俺の仇は俺が討つ!! ~紫苑編~
半死半生も時間の問題。
ゆるゆると訪れる死の感覚に、生きようとする意思は薄れていく。このまま眼蓋を閉じさえすれば、全ては虚無の闇に包まれ、楽になる。
間隙なき雨が、僅かばかりの意識も圧殺する。混濁した頭の中で、紫苑の眼球に写ったのは自らの血液。鮮やかな紅色をしたそれは、雨に流され視界の外へと流れていく。全身から血の気が引き、凍えるように体温が下がっていく。
「あっ…………がっ…………」
指の感覚すら失くなってしまい、生存する可能性は全く視えない。それなのに、無意識のまま手は中空へと突き出されていた。豪雨と重力に押し潰されそうになりながらも、ただただ無様に手を挙げていた。その先には何もない虚空だというのに、瞳には鈍い光が灯っていた。
「…………ぐっ…………あっ…………」
天蓋は群青色の分厚い雲に覆われ、光明など射し込んでくる余地など一分もない。だが、幻惑の希望が視覚化されているような気がしていた。
生きる意味なんて、紫苑には絶無にも関わらず。誰かに期待されることのないまま、ただ漫然と時を歩んできただけだった。振り返ってみれば、しっかりとした足跡なんて刻まれていなくて、ここがどこなのか分からない光なき場所に立っていた。
何かを成功させたことなんてなくて、友人と呼べるような関係性の人間なんていない。家族と呼べるような真っ当な存在は胸の内に思い浮かべることなんてない。このまま致死しても、悲嘆にくれる他人なんてこの世界にはどこにもいない。
生きている価値なんてない。それなのに、どうして――
「君はまだ、生きたいのかな?」
紫苑の眼前に突如として出現したのは、フイファンだった。握られたその手は温かくて、それとは対比的にフイファンの眼は無機質だった。そこから窺い知れる感情は、冷たくて、色というものがなかった。
だけど、その顔はどこか寂しそうだった。
薄桜色の唇が映えるような、白き雪のような肌は途轍もなく寒そうだった。まるで、紫苑よりも先に死にそうなぐらいに――――寂しそうだった。胸の苦しさを隠すように、感情を押し殺しているように見えて、だからこそ紫苑はこの人間に身を委ねようと思えた。
フイファンを独りにさせてはいけない。
まるで、鏡越しに自分を見ているようだった。自分なんて無価値で、存在理由を否定することしかできない。生きていることが苦痛過ぎて、でも死んでしまう勇気も振り絞ることができなくて、だからどうすることもできない。
そんな気がした。
それはきっと思い違いで、邂逅したばかりの人間の思考をそこまで把握することなんてできない。そんなのは紫苑にだって分かる。……だけど、それでも握ったその手を自らの手で引き剥がすことなんてできなかった。
心が傷だらけであるからこそ、寄り添いたかった。自分の身さえ満足に守ることができないのに、哀しい瞳をしているフイファンを守りたいと思えた。フイファンの隣にいて、そのまま生き続けたいと思えた。だから、この命はもう自分だけのものじゃない。
「しばらくは、おやすみ。そして――覚醒した時には、もう君はボクの従僕だよ」
その言葉を最期に、紫苑は息を引き取った。例え死んでしまっても、また生き返ってフイファンの力になりたいと思えた。心の隙間を埋めてやりたかった。どんなことがあろうとも、命を守ろうと思えた。
――例え、どれだけ残酷な真実が待っていようと、今、この時は――