学科長先生
4月1日
初出勤の日です。企業なら入社式、公務員なら入庁式などがあって、辞令を貰う日です。教職界でも、正式採用の教諭は県庁へ辞令を受け取りに行くらしいですね。
しかし、講師は人手が足りない場合の臨時雇いにすぎません。分かりやすく言うと、産休で休む先生の代わりに来る先生、なのです。いわゆる契約社員みたいなものですから、辞令を貰うことはありません。(まあ、今回は忙しくて人手が欲しいからという理由らしいです。)
ですから今日からさっそく学校に出勤します。
公務員といっても期間限定のお仕事。来年は職を失っているかも……。教師の不祥事とかうるさいですからね、今は……。
そうならないように一年、無難に過ごしたいです。”頑張る”以前に何事もなく過ごせますように。
”無事これ名馬”です。
私が勤務する南野工業高校には、機械科、電気科、物質工学科、建築科、電子情報科の五学科があり、私は電子情報科の教員として配置されました。
ちなみに学級の数は、電子情報科以外の四学科は二クラス、電子情報科だけ一クラスで、一学年九クラスだそうです。
実業高校には、普通科目を教える先生方の職員室とは別に、各学科ごとに準備室があります。要は工業科の先生たちの控室ですね。
そして電子情報科の準備室は、校内の一番奥の棟内になります。
私が来ると、もうカギは開いていました。既に誰か出勤しているみたいですね。
職員室の前で、リクルートスーツに乱れがないかチェック。そしてあくびをひとつ。ユ~ルい大学生活から、早寝早起きの規則正しい社会人生活に移行するのはキツイのです……。
気持ちを入れ替えて…
「おはようございます!」
電子情報科の職員室に入ると、五十歳くらいのメガネを掛けた細身の先生がいました。ついでに前髪がお寒い感じになっています。
以前学校に来た時に紹介された覚えがあります。確か内田先生です。電子情報科の学科長先生です。電子情報科で一番偉い人になります。
でも優しそうな方でよかったです。不良高校だから、先生も強面の人だとばかり思っていました……ホッ……。
「上尾先生の席はこっちだよ~」
上尾”先生”……やはりいい響きです、”先生”……。
内田先生が早速私の机まで案内してくれました。そこではたと足を止めました。
「リオナ……?」
それは私が小学生の時に流行ったアニメのフィギュアストラップです。しかも私の勘違いでなければ、内田先生のデスク上にあります。何故こんなものが?
「魔法少女リオナ、知ってるの?」
内田先生が訊ねてきました。
「え……ええ、子供のころ見ていましたから。先生の物なんですか、これ?」
「娘が好きだったんだよ~。土曜の夕方放送だったから、小さい頃一緒によく見ていたんだ」
じゃあ、貰いもの? もしくは娘さんとの思い出の品でしょうか。一瞬、オタクな人かと疑ってしまいました。いいパパさんなんですね。
「まあ、娘は中学になって卒業したけど、僕はそのままハマっちゃってね。見かけると買っちゃうんだ、こういうの。最近だとコンビニのドリンクに、おまけで可愛いフィギュアやストラップついてくるでしょ。あれいいよね~」
「………………………………………………………………………………へ?」
疑惑が確信になりました。
他にも、パソコンのデスクトップは有名な二本角のロボットのイラストが、デスクマットには変身ヒーローの下敷きが挟んであります。
「リオナを知ってるなら、魔導騎士リリアーヌも見てた~?」
「は?」
「ソードアンドウィッチはどう? 安城監督シナリオのアニメなら最近じゃ騎士王伝かな~? 大塚丈道が作監やった第6話目は神回だったよね~」
なんでしょう、このチャットの実況中継を読んでいるような会話は。この方、公立高校の先生ですよね……。
「えっと、どうしてそんな残念な顔してるの?」
「ソンナコト、アリマセンヨ……」
「どうして急にカタカナに?」
「……」
南野工業高等学校 電子情報科科長 内田教諭
趣味は深夜アニメ観賞
ちなみにお嬢さんは今年の三月に高校を卒業したそうです。今は東京の大学に通っているといいます。
この物語は教師目線で進行します。