝令が引き下がるや、即座にサンジェナトスが声を上げたのは、心配性の性分がさせることだった。なまじ頭が切れるだけ、事態を深読みしては悪い方、悪い方を考えてしまう。

 比べれば、ゴルニア王は能天気とも言えるほど楽観的だった。

「いや、問題ない。ロンダリア族は合力するさ」

「だが、エシュシュには五千も貼り付けていたんだぞ。それもその辺で集めた手勢じゃない。ルーヴェニア族から集めた、直属の精鋭だったじゃないか。それが惨敗したとあっては、ロンダリア族が怖気づいても仕方ない」

 それはすなわち、緒戦で部族の戦士の過半を失ったということだった。代々、戦士として首長や長老たちが養って来た者たちの事である。ゴルニア軍がエルトリア帝国の軍団兵に引けを取らないのは、戦士たちが同じ職業軍人だからだった。

 部族の男衆を動員すれば、余裕を持って二万や三万は揃えられるが、彼らはあくまでも急場に臨んで武器を取ったに過ぎない。とても当てになる戦力とは言えなかった。実質、ルーヴェニア族の戦力は緒戦で壊滅したと言ってよい。

「こそこそと夜襲を仕掛けて、要はおれたちの真似をしただけじゃないか」

 悪態をついた王に、サンジェナトスは厳しい目を向けた。

「おまえは敵を侮り過ぎだ。あ、いや……もちろん、過大評価は良くないが、それにしたって限度がある。俺たちは手ひどい敗北を喫したんだぞ」

「だからこそ、俺が行くんじゃないか」

 顔を青くした従兄弟の心配性を、若いウェルティスは笑い飛ばした。

「だから、だって……?」

「ルーヴェニアの精鋭でも、連中に歯が立たない。となれば、次に狙われるロンダリア族とて同じ事さ」

「あっ……」

 サンジェナトスは小さく声を上げた。手ひどい敗戦こそが、ルーヴェニア族とエルトリアを乗せた天秤に積む錘となっていた。だからと言って、ウェルティスはまともな交渉に行くつもりなどないことも、その口調から知れた。

 次はおまえたちの番だ、と脅しに行くつもりなのだ。

 しかも、今度は戦士だけでは済まない。進撃してくるエルトリア軍を領内で迎え撃つことになれば、多大な犠牲を払うことになる。

「それでも手を組まないと言うほど、連中もボケちゃいないだろう」

「確かに……その通りだろう。だが、それこそ、急場しのぎだぞ。危機が去ったと思うや、ロンダリア族がどう動くか、分かったものではない。我々とエルトリア軍の共倒れこそ、彼らの最も望む結末だろう」

「どうにでもなるさ」

 線の細い従兄弟は、眉を大きくしかめながら、口角に垂れた髭を噛んだ。言っても仕方のないことをつい口にしてしまうのがサンジェナトスの悪い癖なら、豪放に過ぎるのがウェルティスの欠点だった。

 いや、とサンジェナトスは内心に否定した。馬首を巡らせて、再びスタニウムに歩を進めはじめた若い従兄弟の横顔に、透徹した静けさを見たからだ。

「負けてない。まだ負けてない。戦はこれからだ。これからゴルニア解放戦争が始まるんだ」

 引きつれた郎党に言い聞かせるように、大きすぎる独り言を繰り返しながら、先へ先へと進んでしまう王を慌てて配下が追いかける。

 あの時も、そうだった。

 サンジェナトスの脳裏に閃いたのは、ウェルティスがゴルニア王を初めて名乗った時の事だった。

 エルニムスの嫡男として、ウェルティスは順風満帆に王となったわけではなかった。失脚した父が暗殺されていたからだ。

 空いた首長の座に就いたのは、ウェルティスの叔父だった。当然、叔父は地位を手放したがらない。ウェルティスが成人して首長の座を返上するように迫った時、叔父は長老会議に働きかけて、邪魔な甥を放逐しようとした。

「じゃあ、仕方ないな」

 固唾を呑んで見守る群衆に取り巻かれて、居並ぶ長老を前に、会議の決定を言い渡されたウェルティスは、妙に静かに呟いた。まとう透明感は諦観に似て、それは諦めたということなのか。長老会議の決定に従うということなのか。サンジェナトスはおかしいと思った。王として、ゴルニア全土を解放すると宣言した男の熱意は本物だった。それがこうもあっさりと諦めてしまうのか?

 いや、部族の長老たちの力は圧倒的だ。血筋以外に何も持たない若者が逆らう術などない。だから、これは順当な結末というべきなのか。サンジェナトスは従兄弟の最初の同志として、きつく唇を噛んだ。

 だが、それは全てを諦めた敗北者の言葉ではなかった。

「ウェルティス……」

 慰めようと思わず肩に手を伸ばしたサンジェナトスを置き去りに、すっと巨躯が滑るように前に出た。いずれ王となるために武芸の修練を積んだ男の動きである。老人たちには反応さえできなかった。

「何を――」

 訊くまでもなかった。いや、訊いた時には、すでに答が出ていた。ぱっと宙を舞った血に混じって、白い欠片が飛んだ。折れた歯だ。だれも声を発することができなかった。どころか、咄嗟の理解が及ばなかった。

 長老たちは、部族の頂点に立つ権力者だった。部族の領地を少数で分割する大地主だからだ。小作農から絞り上げた富で戦士を養い、政治と武力によって君臨する絶対者だった。首長は部族を束ねる旗印として権力を持つが、地縁血縁を網羅する長老に逆らえば、ただでは済まない。

 その権力者が、白い衣を泥に塗れさせて逃げ回っている。その襟首を捕まえては殴り飛ばし、一人ずつ泥濘に沈めているのは、血筋以外は何も持たない貴公子だった。

 ウェルティスは老人たちの持つ権力や財力など何一つ持ち合わせていなかったが、逆に老人たちが持ち合わせない多くを持っていた。それは明晰な頭脳であり、清廉な情熱であり、類まれな肉体であり、そして何よりも迸る若さだった。

「なにを、なにをしておる! こやつを殺せ!」

 長老の一人が叫んだ。ウェルティスは乱心した、早く殺せ。わめくほどに、見守る群衆の心は冷えた。半狂乱で叫ぶ姿は、さながら絞められる寸前の鶏のようで、それは無力な老人の姿に他ならなかった。

 民衆は搾取されて来た恨みがある。若い貴公子の狼藉は、むしろ胸のすくような快感だった。わめいた長老は「うっ」と言葉を詰まらせた。取り巻いた群衆のじっとりとした酷薄な眼差しに気付いたのだ。

 すれば、頼るべきはこれまで養って来た戦士たちだった。助けを求めるように動いた哀れな視線が捉えたのは、取り巻く群衆の迫力に呑まれて、抜刀をためらう困惑顔でしかなかった。

 その中で一人、剣を抜いたのは、騒動の火種となった首長に他ならなかった。

「この乱心者め。これまで親なしのおまえの面倒を見て来たのは誰だと思っている。養ってやった恩を忘れて……」

 抜いた剣は、首長の権威を示す高級な長剣だった。ぎらりと冴えた輝きは、特別にこしらえた剣に良質の鉄が用いられているためだ。対するウェルティスは丸腰だった。顔面を血まみれにした長老を投げ捨てて、若者は笑った。失笑だった。

 傍目に見れば、その意味がよく分かる。片や立派な若武者に成長した美丈夫であり、片や醜く肥え太った中年男に過ぎなかった。元が違いすぎて、地位や武器でどれだけ飾り立てようと、その優劣は明らかなように見える。

「生意気な!」

 顔を朱に染め、一喝して突っ込んだ叔父が剣を振るより早く、飛び込んだウェルティスの拳が醜く太った太鼓腹を突き上げていた。一撃で、叔父は甥の足元にうずくまり、げえげえと吐瀉した。贅沢に埋もれて鍛練を怠った腹は、脂肪こそ厚いが筋肉の鎧など持ち合わせていなかった。

「じゃあな、叔父さん」

 ウェルティスは地面に転がっただんびらを拾い上げると、無造作に叔父の首を刎ねた。

「俺が王だ! ゴルニア王だ!」

 ウェルティスが叫んだ。飛び散った血で赤い斑点を全身に描き、右手に剣を、左手に叔父の生首を掲げて、それは逆らった者の末路を示すかのようだった。凄絶な迫力に、サンジェナトスさえ身が竦んだ。

 その姿は口伝で広がるほどに神格化され、今やルーヴェニアの民は若き王を戦神の現身(うつしみ)のように語っている。なるほど、地上の常識に囚われないのは天上におわす神だけだ。なるほど、それならあいつが何を考えているのか分からぬはずだと、サンジェナトスは皮肉っぽく考えながら、すると今度も何とかしてしまうのだろうと、鎌首をもたげた楽観を慌てて追い払う。

「俺まで乗せられてどうする」

 ウェルティスは大空を飛ぶ鳥だ。その分、地上の歩みは覚束ない。それを支えるのが俺ではないか。自分に言い聞かせながら、サンジェナトスは一行の後を追った。

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