ストレスを溜めた教員たちの宴2
「ふぅ~」
って、便座に座りながらため息つくのもナンですが、疲れました。日ごろからストレスを溜め込んでいるのか、先生方の弾け方がすごいです。空手部の大山先生、先ほど「南斗水鳥拳・飛翔白麗!」とか言って手刀で障子破っていましたが大丈夫でしょうか? それと柔道部の西郷先生、やたらとボディタッチが多くてキモいです。先輩教員なので注意するのも躊躇いますし、ひょっとしてこれがパワハラ? 和葉先生が嫌がっていた理由がわかります。
校則だ、常識だ、周りのことを考えなさいなどと言っている生徒指導部の先生方が、夜の飲み屋に出ればこの始末。日ごろ生徒に諭している金言が薄っぺらく感じてしまいます。いや、日ごろ厳しいことを言っているから逆に弾けてしまうのかもしれませんね……。
一ヶ月間だけですが、教員やってみて思ったのです。自分だってミスのない完璧な人間じゃないのに、生徒に注意しなければならないとき、色々とジレンマを感じてしまいます。
そんな矛盾をなくすために、世間一般の教師というイメージで自らを縛るわけです。あるいは生徒が、そして自分が理想とする教員というキャラを演じようとするのです。
ベテラン教員ならそんな矛盾もないのかもしれません。でも教職に就いたばかりの私には、それすらストレスなのです。生徒に注意するという、一見すると上から目線の行為がストレス源なのです。しかし生徒に注意が出来ないと、私が注意されてしまいますし……。
だから一言訴えたい。私は聖人君子ではないと訴えたいのです。 (特に誰にというわけではありませんが……)
さらに日ごろの激務に加え、部活で日曜日も祝日もない。おまけにマスコミや保護者の目は厳しいわけで……。だから教師のプライベートには色んな闇があるわけです。そこには触れないであげてほしいです。
とはいえあんな姿、幻滅ですが……。
さて、そろそろ戻らないと、一人で相手をしている和葉先生に文句を言われてしまいます。と手を洗っているとトイレのドアが開いて、ずんぐりむっくりとした人影が入ってきました。
「んなっ、き、清原先生!」
「ん?」
「ここ、女子トイレですよ!」
「んん?」
校内一の強面教師は、酔っぱらって半開きになった目で私を見ました。
「いやぁ、男子トイレは人がいっぱいなんだ、ちょっとぐらいいいだろ」
「いやいやいや、ご遠慮してください」
「いいからいいから、この店の女将とは昔からよく知っているんだ。別に問題ないだろ」
「あります、問題あります!」
自分が使った直後の便座を、男の人に使われたくありません!
「俺は気にしないって」
「私が気にするんですよ!」
言っている合間にも、個室のドア全開でズボンのチャックを下ろす清原先生。
「待って、蓋上げてください!」
急いで便座の蓋を急いであげました。途端に放水開始。
「サイアク……」
見たくないものを見てしまいました……。
早く座敷に戻りたいです。しかし清原先生をこのまま放置して、他の女性客に見られたら通報されません。ちょっと不安です。座敷まで連れていくべきでしょうか?
しかし長いです。この高所からコップに水を注ぐような音、一分くらい続いてますが……。ようやく終わりましたか……。
「ほら、ちゃんとチャック閉めてください」
「優しいな、カミ子ちゃん」
いいえ、見てられないだけです。
「俺、カミ子ちゃんみたいな娘がほしかったなぁ」
「は?」
すると清原先生は私の手をとって言いました。
「うちの娘になってくれない?」
「はあぁ?」
「おじさん、娘が欲しかったの」
そんな風にぶった感じで言われても、正直キモいだけです。
「娘にはバレエとピアノを習わせたいなぁ。そんで父ちゃんじゃなくて、パパと呼ばせる。結婚するならパパみたいな人、って言ってもらいたい!」
この人、脳内に妄想で娘さんがいます。妄想幼女がいます。しかし私にその妄想を押し付けられても……。
ビッグスリーと言われて恐れられていますが、今はただのおっさんです。ただのだめなおっさんです。ダイ語風に言えばTDOです。
「カミ子ちゃん、うちの末っ子の一ッコ下で他人と思えないの。どう、娘になってくれない?」
「嫌です」
「ダメ?」
「嫌です。それと、手洗わずに握手するのやめてください」
「………………はい」
ガチャリとドアノブが動く音がして、誰かが入ってきました。
「ま、政子先生……?」
マチャ子先生は私が清原先生の様子を見て、笑顔のまま固まりました。
「あらぁ、取り込み中だったかしらぁ。ごめんなさぁい」
そのときのドアの閉まる音ときたら、やたらと重く響いたのを覚えています。
「サイアク……」
この後もう一度手を洗って、 (清原先生にも手を洗わせて)部屋に戻りました。
しかしこれでは生徒よりも手が焼けます。そして工業高校の男子生徒が手を洗わないのもよくわかりました。
(清原先生と共に)部屋へ戻ると、そこにはさらなる惨状が待ち構えていました。
はやし立てる初老の工業科職員たち……。その中心で囲まれているのは和葉先生でした。
「おや~、ごちそうさまが聞こえない!」
「もう一杯、もう一杯」
「もう無理だってぇっ!」
和葉先生は全力で拒否しています。
「まだいける、まだいける、まだいけ~~る!」
「全然飲み足りな~い!」
「和葉ちゃんの、いいとこ見てみた~い!」
断るのに無理矢理注がせる。わかりやすいパワハラ構造です。
「やーっ!」
和葉先生は私を見つけると、全力で抱きついてきました。いつもはぶっきらぼうでツンツンしていて勝手気ままな和葉先生が、母親を見つけて泣きながら飛びついてくる迷子のようで、なかなか新鮮です。
でも「やーっ」て悲鳴はギャップありすぎで戸惑ってしまいます。
しかも和葉先生に集まっていたTDOたちの視線が私にも……
「お、カミ子ちゃんもか!」
「カミ子ちゃんのいいとこも見てみたいなぁ」
「え……?」
マズイ……私まで標的に……
すると酔っ払いたちと私たちの間に割って入る、小さな影が……
「ここは私に任せて!」
「す、鈴ちゃん先生?」
死亡フラグ全開の台詞じゃないですか。しかし彼女の手には伝説の焼酎・魔王の一升瓶が!
「ロックでいいなら相手をしましょう!」
TDOに向かって宣戦布告です。
「か、カッコいい……です」
流石は女子会最年長者にしてマスコットガール。まさか自ら生贄になるとは、男前過ぎです。そして申し訳ないけど、私は被害にあわず助かりました。
急に、寄りかかっている和葉先生の重さが増しました。更に体重をあずけてきたからでした。
「気持ち悪い……」
「和葉先生、下戸だったんですか?」
「だから協力して飲み会を乗り切ろうって言ったでしょ、うう……」
あまりに顔色が悪いので、畳の上で寝かせることにしました。膝枕をしてあげると、さっそくさすってくるとは……。
「カミ子ちゃん優し~、太ももぷにぷにで気持ちいい~」
「畳に頭落としますよ」
「カミ子ちゃん、結婚して」
「何言ってるんですか? というか本当に気分悪いんですか?」
思ったより元気です。下戸というのも嘘かもしれません。
一方、TDOと飲み比べをしている鈴ちゃん先生、大健闘をしています。ついに柔道の西郷先生がギブアップしました。今はお腹を出して寝ています。
しかし魔王をそんな風に飲んだらバチが当たるのでは……。それにしてもお酒の飲み比べをし、若い女性教員や店の仲居さんに見境なく声をかけていくおじさんたちが、日ごろは厳格な教師の裏の姿とは……
「教師なんてろくでもない生き物でしょ。時々、生徒のほうが物分りいいと思うときあるよ……って、私も教員なんだけど」
和葉先生が私の太ももを頬ずりしながら言いました。
「さっきはマチャ子と話が弾んでたみたいだけど」
「はあ、母校の話を……」
「北高の?」
「そうです」
「未練がましいな、エリート崩れめ」
「未練? そういえば北高がよかったと何度も言っていましたね」
「それだけじゃないよ。出世コース外れたと思っているんだ」
「出世? マチャ子先生、教頭先生や校長先生になるんですか? そんなに優秀な方なんですか?」
「教師として優秀かどうかは別にして、進学校出身で初任が北高だと期待は高いね。それが工業高校に来ちゃったもんだから……。アレで野心家なんだよね。給料はさほど増えないのに、責任と仕事だけが増える役職に進んで就きたがるなんて、私にはわからないけど」
「ええと、出身校で管理職になれるか決まるんですか?」
「必ずじゃないけどね。カミ子ちゃん、この仕事に就いてから色んなところから出身校聞かれたんじゃない?」
「そうですけど……」
「けっこう出身高校で人を見る人もいるんだよね~」
正に学歴社会です。とはいえ学校ですからそういうものなのでしょう……。
「そういや今とその前の教育長、北高の出身で北高の校長やった人だよ。既に出世ルートが出来てんだよね。そういう意味じゃカミ子ちゃん、見込みあるよ。私の母校は偏差値低いからハナッから望みないけど」
「……出身校で社会的地位が決まるなんて、キャリア官僚みたいです……」
「そりゃ公立校の教員なんて公務員なんだから、当然でしょ。大企業なら出身大学、地方公務員なら出身高校でその後の人生は大体決まるっていうし、珍しくもない話っしょ」
「そういうものですか……」
夢のない話を聞いてしまいました。
「カミ子ちゃんは、これから採用試験受けるんだよね」
「はい。この間申し込みをしました。試験は夏休み中になりますけど」
「科目は工業で出したの? それとも普通科目?」
「私、情報系の教員免許しかないので、工業です」
「ありゃ~、工業科の教員は工業高校出身者を優先して合格させるっていうよ。普通科出身者はなかなか受からないって」
「え?」
「北高出身で普通科目ならすぐ合格できたかもしれないけどね~」
「わ、私、教員採用試験合格し辛いんですか?」
「そういう噂。噂だよ。でも私が見ていても偏りは感じるかな……。あと、国立大の教育学部卒とか親が管理職ってのも強力だね。カミ子ちゃんは、やっぱりそういうの知らずに教員になったんだ。またちょっと見る目が変わっちゃったな~」
「どういうことですか?」
「北高出身っていうから、最初に聞いたときは、マチャ子みたいな学歴偏重のヤな奴じゃないかって思ってた。
でも工業科職員だっていうから、出身派閥にこだわらない、実力重視の人かと思って期待したんだ。普通科から工業に来るなんて、あえて険しい道を選ぶわけだから。
それが何も知らない天然のお姉ちゃんだったとは……」
そうは言われましても、就職に失敗して家事手伝いになるところを、何とか抜け出そうとなし崩し的に講師になったものですから……
「あー、ちょっとショックだった? でもそんなに沈まないで。カミ子ちゃんはまだ運がいいよ。優遇されている方」
「そうなんですか?」
「そうでしょ。この学校にも学閥があってね、工業科職員はここの卒業生が幅を利かしてるの。それ以外の学校の出身者は冷遇されるんだって。
あと、これも噂だけどね、私がここに来る前、北高の卒業生が工業科職員として赴任したらしいんだ。すごく有能な教員だったんだけど、外様扱いされてさんざんいびられたらしいよ。
教師が教師をいじめているんだから、学校でいじめがなくならないわけだよ」
「……私、そんな窮屈な思いしたことありませんけど」
「だから優遇されているんだって。女だから」
「女だから?」
「工業高校って基本的に男子校だから、おじさんたちは女の子の扱いに慣れてないのよ。だから高圧的にはなれないの。特に清原さんみたいに……あれ? あのおっさん何処行った?」
そういえばさっきまたトイレに行くと言って出て行ったきり、戻ってきませんね。
さらに私たちの目の前には、酔い潰れたTDOの屍が累々と……。さすがは養護教諭、寝かせ方も上手です。
「大丈夫ですか、緒方先生?」
鈴ちゃん先生は平然とした顔で振り向きました。顔も全然赤くありません。
「和葉先生、少しはよくなりましたか?」
彼女は日本酒を飲みながら尋ねました。
「鈴ちゃん男前~、格好いい~、結婚して」
「しません。けどちょっと騒ぎすぎだねぇ、今度は静かに飲みたいな~。二次会どうする?」
「え?」
「三人で行かない?」
「まだ飲むんですか?」
この人、可愛い童顔で相当なうわばみです。




