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馬酔い亭へようこそ!  作者: 風真瑠依
第一章 はじまり
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一方その頃1

千藤詩織視点です。

今あたしは落ちている。自分の手すら見えない闇の中をただ落ち続けているのだ。上を見ても下を見ても一筋の光も見えやしない。ただ風を切る音と絶えず襲い来る浮遊感だけが落下していることを伝えてきていた。



「ふぅ。いい加減落ち続けるのにも飽きてきたな」


「飽きる飽きないの問題か?」


「だってこんなに真っ暗じゃ周りの景色だって見えないし、暇で暇で仕方な…いって……い……うかあっ!?」


「急に奇声を上げるな」


「なっ………なっなっなっ」


「なにが言いたいんだ?」


「何であんたも居んのよ~!!」



ポツリとこぼした愚痴に呆れたような応えが返ってきた。聞き慣れた声になにも考えずにいつものように返すが、途中で何かがおかしいことに気づき思わず声が裏返ってしまう。


そんなあたしに冷めた声を投げかけてくるヤツに問いかけようとするも、動揺してしまい舌がもつれて言葉にならなかった。更に冷たく言い放たれムカッとくる。


何であたしばっかり焦ってるんだろう。そんな思いも含めてあたしは一緒に落ちているであろう男、あたしの双子の弟の千藤弘司ことヒロに向かって怒鳴るように問いかけたのだった。



「同じ場所から落ちてきたんだから一緒にいてもおかしくないだろ」


「だったら一言ぐらい喋りなさいよね。ただでさえあんたは存在感が薄すぎるんだから!!」


「大声出すな。反響してうるさい」


「あぁもう、ムカつくなぁ」



そりゃあ確かに一緒にお昼ご飯を食べている時に落ちてきたんだからさ、一緒に居るのは当たり前かもしれないけども。静かすぎるこの弟は両親ですら偶に気付かず驚いてることだってあるんだよ?少しぐらい喋って自己主張してくんなきゃわかんないって。



「しかし何なのかしらね。この状況は」


「さぁな。考えるだけ時間の無駄だろ。俺たちの常識は通じなさそうだしな」


「ホントあんたってば冷めてるわよね。普通もっと慌てたりするもんじゃないの?」


「慌てたからといって事態が好転する訳じゃない。成るようにしか成らないだろ」


「そういうところが可愛げ無いのよね」



ヒロの存在感が薄いのは物事に対する執着心が無さ過ぎる所為だと思う。昔から周りにも、そして自分自身にも全く関心のない子供だった。その頃はあたしも同じように子供だったけど、それでもヒロはあたしとも周りの子供とも違う存在だって思ってたんだ。



笑うこともなく怒ることもない。泣くことも騒ぐことも無かった。ただ大人の言うがまま流されるように生きているだけ。その内ふっと掻き消えてしまうんじゃないかなって思ったこともあったな。


でも、あの子と出会ってからヒロは変わったんだ。



あの子と居るとよく笑うようになったし、あの子が意地悪されたらスッゴく怒ってた。あの子が別の子と楽しそうにしてると悲しそうだったし、ケンカしちゃった時は涙まで零してた。


もっとも表情筋が発達してなかった所為か、そこまでハッキリと感情が表れてた訳じゃないけども。とにかくあの子、一条亜依に出会ってからのヒロは、それまでの感情の無い人形のようなヒロでは無くなったのだった。



「そういえばアイは大丈夫だったのかしら」


「光が眩しくてよく見えなかったが聞こえてきた声から察するにアイは大丈夫だったと思う」


「そう、なら良かった」



アイの話題になると冷たかった声に温かなものが混じっていると思う。今は見えないが恐らく表情も若干柔らかなものになっているのだろう。


無駄に整った顔を持つこの弟は、成績や運動神経の良さも相まって酷くモテる。もっとも周りを寄せ付けない雰囲気と、アイが絡まない限り薄すぎる存在感のおかげで囲まれて騒がれるといった被害は出ていないけども。


そんな男から自分一人だけ甘い声と柔らかな態度で接されていることに気付かないアイ。鈍すぎるのかはたまたヒロが対象外なだけなのか。それは分からないがアイはヒロの気持ちに一向に気が付かないのだった。


それが面白くもあり、時には酷く可哀想でもある。いつかは想いが実り幸せに成ってくれるといいんだけどね。



「………あ」


「ん、どーしたの?」



いつの間にか思考の渦に落ちていたようだ。これも一種の現実逃避と言う奴だろうか。とにかく今の状況とはかけ離れた場所へと飛んで行っていた意識がヒロの小さな呟きで戻ってきた。



「下の方に小さな光が見える」


「……ホントだ。小さな光…が……って何かどんどん大きくなってない!?」



下の方へと目を向けると微かな光が見えた。しかし、最初は蝋燭の灯り程度だった光がどんどんと大きくなって迫ってくる。真っ暗闇に慣れきっていた目にはツラい。



「目……目がぁ!!」


「くっ………」



どんどんと強くなっていく光は目をつむり両手できつく隠しても遮ることが出来ない。それどころか段々と視界が白に染まっていく。



「何なのよ、もうっ!!」


「く……そっ」



更に強さを増した光に頭の中まで真っ白に染まったとき、あたしたちはそのまま意識を手放したのだった。



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