男女交際
情報科の準備室で水を一口飲むと……
「授業中、トイレ行きたくなるよ」
内田先生に忠告を受けました。私のデスクの上には空のペットボトルが3本……。この一時間で飲み干してしまいました。
けどしかたないじゃないですか。始業式もホームルーム活動も身体測定も終わって、今日から通常授業です。そして今から五分後の二時間目、私の初の授業なんですから! 朝から、いえ昨日のよるから緊張しっぱなしですよ。
飲んだ水は全部冷や汗になって出て行っている気がします。
「では、行ってきます!」
意を決して立ち上がると、勢いがありすぎたのかデスクの縁に太ももを打ち付けてしまいました。
「いっ……つぅ……」
「大丈夫かい?」
「ノープロブレムです。改めて、行ってきます!」
太ももをさすりながら教室へ向かいました。
それでも教壇に立って、号令があるまでは冷静でいられました。けど号令の後、生徒に注視されると一気に緊張が高まりました。
皆さん静まりかえらないでください。そしてあんまり注目しないでください。
いやいや、授業だから静かにすべきなんですよね……。君たちいい子です。いい子過ぎて先生困ります。
ひとまず深呼吸……。では改めて!
「それではハードウェア技術の授業をはじゅじゅます」
「……噛んだ」
「噛んだよ」
「また噛んだ……」
く、またやってしまいました……。
少しぐらい騒いでいる子がいれば聞こえなかったものを……。なんでそんな大人しい子ばかりなんですか。工業高校っていったら見るからに偏差値低そうな子ばかりで、先生の話聞かなくて、授業崩壊していて、校舎内をバイクで走っているもんじゃないんですか! そんなクラスだったら私が噛んだことぐらいバレなかったのにぃっ!
キモいです。工業高校のくせにいい子ばかりでキモいです。あなたたちはもっとビーバップ化すべきです。
しかし今一度、気を取り直して……
「今日の授業は自己紹介もかねて一人ずつ出席をとります」
「スルーした」
「スルーしたぞ」
「なかったことにした……」
ああ、いちいちうるさい生徒ども!
「1番、青井くん」
「はい」
「2番、稲盛さん」
「……」
自動車部マネージャーの稲盛さん、カーディガンに隠れた手を振るだけです。未だに声を聞いたことありません。
このクラスの女子三人は稲盛さんとマキさんと、出席番号25の堂内ミランさんになりますね。しかし”ミラン”……。これが流行のキラキラネームですか。先生も呼名が大変です。
そしてマキさんの番です。実は女だったいつきくんとの関係、すっごい気になるんですけど、まだ詳しい話きけてません。どなたか工業高校の女子の百合率を調査してくれませんかね。
「30番、槙野慎太郎くん」
「はい」
「んん……?」
「はい?」
「マキさん?」
「はい」
「槙野くん?」
「はい」
「慎太郎くん?」
「はい」
「君が槙野慎太郎くん?」
「はい」
「……」
準備室の扉を開けると、内田先生が驚いて私を見ました。ちょっと力任せに開けすぎたみたいです。
でも落ち着いてなんかいられません。大変です。一大事なんです。
「どうしました。まだ授業中ですよ」
「内田先生、2年生のマキさん、実は慎太郎くんでした!」
「ああ、やっと気付いたの?」
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「いや、面白そうだから黙ってた」
デジャブですか? 前にもこんなやりとりあったような……。
「入学時から中性な顔していて、なよなよしていたんだけどね。最近は本当に女子にしか見えなくなったなあ」
「しかし、何故……」
「ほら、工業高校って男だらけで出会いも少ないから、少し女の子っぽい生徒は、周りの欲求不満を解消するために女役押し付けられたりするんだよねぇ~。擬似女子生徒、みたいな?」
何ですか、それ? ちなみに女子役を押し付けられた生徒には、どんな学校生活が待っているのでしょう。あんまり聞きたくないような、でも和葉先生は聞きたがるような……。
すると清原先生がその強面を前面に押し出してきて言いました。
「槙野はあの性格だから、中学の時いじめられていたらしい。去年、高校に来ても、入学式の日から早速いじめられそうになっていた。だが自動車部に入部してからはそういうこともなくなったな」
「それはまたどうして?」
「いつきが男子に向かって、槙野に手を出したらぶっ殺す、と言ったらしい」
「……」
「どっちが先に惚れたのかは知らんが、部活で意気投合したそうだ。それから二人はお互いの制服を交換して、男女逆転の交際が始まったというわけだ」
「いいんですか、それ?」
「まあ、男子が女子のスカート履いてはいけないとか、女子が男子の学ラン着てもいけないとか、校則には書いてないからな。二人とも学校指定の制服着ているので五月蝿くは言っていない」
「そうじゃなくって……いや、それも気にはなりますが……それよりそんな歪な男女交際黙認していいんですか?」
「仕方ないよ~」
と、内田先生。
「今や時代はジェンダーフリー。性同一性障害者を配慮しろって、保護者も人権団体もマスコミも色々うるさいしね。学校も昔ほど強い態度には出られないんだよ。生徒の恋愛観に口出しすれば、人格を否定したとか言われかねないしね~」
「あれで同姓同士ではなく、一応男女交際ということになるわけだ。リハビリ交際というべきかな。異性と付き合うなと校則にも書かれていないし」
「でも清原先生……ふ、ふ、不純異性交遊とかにはならないんですか?」
「それは……その場合、どっちがセメでどっちがウケなんだ? やっぱり肉食系のいつきが……いや、そのときだけは意外に槙野の方が野獣系で、いつきが恥らっている方がそそるな……」
「「清原先生ェ……」」
清原先生、ストッキングかなま足かでいうと、なま足派。




