サーキットの娘たち3
「痛いじょ」
エコランカーに乗った秋山さんが頭をさすっています。相変わらずブルマです。体操服にブルマでエコランカーに乗っています。何ともマニアックな組み合わせです。
「まったく、考えなしにベラベラ喋りやがって……」
まだ顔の赤い本田さん(妹)がハンドルを取り付けています。本校のエコランカーは座席が狭いので、ドライバーが乗ってからハンドルや速度メーターを取り付けるのです。
秋山さんはスマホのイヤホンをつけています。
「なあなあ、今日はハヤネの好きに走っていい?」
「ダメ!」
こともなげに否定すると、乱暴にヘルメットを被らせます。
「何で何でぇ~、好きに走りたい、走りたいじょ~!」
「あんたエコランカーで無理矢理ドリフトしようとするでしょうが!」
「そのほうがコーナー速く曲がれるじゃん」
「マシンを壊す気か! エコランカーはそんな風に出来てないって」
「え~」
「え~、じゃない。いつも通り、私の指示に従って。ほら、ボディ被せるぞ」
イツキさんとマキくんも手伝って、エコランカーのボディを取り付けます。F1カーみたいな形のボディ。見た目は河野工業よりも格好いいです。
「まずは軽く一周ね」
本田さん(妹)に言われたとおり、秋山さんは普通にコースを走っていきます。その様子をマキくんが動画で撮影していました。
戻ってきた秋山さんがエコランカーの中から言いました。
「降ろして」
「待ってて」
本田さん(妹)はスマホをいじっています。こんなときに何をしているのでしょう。画面を覗き込むと、表計算ソフトに数字が色々と書かれていました。
「それは何なの?」
「一周走ったタイムや、それから割り出したタイヤの回転量です」
「本田さん、そんな計算もやってるの? こんな短時間で?」
本当に優秀な子です。……と、思ったら……
「これは千奏が計算したデータを送ってもらったんです」
「え、稲盛さんが?」
傍のダンボールを見ました。ダンボールの上には黒猫レンチが置いてあります。
「千奏はマネージャですからね。重量、車高、全長、ホイール長、内輪差などなど、マシンのデータ全てを管理するのが仕事です。チームの参謀ってとこですかね」
そうですか。ただの引きこもりじゃなかったんですか。
「マネージャって聞いて、タオルやドリンクを準備している人だと思ってました?」
正直思ってました、スミマセン。
「試しに訊いてみます? 千奏、マシンの前輪と後輪の幅と、時速を教えて」
本田さん(妹)がダンボールに向かって言いました。すぐに私のショートメールに着信が……
『幅は1メートル12センチ 直線での最大時速は36.4キロ』
「どうです? すごいでしょ」
自慢げな本田さん(妹)。いやいや、そりより問題が……
「あの、どうして私のスマホの番号を知ってるの?」
すると再び着信が。本文は……
『うふふふ( ̄ー+ ̄ )』
「………………」
稲盛千奏、恐ろしい子……
「なあなあ、いつまでこうしてるんじゃ~」
待たされている秋山さんが、エコランカーの中でぼやいています。
「あー、ちょっと待って。それじゃ、バッテリーの消耗具合を測定しようか。今度は20週走って、最高時速で」
「最高時速? ドリフトはっ?」
「ダメ」
「……」
エコランカーはゆっくりとスタートしました。直線ではぐんぐんスピードを上げていきます。しかしコーナーを曲がるときには、地に足がついていない軽さを感じました。気が抜けた走りっていうんですかね、こういうの……。
「1週何秒?」
スマホのタイマーを見つめているいつきさんに、本田さん(妹)が尋ねました。
「1週45秒。軽量化が効いたじゃねえか」
「まだまだ。空気抵抗も減らせるはず……」
『あっ』
本田さん(妹)のスマホから、秋山さんの焦った声がしました。
「ん? どうしたの、ハヤネ」
『ハンドル外レタァァぁぁああああ……』
「……は?」
『……ああああああああああああああああああ』
スマホからは絶叫が響き渡り、直線でスピードが上がっていたエコランカーは曲がることができず、コーナーへ向かっていきます。そしてコーナーの側溝にタイヤがとられ側転。さらに車体は宙を飛びながらコースアウトし、近くにあった河野工業のピットに突っ込んでいきました。河野工業生の阿鼻叫喚がこだまし、エコランカーはというと三回転したところで、横転した状態でやっと停まりました。
何が起こったのかは理解できたのですが、あまりのことに私たちは反応が出来ませんでした。
「しょ、消火器必要か?」
いつきさんが尋ねると、本田さん(妹)は我に返ったようでした。
「で、電気自動車だから燃えることはない……と思う」
「ハヤネは?」
本田さん(妹)がスマホの画面を見ると、通話は途切れていました。
「助けなきゃ!」
横転しているエコランカーへ、みんなで一斉に走り出しました。 (稲盛さんを除いて)
真っ先に辿り着いたいつきさんが、どこから持ってきたのかバールを振り上げました。まずいです。そんなのでエコランカーをどついたら、中の秋山さんまで貫いてしまいます。脳天串刺しの血まみれです。
「だー、待って待って、いつき! ボディ壊さないで! 作り直すの大変なんだから!」
本田さん(妹)、心配はそっちですか……。
バギィッ
突如、木が裂けるような音がして、横になったエコランカーのボディが内側から穴が空きました。そして破れた穴からは、ブルマの少女がナメクジのように這い出してきました。
「し、し、し、死ぬかと思った、死ぬかと思った、死ぬかとおもたああぁぁぁぁぁっ!!」
秋山さんは外れたハンドルを持って絶叫しました。
「どーなってんだじょ! ハンドル取らたああぁぁぁ! 欠陥品じゃ、ロコールじゃんじゃ、ロコールぅうう!」
ろれつが回ってません。 ”リコール”と言いたいんでしょうか?
「いや~、取り付けるとき、ボルトちょっとゆるかったかなぁ……、ゴメンゴメン。えへへへ……」
本田さん(妹)、軽いです。
「まあ今回の目的の一つに、事故になったときの救助もあるし、いい予行演習になったんじゃね?」
いつきさん、言い訳が苦しいです。
「二人とも、この惨状をそんなふうに片付けていいんですか?」
「よくねえ」
後ろから言われて身が固まりました。恐る恐る振り返ると、豊田先生と河野工業の生徒さんたちが恨みがましく、且つ呆れた顔で私たちを睨んでいます。
「この競技は事故を一番注意しなきゃいけねえんだ。嬢ちゃんたち、その意識が低いみてえだな」
誰も、一言半句も言い返せません。
「今日はもう帰ってくれ」
「……はい」
そうして合同練習会は終わりました。みんなで運んだエコランカーがやたら重かったです。




