保健室の妹先生
保健室には白衣を着た少女が、席に座っていました。髪を短いツインテールにしていて、アヒルのスリッパを履いています。何とも抱きしめたくなるような愛らしさです。
女の子はお弁当を食べているところでした。小学校低学年の子がお母さんに作ってもらうような、色どり多彩の、可愛いらしいお弁当です。
「お、美味そうなベーコンのアスパラ巻き。いただき~」
和葉先生が指でつまんで口の中へ放りこみました。
「う~ん……これは……家庭科教師として100点満点の評価をつけられる出来栄えですな。すずちゃん、もうあたしと結婚しよっか」
「それ、何回目のプロポーズ? っていうか勝手に食べないでよ」
呆れた顔で少女は言いました。それにしても舌足らずの幼声です。
「こっち、養護教員のすずちゃん」
やっぱり先生だったんですか。
「すずちゃん、通称は緒方鈴子っていうの」
と紹介しながら幼先生の頭を撫でる和葉先生。
「違うでしょ、本名が緒方鈴子」
緒方先生は鬱陶しそうに和葉先生の手を払い退けました。
「和葉先生がそんなふうに呼ぶから、生徒もすずちゃんって呼んでくるんだから。あと、女子生徒が頭撫でさせて、とか訳のわからないこと言ってくるし」
「いや~、その女子の言うことわかるわ~」
また頭を撫でる和葉先生。そしてその手を払う緒方先生。このくだり、もうお約束なんですね。
「私の方が年上で先輩だってこと忘れないでね、和葉先生」
じゃあ、緒方先生がこの中で一番の年上ということですか。ずいぶん幼く……いえ、若く見えます。
「で、こちらは?」
緒方先生が私に視線を向けました。
「新しく講師で来た上尾ちゃん」
「どうも、上尾です……あっと……」
頭を下げる前に、コンビニの親子丼弁当が入っているビニール袋を、後ろに隠しました。
緒方先生はこんな可愛らしいお弁当を作れて、和葉先生は家庭科教師……。この中で一番女子力が低いの、ひょっとして私ですか……。溜息が出ます。
「そして上尾ちゃんは本日、南工女子会の会長に就任しました。ぱちぱちぱちぱち~」
「はあ……?」
緒方先生は小首を傾げました。仕方がありません、私もよくわかってないんですから。
「あの、私が会長? 和葉先生じゃなくて?」
「うん。だって四天王なんだもん。リーダーにぴったりっしょ。で、あたしは会員1号、そして2号」
和葉先生は緒方先生を指差しました。
「私も入ってるの?」
「とーぜんっしょ」
「しかも2号? 一番年上なのに?」
「う~ん……じゃ、2号兼マスコットってことで。それで納得してくれる?」
再び和葉先生が緒方先生の頭を撫でます。
髪の毛をぐじぐじされながら、緒方先生がまじまじと私の方を見ました。
「上尾先生も大変だね、変なのに捕まっちゃって」
「はあ……」
何とも返答の仕様がありません。
「変なの言うな。それにいいかい、二人とも。今のところこの学校に居る20代女子教員はあたしたち3人だけ。しかも上尾ちゃんも保健部だっていうじゃない。奇しくも三人とも保健部なんだぞ。だったらおじいちゃん先生たちに負けないよう、交流を深めておくべきじゃあないか。学校全体の忘年会とかでセクハラされるの、もう嫌でしょ、すずちゃん」
「それはまあ、そうだけど……」
「だから、おっさんたちが近づけないように、タッグを組もうってこと。つーわけで3人仲良くしていこう、おー!」
和葉先生のアンニュイな掛け声が保健室に響きました。
その後、コンビニ弁当を持っている私の為に、緒方先生が電気ケトルのお湯でお茶を淹れてくれました。二人の前でコンビニ弁当を食べるのは、軽い羞恥プレイでした。お母さんに料理を教わろうと思います。
「上尾先生、部活は何ですか?」
マグカップに口をつけながら、緒方先生が訊ねました。
「自動車部です」
「ああー……色々大変だね」
と緒方先生が目を細めます。
昨日、内田先生と清原先生も同じ顔をしてましたっけ。今ならその理由がわかります……。
「すずちゃんせんせ……っと、緒方先生の部活は?」
「私は軽音部だよ」
「へー、ギターとか弾けるんですか?」
「ううん、ギターやピアノはおろか、オタマジャクシだって全く読めないよ」
言いながら緒方先生はペロっと舌を出しました。その仕草、小動物のような可愛さです。見ているだけで癒されるなんて、保健室の先生にぴったりですね。この愛らしさは医者いらずにして薬いらずです。
「やったこともない部活の顧問になると大変なんだよね~。しかも養護教員は本来部活を持たないんだけど、部員が多すぎるって副顧問になっちゃって……」
「軽音部、そんなに人気なんですか。何人いるんですか?」
「去年、1~3年生全部合わせて100人くらいだったかな」
「ひゃっ……え……?」
「幽霊部員も含めてだけど」
「100人の部員がいる部活って……甲子園出場する野球部か、国立目指しているサッカー部くらいでしか聞いたことないんですけど……。もしかしてオーケストラでもやってるんですか?」
「それじゃ軽音部じゃなくて、吹奏楽部になっちゃうよ」
「アニメの影響らしいよ」
と和葉先生。
「中には軽音部があるからってこの学校に入学してきた酔狂なのもいたくらいだし。バカだね~、進学校に行けたかもしれないのに、一時の感情に任せてこっちに来るんだから」
スラム〇ンクやキャ〇テン翼みたいな現象が起こっていたんですね……。
「バンドの数も20くらいあったよね、すずちゃん」
「去年度の3年生が卒業して、今は新2、3年生だけで13組だよ。今年もたくさん入ってくるのかなあ……」
緒方先生の口から溜息が洩れました。
「いいじゃない、すずちゃん。こっちのお嫁さん部は人数足りなくて廃部寸前なんだから。上尾ちゃんのところもそうだったよね?」
「ええ……部員5人で、1人陸上部との掛け持ちです」
「数が多い苦労もあるの。未だに部員全員の顔と名前覚えらんないし。ていうか、バンドの名前も危ういくらいだし……」
そこで保健室のドアが開きました。入ってきたのはいつきくんとマキさんです。
「先生、こんなところにいたんスか」
「あ、ひょっとしてもうお昼休み終わり?」
「とっくスよ。それよりマキが電工ナイフで指切っちゃって……」
彼の後ろにいるマキさんは、左手を押さえています。加えて指先が赤く染まっていました。
すると突然、和葉先生が立ち上がりました。
「お前らにはガッカリだ!」
不意の大声にキョトンとする一同。
「あの、何の話を……?」
「無視していいから」
緒方先生が残念そうに言いました。
「はい、マキくん見せて~。……ああ、少し深く切っちゃったかなぁ。じゃあ、そこに座って。手は心臓よりも上にしておいてね~」
そして医療用ワゴンから消毒液を手にしました。
「昨日は池に落ちたからタオルを貸してくれと言い、今日は切創かぁ。騒がしいねぇ、自動車部は」
「いや~、面目ないっス」
いつきくん、全く悪びれた感じがありません。
緒方先生はテキパキと消毒し、ガーゼを貼って止血していきます。形は幼いけれど、腕はいいみたいです。
「しかし、自動車部って男子が少ないんですね。男の子向きの部活だと思うんですけど、男子部員はいつきくんだけですもんね」
昨日から思っていたことでした。
「代わってマキさんみたいな可愛い女の子がマシンオイルにまみれて、切傷までつくっているなんて……。新入生の勧誘では、男子を増やしましょうか……ん?」
何故かみなさん、私に視線を送っています。
「先生、ボクそんなに可愛いですか?」
はにかんで訊ねるマキさん。
「可愛い女の子、って言われて喜ぶなよ」
和葉先生が彼女の頭を軽く小突きました。
「どうしたんですか?」
「いや、上尾ちゃんは知らないんだなぁ、と思って」
「何がですか?」
「何でもない」
「……?」
「はい、もういいよ」
いつの間にか、緒方先生が治療を終えていました。
「今日一日は安静ね。部活も控えること」
二人がお礼を言って保健室を出ていこうとした時、いつきくんが振り返りました。
「先生たち仲いいんスね」
「まあな」
即答する和葉先生。
「さらに今日、女子会が発足しました。会長は君らの顧問、上尾先生です。我々女子教員のボスになりました」
「おお、すげー。先生やりますね」
羨望の眼差しのいつきくん。
「ちょっと和葉先生やめてください」
「やめない。四天王なんだから、会長就任は当然っしょ。ついでにツイートしとこう」
「ホントにやめてください!」
「やめない」




