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異説ゴルニア戦記  作者: pepe
一章
6/23

Ⅴ急襲

 夜陰に飛び散る血しぶきは、松明の炎に照らされてタールのように黒ずんで見えた。闇の中でちらちらと輝くのは、戦っている兵士たちの鎧や剣の照り返しだった。

 六日前に襲撃と焼き打ちを受けたエシュシュは、今また新たな戦火に包まれていた。再びの夜襲であり、六日前の再現のような戦いだったが、今度は攻撃と守備の陣営がそっくり入れ替わっていた。

 守るのはゴルニア軍であり、攻め寄せているのはエルトリア第十二軍団である。

 月灯りもほとんどない闇夜の中、両軍は篝火と松明だけを頼りに戦っていて、戦術もなにもあったものではない。第十二軍団は、兵長に率いられた十人単位で密集し、それぞれが独自に襲いかかって来る者を区別なく斬り捨てて、ひたすら前進する。

 命令を伝えるラッパと角笛の音は、ほとんど聞こえない。それほどの入り乱れた接近戦となっている。実際の所、軍団の指揮を執るべきトゥリアス自身が剣を抜いてゴルニア兵と斬り結んでいるような状況だった。

 手斧を振りかざして飛びかかって来たゴルニア兵に、トゥリアスは素早く踏み込むと同時に鋭い突きで喉を抉った。しかし、仲間の屍を踏み越えて、次々とゴルニアの戦士が現れる。将軍直衛の兵士たちが盾を並べて後続を防ぎ、猛烈な体当たりを跳ね返すと、よろめいたゴルニア人の胴を剣で突き刺し、死体を蹴り飛ばして剣を引き抜く。

 ひどい乱戦にだれもが血まみれになっていたが、第十二軍団の将兵を彩る血は、ほとんどが敵のものだった。

「勝てるぞ、押し込んで殲滅しろ!」

 将軍の檄に応じて、随行するラッパ手が突撃ラッパを吹き鳴らすと、暗闇のあちこちからラッパの音に応じる吶喊が聞こえた。

 状況は圧倒的な優勢の内に推移している。

 ゴルニア兵は寝込みを襲われて、いまだ混乱の渦中にあり、武器だけを担いだ半裸で戦っている者も多かった。対するエルトリア軍団兵は鎧兜に大盾まで持った重装備である。盾で攻撃を受け、あるいは相手を殴り飛ばせば、後は好きなように斬り、突き刺すことができる。

 だが、それでも予断は許されないと、トゥリアスは鼓舞を続けている。理由は二つあった。

 こう暗くてはまともに戦えない。せめて同士討ちを避けるために、各分隊に持たせた松明は、ゴルニア軍にも目印となって、分隊は四方八方から襲われることになる。敵の動きは統制されていないが、逆にいつ襲われるか分からない恐怖となって兵の消耗を速めていた。

 もう一つに、戦力差があった。エシュシュを占領して守備に残ったゴルニア軍は五千人強。しかし、それを攻撃したトゥリアス麾下の軍団は二千人余りに過ぎなかった。軍団というより、一個大隊規模である。

 しかし、それは旧二十六軍団の将兵を中心に選抜された精鋭たちである。だからこそ彼らはエシュシュ失陥の報からわずか四日で、奪還作戦を行うことができた。これはウェルティス以下のゴルニア軍首脳部の想定より、圧倒的に速かった。

 と言うより、内情を知るトゥリアスからしてみれば、ありえない作戦だった。

 実戦派の将軍は、募集間もない軍団が実戦に、それも攻城戦に耐えうるはずがない。しっかりと訓練を施し、情報を収集し、エシュシュ奪還は早期に解決すべき懸案ながら、時期は来春とするべきだった。

 それに噛みついたのは、無論、本国の目を気にしたエストリカだった。

「戦ってもいないのに、領土を失ったなどと報告書に書けるわけがないだろうが!」

 何をするにも時間がなかったにしろ、公的にはエシュシュはエストリカの管理下に置かれている。総督としての責任追及は十分に成り立ってしまう。

 しかし、それはそれとしても、頭ごなしの怒声にはさすがにトゥリアスも憮然とした。皇女で総督と言っても、自分の半分も生きておらず、軍務経験もない小娘のヒステリーまで引き受けていられない。答えた将軍の言葉には、刺々しさが滲んでいた。

「しかし、報告では敵の数は少なくとも一個軍団相当。エシュシュを奪われた今、それが増えることはあっても、減ることはないのです。むざむざ負けに行くようなものです。それこそ取り返しが付きません」

 事実を並べたてる声は、冷淡にも聞こえた。素人は黙っていろ、ぐらいの気分はあった。政治向きの話ならともかく、こと実戦となれば、トゥリアスには経験に裏打ちされた自信があった。

「だが――」

 将軍の正しさを認めるがゆえに、苦しげに反駁したエストリカは、いきなりの苦境にあった。それは少女ゆえのバックボーンの薄さだった。

 実績もなく、人脈もない。失敗を挽回すると確約して、それを保障するものが何もない。一時的に処断を逃れて時期を待つ、と言うのも、政治力のない彼女には不可能だった。出来る事は一つ、早期にエシュシュを奪還し、失陥を一時的な過去に押し込めてしまうことだけだった。

「分かりますが、軍事的には賛成できません。総督の私的な都合で、五千人に死ねとおっしゃるのですか?」

 トゥリアスの厳しい言葉に、華奢な肩がびくりと震えた。

 視線を泳がせたエストリカは、今にも泣き出しそうに見えて、さすがに大人げなかったかとトゥリアスは言葉を和らげた。

「残念ですが、何とか枢密院に対して言い逃れていただくしか……」

「エシュシュまで通常行軍で、どのぐらいになりますか?」

 口を挟んだのは、緊急事態に直面して、誰からも無視されていた総督副官だった。エストリカが折れる素振りを見せたところで余計な事を言うアリウスに、トゥリアスは苛立ちを覚えた。が、現状では意味のない話も、少しはエストリカの気を紛らわせるかもしれない。中年男は小ずるい計算とともに答えた。

「六日から七日と言ったところだろう。つまり敵には十分に体勢を整える時間があると言う――」

「では、強行軍で五日ほどと言った所ですか」

「ああ、うむ」

 講釈を中断させられた将軍は、不満そうにうなずいた。

 エルトリア軍には三種類の行軍速度が規定されている。一日に五時間行軍する通常行軍、七時間行軍の強行軍、そして――

「では、最強行軍で三日。それは可能ですか?」

 昼夜を問わず、大小休止を挟みながら、可能な限りの速度で踏破するのが最強行軍だ。頭の中で簡単に経験則から計算して、トゥリアスは「可能だ」と答えた。

「が、不可能だ」

 歴戦の将軍はアリウスの意図するところを洞察していた。可能な限り早く奪還に向かい、敵がまだ防備を整えていないところを一蹴する。着眼点はいいし、常道とも呼べる作戦展開である。だが、実際には不可能だった。

「一個軍団の行軍には訓練が不可欠だ。途中で大量に落伍者が出る。しかも、エシュシュに三日で辿り着いたにせよ、将兵に戦う力など残ってはいない。攻城戦などできはせん」

 エルトリア軍の記録では、最強行軍での一日当たり最大の行軍距離はおよそ四十メイル(約六十四キロメートル)に達するが、それは最精鋭軍団による記録であり、しかも目的地に到達した後は疲労困憊して立つことも覚束なかったと伝えられる。なにせ、兵士は重たい武器防具に加えて、三、四ガルム(約三十から四十キログラム)の補給品を背嚢に詰め込んで歩くのだ。ろくな休憩もなく行軍すれば、早期に疲労困憊するのも当然だった。

「いえ、攻城戦の必要はないでしょう」気楽にアリウスは言った。「敵は我が軍の到着が早くとも六日後、攻撃を受けるのはそれ以降と考えているでしょう。それが常識です。つまり、今は城壁の補強と籠城戦に備えて物資を運び込んでいます」

「そうだろうが、それがどうしたと言うのだ」

「つまり、大量に人と物が出入りしていますから、彼らは見張りを立ててはいても、市門を閉じたりしないでしょう」

「……確かに、連中はずぼらだからな。勝った後では気が緩んで当然か」

 エシュシュの市門は機械仕掛けによる開閉方式に変えられている。知識のないゴルニア人が使うには手間のかかる設備だろう。どうせ敵が攻めて来るまで時間があるなら、見張りを立てていれば十分だろう、と考えても不思議はない。

「僕らは手札の大半を速度につぎ込み、時間を得ることができます。稼いだ時間は、大きければ大きいほど、敵の混乱を大きくすることができる。これで幾つかの不利な条件をある程度まで相殺できると思います。なので、将軍は精鋭を選んで即座に進発してもらい、到着次第、機を見て攻撃を開始して頂きます。総督は後詰として通常行軍でエシュシュに向かって頂く。これが僕の提案です。可能でしょうか?」

 職業軍人として、無理だとは言えなかった。自身の能力に相応の自信のある将軍ならば、なおさらのことだ。だれでもできる事をしているだけでは、自己の能力の証明にはならない。まさに今、アリウスが思いも寄らない提案で能力を見せた以上、張り合う気持が湧き上がってもいる。

「だが、門が閉じられていたら」

 若い総督副官の提案に軍人としては魅力を感じながら、トゥリアスはあくまでも慎重だった。エシュシュがすでに厳戒態勢だったとしたら、せいぜい二千程度しか用意できない先発部隊では歯が立たない。

「昼間は大量の物資を運び込んでいるでしょうから、手の者を潜り込ませて夜中に門を開けさせるぐらいはできるでしょう。もし、それも不可能なら……」

 さらなる策があるのか。トゥリアスは厳つい顔に驚きを浮かべて副官を見たが、アリウスは満面の笑みで言葉を継いだ。

「行軍練習として引き返して来ましょう」

 危うくつんのめるところだった。

 まあ、しかし、それはそれで俺には思い付かん事だ。トゥリアスは直衛を引きつれて敵をなぎ倒しながら、自嘲に似た笑みを頬に浮かべた。

 兵を発するからには必戦必勝というのが、将軍の心得というものだ。だが、アリウスと言う男は将軍でもなければ、生粋の武官ですらない。どう考えても法務官なりが妥当な線の細い文学青年である。

 だから、思い付く。出来る限りの勝率を弾き出しながら、それに固執するということがない。だから、無謀に見える常識外れの作戦も提案できる。危なくなったら逃げればいいと、そう考えているからだ。

「俺には真似できん」

 トゥリアスは呟いた。プライドがあり、意地がある。いたずらに兵を動かし、勝てそうにないから臆病にも逃げ出したという謗りには耐えられない。

 あるいは、それは年を取ったと言う事かも知れない。兵隊は勝てる将軍には従順だが、負けた将軍には冷たい。現場経験の長いトゥリアスは、それをよく知っている。だから負けられない、勝たねばならないと、そればかりが先行して、慎重という臆病さに閉じこもっていた。

 大した政治力もない身でありながら、こうして栄達に恵まれすぎたがために、かえって手に入れた地位を守るという、そんなせこい人間になっていたのかもしれない。

 若者は違う。過去の栄光など持ち合わせていないから、大胆に発想し、思い付くままに行動する。それを浅慮だと決めつけるだけ、惨めになるばかりだった。それが若さを失った自身を覆い隠す保身に他ならないからだ。

「もしかすると」

 トゥリアスはまた呟いた。将軍の剣捌きに乱れはなく、決死の形相で襲いかかるゴルニア兵をわけなく斬り捨てながら、薄くなった頭髪の下で直感していた。その若さこそが、ゴルニアを飲み干すのかもしれないな、と。

 そこに十年以上前の自分の姿を見た気がした。

 ゴルニア動乱の渦中に身を置いて、身に余るほどの栄達を経験しながら、青年将校は部下に熱弁を振るっていた。

「今こそ、ゴルニアの叛徒を平らげて、どころか全ゴルニアを俺たちが手に入れるのだ。おまえたちだって百人隊長になれる。いや、働き次第では主席百人隊長、大隊長だって夢じゃない。だから――」

 だから、力の限り戦おう。そう叫んだ若い瞳は、純粋な野心に燃え立っていた。だから部下は付いて来た。若い連中は夢中にならざるをえない。目の前にチャンスがあれば、それをどうして棒に振れるだろう。

 だが、ゴルニアはいまだにエルトリアの支配下にはない。どころか、反乱を鎮圧するのに二十年以上もかかり、余力のなくなったウァリア属州方面軍は、第二六軍団の壊滅的な消耗と引き換えにして、ようようエシュシュを確保できたに過ぎなかった。

 ゴルニア軍、いまだ侮りがたし。

 ウァリア総督は阿呆だ。せこい勝利を掠め取って、それでゴルニア征服の第一歩を刻んだと喧伝して回り、軍団の損失が問題視されないように、偉大な勝利であると言い触らした。どうしようもない阿呆だ。自身は出世をしながら、部下の多くを失って、トゥリアスは恨みがましくそう思っていた。

「が、俺も阿呆だ」

 だめならだめ、やるならやるで、どちらとも見切りをつけられず、ずるずると二年も無駄にして、ウァリア属州にしがみついていた。いつかゴルニア征服戦争が再開されるまでと偽りながら、それはウァリア総督に媚を売ることで、さらなる栄達を望んでいた時間だった。

「だから」

 今度こそは力の限りに最後まで戦おう。過去に置いて来た誓いを取り戻し、将軍の瞳には燃え立つ覇気が漲っていた。

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