黒猫の誘い
女生徒は本田 藍野さんだそうです。
機械科の2年生で、自動車部の部長さんだそうです。
2年生で女子なのに、既に部長さんですか。会話の感じからしても、しっかりした生徒さんのようです。
「で、本田さん、他の部員はいないの? 部員は全部で何人なのかな?」
「自動車部は全部で5人です。とりあえず一人、目の前にいますよ、ほら」
と、彼女が指差したのはガレージの中。そこにあるスタイリッシュチェアの上に座っている猫のぬいぐるみでした。
「……黒…猫?」
椅子の前のデスクには電子回路やIT関連の資格のテキスト、日経PC、アスキーなどの雑誌がいくつものっています。
そして液晶ディスプレイが置いてあり、アニメ美少女の壁紙が映っていました。
「何処に? 誰もいないけど……」
ぬいぐるみの頭を撫でると、突如ディスプレイにオープンオフィス・ワードが立ち上がりました。
『はじめまして、上尾先生』
おまけにひとりでに文字が打ち込まれました。デスクの上にはディスプレイのみでキーボードもマウスもタブレットもないのに……。
「え? え?」
何故に……? これはいったいぜんたい……。
『黒猫のレンチといいます』
ぬいぐるみを覗きこみました。
「まさか、この猫が……」
部員……?
そして超能力で液晶ディスプレイを操っているとでも? もしかしてエレクトリックマスター? この猫、口からレールガンとか撃てるんですか?
『先生、今年大学卒ということは、魔法少女リオナ世代ですね』
またこの話題ですか。工業高校とはオタクが多いところなんですか……?
まあ、IT専門の電子情報科は多そうですけど……。
『先生が好きだったのはどのシーンですか? 私はソフィアがアルクを助けるも、彼が記憶喪失なって、ソフィアとは別の女と付き合い始めるというところです。アルクをストーカーするソフィアには悶絶し、絶叫し、そして絶頂に至りました。』
……絶頂に至った、とはどういうことなかよくわかりませんが、その展開には私も釘付けになりました。日本人って何で報われない想いというものに、こうも惹きつけられるのでしょう……。
『特に神回だと思っているのはサブタイトル「哀しき乙女の想い」です。ストーキングで狂乱するかつての友人ソフィアを、リオナがやむなく倒す回です。あれにはご飯三杯はいけます。激・神回です。』
異議なしです。
『でもソフィアとアルクが結ばれなかったのは激・残念です』
激・同意します。
『二人が結ばれて幸せになる薄い本があるんですが、一緒に買いにいきませんか? そうだ、夏は東京ビックサイトに行こう! サーチケの手配できますよ~ん』
コミケへのお誘いですか。……というか私、いったい何処の誰とコンタクトしているんですか? ふと窓の外を見ました。
「……火星は見えてないよね」
「は?」
「本田さん、このディスプレイの表示見えますか?」
「……見えますが」
「何て書いてあります?」
「……コミケへ誘っていますね」
「じゃあ、私だけが電波受信して見えている映像じゃないと」
「何だと思ったんですか?」
「では、これは……まさか……」
正体判明の次回まで、ちょっと間が空きます。