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えこらん ~工業系女子高生のカーレース~  作者: パンプキン ぽてと
4月
23/33

部員勧誘作戦

 放課後の掃除を終え、電子情報科へ続く渡り廊下を通りかかると、中庭の垣根をごそごそと動き回る人影を見かけました。その人は垣根から顔を上げて言いました。


「あ~、どっかにBL落ちてねえかなあ」


「それはいったいどんな落し物なんですか、こんなところに落ちているものなんですか、和葉先生?」


「う~ん、物陰や人気のないところなら落ちているかも……って、カミ子ちゃんじゃない、準備はどう?」


「準備?」


「新入部員勧誘の準備だよぉ。今日から一週間が勝負っしょ」


「それなら生徒が色々やていますよ」

 私もあの後の詳しいことは知りませんけど。

「これから昇降口で勧誘するみたいです」


「一緒だな、DMもそうするらしい。この時ばかりはあの痴女を頼らないといけないんだよなぁ。私も手伝ってあげたんだから、大勢入部させろよお」


「この間は嫌いだとか言ってましたけど、結局協力しているんですね」


「そりゃ廃部にされたら困るからな。廃部になったら、廃部になったら……私も別の部活の顧問にされちまうんだから」


「はあ……」


「特に運動部の顧問にはなりたくない!」


「は、はい……?」


 和葉先生のゆるい口調が、急に角張ったものに変わりました。


「仕事忙しいし、残業多いし、休日も練習に付き合わないといけねえし、絶対に嫌っ! 新規採用のとき、五十メートル二十秒もかかるのに、陸上部の副顧問やった。生き地獄だった」

 精気のない瞳で語り続ける和葉先生。

「何をアドバイスしていいかもわからんし、足遅えって生徒もバカにしてくるし、二度とやるもんか。絶対にやるもんか! やってたまるか! 放課後はのんびりダラダラ、ケーキや洋菓子作ってBL本読んでいたいんだ。そもそも法的にも部活は課外発動でありボランティア活動であるはずなのに、強制させられて残業&休日出勤しなくちゃならないうえ、特別手当も出やしないんだからっ。私は定時には帰りたいんだっ。土日は休みたいんだぁっ。週休二日は死守する。お嫁さん部は絶対に死守するっ!」


 思いは熱く煮えたぎっているようですが、何て後ろ向きなやる気なんでしょう。コンビニ営業のような野球部の清原先生が聞いたら何て言うか……。


「しかし自動車部も昇降口で勧誘するなら、一緒に見に行こうか?」


「そうですね」


 ということで、和葉先生と勧誘の様子を見にいくことになりました。


 しかし昇降口に近づくと、妙な騒ぎ声が……。早速嫌な予感がします。和葉先生はすでにマネキンのような無表情です。そこへ行けばきっと教育的指導をしなくてはいけない、それは仕事が増えるということ、だったら見なかったことにしてえなあ、引き返してえなあ、とか和葉先生はきっと思っているんでしょうね。



 昇降口では、以前同様セーラー服の上にピンクの花柄フリル付きエプロンを纏い、さらに猫耳をつけた堂内ミランが、バスケットを腕に提げ、クッキー配っていました。

「お嫁さん部に来てくれたら、毎日美味しいお菓子を焼いてあげるニャ。ぜひ入部してほしいニャ。ああ、ダメダメ、そんなじっと見つめられると濡れ……じゃない、照れるニャぁ。あんまり美味しそうだからって、クッキーよりも私を食べたいなんてのは困るニャ~」

 媚の入った笑顔で呼びかけています。


「……痛いですね」

 思わず口から出てしまいました。


「これがミラン地獄だ」

 和葉先生がため息混じりに言いました。


「しかもDMさん、男子にしか声かけてませんよ。趣旨を根本的に履き違えているような……」


「あの野郎、逆ナンしてこいなんてってねえぞ」



 すると別の方向で新たな歓声が上がりました。騒ぎの中心では、白と黒のチェッカーフラッグがひるがえっています。フラッグを持っているのは、白地に紫のラインが入ったビキニタイプのボディコンコスチュームを纏い、シルバーのロングブーツを履いた…………男の子でした。


「マキくん!!?」


 その格好は……? この前のメイド服よりも、明らかに高位のゲートをくぐって転身していませんか?


「レースクイーンか。なかなか自動車部らしいチョイスだな」


「感心しないでください、和葉先生!」



 マキくん、うつむきながら旗を振っています。その後ろにはツナギを着た本田さんといつきさんが、アイドルの握手会にいる”はがし”のように立っています。きっとこれをくわだてたのは、あの二人と黒猫レンチの中の人なのでしょうが……。


「ほらマキくん、声出して!」

 本田さんが指示を出します。


「よ……よろ……よろしくお願いします」


「マッキー、全然聞こえないよ。もっと大きな声で!」


「お、お願いしまーす」


「もっとフラッグ振って、お尻も振って!(いつき)」


「これじゃ新入部員が来ないじゃない!(本田)」


「うう、うああぁ」


 マキくん、目を潤ませ、顔を真っ赤にしてフラグ振ってます。これ、何の見世物ですか? しかもあの子達、自動車部だという紹介すらしていません。


「な、何でボクがこんな格好? もう無理ぃ!」


 羞恥に耐えかねたマキくんは、チェッカーフラッグで顔を隠し、スカートの裾に手をかけました。

 すかさず本田さんといつきさんが、スカートをまくり上げようとする彼の手を押さえました。


「ダメだマッキー、今上げたら……」


「男ってバレちゃうから!」


 問題はそこですか?



「あんたのところもディスってるな。安心するわぁ」

 和葉先生が私の肩を叩き、同情すような視線をくれました。


 とはいえ男の子にこんな格好させて勧誘なんて、流石に放っておくわけにはいきません。


「ちょっとちょっと、君たち、何をしているの?」


「カミ子先生、部活の勧誘です」

 本田さんが平然と答えます。


「とても部活の勧誘風景には見えないんだけど。それに男子の太ももで男子を勧誘するのは、やっぱり変じゃない?」


「じゃあ先生は、女子の太ももで勧誘すればいいんですか?」


「は?」


「それこそ公然わいせつ罪になりますし、不純異性交遊になるかもしれません。が、男同士なら問題ないはずです」


「え?」


「確かに問題ない」


「和葉先生?」


「男が男に発情するならば、少なくとも異性交遊にはならない。問題ない」


「そっ……か……? ……いいえ、問題あります、むしろそっちのほうが色々と大問題です! 風紀、乱れまくりじゃないですか! それにやっぱり変です。男子がこんなにおへそを出した服を着るなんて……」

 何と言うことでしょう……。

「引き締まってて、私よりウエスト細いかも……」


「「「そっち?」」」


 女心は複雑なのです。


「それにいつきさんは、彼氏がこんなことしていていいの?」


「いや~、恥らっているマッキーはそそられるので……次はビキニアーマーとか、例の紐とか……」


 マキくんが怯えてスカートの裾を握ります。


「女心は複雑なんスよ~」


 いつきさんから女心なんて聞くと、背中がかゆくなりますね。ただ単にドSなだけじゃないでしょうか。



 すると後ろでバスケットの落ちる音がしました。


「まさか、そんな方法があったなんて……」

 DMさんがヘビのような目で、マキくんを凝視しています。

「レースクイーンが許されるなら……!」

 そしておもむろにスカートのチャックを開け始めました。


「待て、この痴女ビッチ。何をしようとしている」

 すぐさま和葉先生が制止しました。


「あれに対抗するには、もう裸エプロンしかねえぇぇぇっ」


「やめろ」


「止めるな、ねえさん!」


「何のためにクッキー配っているのか思い出せ!」


「それはもちろん、いい男をゲッツするためだあぁぁぁ!」


 やはり当初の目的を見失っていましたか。


「新入部員勧誘のためだろうが! これじゃ逆に廃部になるわ!」


「廃部が怖くて、二十歳で子供産めるか!」


「何言っているかわからん!」


 珍しく和葉先生が慌てています。男同士は問題ないと言っていた人を、いつも理解不能なことを口走っている人を、これだけ凌駕りょうがする工業女子高生ってすごいなと思いました。いや、DMさんがすごいのでしょうか。



「何だ、この騒動は?」


 自動車部と家庭科部によるバカバカしくもくだらなく、非生産的な喧騒は、その一言で水を打ったように静まり返りました。野球部のユニフォームを着て、金属バットを持ち、額に青筋を浮かべ、レイバンかけたその姿は、どう見てもカタギではありません。


「清原先生……」


 周囲にいた下校途中の生徒たちは、関係ないフリを決め込んで逃げていきます。自動車部員は全員固まっていました。さすがの和葉先生も「やっべ~」と顔を背けています。

 生徒指導部で最も恐れられている一人に、校内でレースクイーンや猫耳エプロン姿を見られるとは……。これはやっぱり生徒たちは謹慎、監督役の私と和葉先生も処分を受けるのでしょうか? まさか、廃部……?


 しかし鬼さえも避けて通りそうな強面教師に、DMさんはスキップで近づいていきます。


「先生、うるさくしちゃってごめんニャン。これ食べて機嫌直してほしいニャン。萌え萌えクッキー、美味しいくなぁれだニャン!


「…………………………………………」


  この状況、その人を相手に、メイド喫茶みたいなこと言うとは、恐ろしいほどのKYスキル……。断頭台を前にしてヲタ芸やっているくらいの、無謀にして空気の読めなさです。一同絶句です。特に和葉先生は、魂が抜けたような顔をしています。


「先生、食べさせてあげる。はい、あ~ん」


 しかしDMさんはKYスキル完全開放で、清原先生の鼻先にクッキーを差し出します。


 清原先生どうするのでしょう? マウンド上、皆が注目するこの静寂の中、セットポジションは腕を組んだまま、おもむろに口を開き、第一声……そして……、ゆっくりと、ゆっくりと顔を近づけ、クッキー食べたあああぁぁぁぁぁぁっ。(野球中継?)


「先生、おいちい?」


「うむ、おいちい」


「…………………………………………………………………………………………」


 ……空気が凍りました。


「先生、可愛い! ねえねえ、野球部に格好いい一年生入ったぁ?」


「ふん……」

 何も言わずにグラウンドへ向かう清原先生……。


「やだ~、照れちゃってぇ~~~」

 相変わらず自分の世界を堅持し続けるDMさん。


 私の横では、和葉先生が何かを吐き出しそうな顔で俯いています。私は彼女の肩に、そっと手を触れました。



P.S

 清原先生、娘がいたら言われてみたかった一言は……

「もう今日からパパと一緒にお風呂入らないんだからね!」


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