自動車部会議 その1
「ただいまより、自動車部、緊急会議を始めます!」
放課後のガレージで、本田さんが眉間にシワを寄せて言い放ちました。
ミーティングテーブルには、自動車部員が全員(稲盛さんの席には黒猫ぬいぐるみのレンチと液晶ディスプレイが置いてあります)席についています。そしてなぜか鈴ちゃん先生までいます。
「今日は金曜日です。そして来週の月曜日から一年生の仮入部期間が始まります。これはどういうことかわかりますか?」
「はい、先生!」
勢いよく手を挙げたのは秋山さんです。全員ツナギを着ているのに、彼女だけ相変わらず体操服とブルマーです。
「我々に後輩が出来るということです。ということは……」
「と、いうことは?」
「昼休みに購買でやきそばパンとフルーツ牛乳を買ってこさせます。月曜日にはジャンプも忘れさせません!」
「違う! 昭和のパシリじゃねえ!」
「あと、実習レポートも手伝ってもらうつもりです。それから授業でわからないところがあったら教えてもらうつもりです」
「よし、お前もう黙っていろ! 相変わらず人の話を聞かない……って、後輩に勉強を教えてもらうの? あんたにプライドはないのか?」
「だって、あたし今も弟に勉強教えてもらっているもん。それで学年末の再試験合格したし」
「2年生に進級するのに、中三だった弟の力を借りたの? 弟くんも受験中に迷惑だったろうに……」
「おかげで弟は今年、北高に無事合格しました」
「あんたのおかげじゃないし!」
ということは、秋山さんの弟くんは私の後輩ですか。手前味噌ですが、私の母校は県内でも偏差値が抜きん出て高いです。姉と弟でこんなに差があるとは、何とも理不尽な遺伝子をお持ちのようです。
するといつきさんがちょっといいか、と手を挙げました。
「新入部員勧誘の話をしたいんだろ、あいのん」
「そうだった。昔からこいつと話すと、いつも話題が脱線するのよ」
本田さんはコホンと咳払いをひとつして、話し出しました。
「自動車部は今、3年生部員0人、2年生部員5人、そのうち陸上部との掛け持ちが1名ということになっています。これは部活を存続するのにギリギリの人数です。伝統ある我が自動車部を存続させるためにも、さらには大会に向けてマシンの整備を進めるためにも、多くの新入部員の確保は絶対条件です。そのために緒方先生に来てもらいました!」
すると部員たちの間から、歓声と共に拍手が起こりました。
けど、わかりません。何故新入部員確保に鈴ちゃん先生が呼ばれたのでしょう? 鈴ちゃん先生も同じように首を傾げています。
「緒方先生が副顧問をしている軽音部は、文化部でありながら毎年2桁の新入部員を確保しています。何か秘訣があるはずです。ですから今日は新入生を釣る……ではなく、勧誘する極意を緒方先生に教えてもらいましょう!」
言い終わってさっと手を挙げると部員たちからは再び拍手。そして手を下ろすと拍手は鳴り止みました。この部長さん、相変わらず見事な統率力、そしてカリスマ性です。
「えっと……秘訣……? 私、音符も読めないのに……」
困惑する鈴ちゃん先生。でも自動車部員は全員で彼女を凝視しています。
「え……ええ~……」
そして沈黙に耐えられず、彼女が出した答えは……
「し、深夜アニメになると、新入部員は増えます!」
一瞬の静寂。の後に歓声が起こりました。
「なるほど」
「一理ある」
「あるけど、どうするの?」
『アニメーション製作会社にお願いするのだ』
と黒猫レンチが座っている場所の液晶画面に、ワードで文章が打ち込まれました。稲盛さん、相変わらずデスクの下でキーボード叩いているんでしょうか?
『マッドサイエンティストのところとか、Aが一番か、あるいは京都あたりに企画内容をメールで送るのだ』
「そのメール、いたずらかトロイの木馬だと思って、開ける前にデリートするわ。私なら絶対そうする」
「じゃあ、ボクたちでアニメを作るしかないね」
『それだ!』
「いや違う、私たちが造らなきゃいけないのは車!」
議論が終幕したのか、再びの静寂が訪れました。
「この作戦、無理があるんじゃないの、あいのん?」
「みんなで議論する前に、ひとりひとりが無理だということに気付いてほしかったわ」
「鈴ちゃんの提案、ダメじゃん。ていうか非現実的」
「へ?」
ジト目で言ういつきくんに、鈴ちゃん先生困惑気味です。
「話しかけやすいから拉致ってきたけど、しょせん副顧問ではやっぱり助けにならなかったか」
本田さんの発言に、今度は目を丸くしています。鈴ちゃん先生、茫然自失です。強制的に連れてきて、酷い言われようです。これではただの嫌がらせです。
『しかたない、我が従僕の暗黒騎士を召喚しよう』
液晶ディスプレイに再び文章が打ち込まれます。っていうか、暗黒騎士って何ですか?
『今、LINEを送った。すぐに来る』
「Good afternoon みなサンっ!」
「ジェニファー先生?」
現れたのはレイヤーALTのジェニファー先生でした。
「今日のコスプレは魔法少女戦士ですか……」
本田さんが呆れ気味に言いました。ビキニのような水着に、スケスケのコートのようなものを着ています。そして手にはロンググローブ、足にはニーソ。流石に何のキャラクターなのかわかりません。
「これはマスターにもらった聖衣でス」
自慢気に言うジェニファー先生。放課後の学校で恥じらいもなくその格好は、小宇宙を燃やしすぎです。
「千奏、それでどうするの?」
本田さんが目を細くしてレンチを睨みます。
『工業高校は男子ばかり。女子のコスプレ絶対領域で釣る!』
「………………」
全員絶句。低俗すぎます。そんなので入部する人がいるはずありません。いたとしても幽霊部員になること請け合いです。
「いい作戦だわ」
「え?」
何故得心するのですか、本田さん?
「重い機材を運ぶとき、男手は絶対的にほしいわ」
「いつもは俺っちとマキが荷物持ちやってるが、最近腰痛くなってきたんだよなぁ~」
「バカで役立たずでもいい、私たちがマシンを整備している間は遊戯帝カードやっているニート予備軍みたいな奴でもいいから、荷物持ちは確保しておきたいわ」
どんだけ人手不足なんですか、この部。そして君達それで本当にいいんですか? 秋山さんが言っていたパシリとあまり変わらないような……。
『決まったようだな。我が暗黒騎士よ、1番上の右から2番目のロッカーを開けよ。おとめ座のクロスが入っている!』
「イエス、マイ・ロード」
そうしてジェニファー先生がガレージのロッカーから仰々しく取り出したのは……
「まさかこれって…………メイド服?」
なんという王道チョイス。
「これを全員が着るの?」
本田さんの顔が引きつっています。
「まさかメイド喫茶でも開いて呼び込むつもり? さすがにやりすぎよ」
『否。服はそれ一着のみ。この中でもっとも乙女らしい人に着てもらう。我がサーバントよ、選ばれしものを示すがよい』
「イエス、マイ・ロード!」
そしてジェニファー先生がメイド服を渡したのは……
「ん? ボ、ボク?」
マキくんですか……?
「ボク? ボクなの? ボク、2月生まれで山羊座なんだけど」
乙女でもないですしね。
「なるほど、ベストな人選だわ」
本田さん納得です。
いいんでしょうか? 隣の彼女はどう思っているのでしょう。
「いつきさん、あなたの彼氏があんなもの着させられようとしてますよ?」
「マッキーがメイド服…………見てみてえっス!」
拒まないんですね。そういう趣味でしたか……。
「マッキー、すぐ着ろ、今着ろ、着てみせろ!」
「ええ……? い、いつきくんが……そこまで言うなら着替えるけど……」
素直に受け入れてしまいました。いいんですか? 彼女の言うこととはいえ、そんな簡単に受け入れて? もうちょっと拒まないと、君の男としてのアイデンティティを失ってしまうのでは……。いや、もうすでに失っていますかね……。
あ、しかもちょっとうれしそうな顔。渋々な態度をとっていて、この子、クロじゃないですか。ドングロの女装癖の持ち主ですよ。
「じゃあトイレで着替えてくるよ」
「ここでいいだろ、マッキー」
「「「ここでっ?」」」
私と鈴ちゃん先生とマキくんが一斉に驚きの声を上げました。
「何か問題が?」
いつきさんが首を傾げます。
「そうね。マキくんは慎太郎くんなんだし、ここで着替えても問題ないわね」
本田さんが頷きます。
あなたたち、ひょっとして彼の着替えが見たいだけ?
「マッキー、男だろ、腹をくくれ」
「う、うう……は、恥ずかしいから、あんまり見ないでね……」
マキくん、勢いに呑まれて渋々ブレザーを脱ぎ始めました。
………………着替えるんだ…………。
しかもみなさん瞬きもせず、マキくんの着替えを見入っています。静かです。聞こえてくるのは彼がブラウスを脱ぐ音だけ。そんななよなよした動作でスカート下ろさないでください、しかも内股で! 中にスパッツを履いているとわかっていても、意識してしまうじゃないですか。狙っているんですか? 絶対に狙っていますよね、これ。この子、どれだけ計算ずくなんですか?
「カミ子先生、顔赤いですよ。生徒の前なのに……」
「緒方先生こそ、顔赤いじゃないですか」
「こ、これハ……想像以上に……」
私たちの隣では、ジェニファー先生がやたらと興奮しています。男子生徒の着替えに何たること。さすがに色々とまずいような……。
「本田さん、いいんですか? 男子にあんな格好させて」
「マキくん、もともと女子用の制服じゃないですか」
ごもっともです。
「それに女子があんな格好で男子を部活勧誘していたら、生活指導ものです。謹慎処分です。でも男子が太ももを見せて、男子を部活に誘うことに何の問題がありますか? だからこの役目は彼しかいないんです」
一理あるような、ないような。また屁理屈のような気も……。
「それに私、あんな恥ずかしい格好したくないし……」
結局、面倒ごと押し付けているだけですか?
「マキ、ブラつけてないな」
突如として秋山さんが口を開きました。
「私と同じだ。仲間だ!」
「黙れ、乳首絆創膏女」
いつきさんが怖いくらい感情のない顔で言いました。
『困ったものですわ。痴女が多すぎますわ。不潔ですわ。消臭が必要ですわ』
ディスプレイの向こう側の人は他人事です。
「でもちょっと残念っス。マッキーがブラをつけているところ、見たいような、見ちゃまずいような、そして見てみたいような」
「い、いつきくんはボクをどうしたいの?」
マキくんが胸元を隠します。
「ふっ、どうしたいのかだって? いいの? いいの? 言っちゃっていいの? そんなこと!」
「え……」
いつきさんの変態的な物言いに、マキくんドン引きです。
「じゃあ、マッキーにブラを装備してもらおうか! ついでに女物のおパンティも!」
「ええっ?」
そしていつきさんはレンチの液晶ディスプレイを見ました。
「ちかなん、ブラ貸して。マッキーとサイズちょうど合うだろうし」
『ぶっ殺すぞてめえ!』
その後ディスプレイには”殺す 殺す 殺す”という文字がエンドレスに打たれ、画面を埋め尽くしていきました。
「あ、あの……これってどうつければいいの?」
マキくんが持っているのは、ガーターベルトでした。ここまで徹底しますか?
「じゃあ、俺っちが着けるの手伝ってやるよ」
と、いつきさん。男装女子でもそういったモノの着け方は知っているんですね。というか、女性でも最近はあまり着けないんですが。私もパンストばかりで、着けたことないですし。……そんなものの着け方を何故知っているんでしょう、この男装女子は?
いつきさんがマキくんの露になった腰に、後ろから腕を回します。
「ひゃっ、ちょっといつきくん、変なところ触らないで!」
「変なところって、腰骨じゃん。それに触らなきゃ着けられないだろ」
「うう……」
「しっかし柔い肌してるなぁ。本当に男子か? なあ、ケツ触っていい?」
「やめて! ねえいつきくん、そこで合ってるの? 違う気がするんだけど」
「大丈夫だって、多分」
「あっ、ダメっ。きつい、苦しいよ……」
「少し緩めるか。これぐらいかな。じゃあ次、ストッキング履くから足上げて」
「えっ、いいよ、そこまでは。後は自分でやるから……」
「遠慮すんなって。足上げて、ほらもっとよく見せてぇ」
「えぇ……は、恥ずかしいよ……」
このやり取り、直視など出来るはずもなく、私は鈴ちゃん先生と一緒に俯いているしかなくなりました。
「ハア、ハア、ハア……」
ジェニファー先生にいたっては、息も荒く、内股で足をもぞもぞさせています。もう何か、色々とヤバいです。犯罪の予感がします。ホントに何かとヤバいです!




