05.馬酔い亭
「はあ…、ったくこのクソ餓鬼は余計なことしか言いやがらんな。そのことについては嬢ちゃんが話してくれるまで待つっつーことに落ち着いてただろうが」
「でも、絶対おかしいっすよ!!雑魚にも勝てねぇ様な奴が、自然に怪我が治っちまう装備品なんつー滅多に市場に出回んねーもん持ってるなんざありえねぇ。きっと何か企んでオレ等に助けられたに決まってる!!」
「自然に怪我…」
どうやらスッツくんが言う装備品とは治癒の腕輪のことのようだ。
治癒の腕輪なんてゲーム中では殆ど全てのプレイヤーが持ってるぐらいメジャー且つ使い勝手のいい装備品だった筈だが、滅多に市場に出回らないとはどういうことだろうか。
「治癒の腕輪ってそんなに珍しいものなんですか?結構みんな持ってたと思うんですけど…」
「はあ!?何言ってんだお前は。着けるだけで怪我が治るんだぞ?んなもんそこらにゴロゴロある訳ねぇよ」
「ああ、確かに滅多に見かけることは無いかな。相当裕福な商人か王侯貴族、それに軍のお偉いさんぐらいしか持ってないんじゃないかと思うよ」
「……………」
そうなんだ…。
ゲームの常識がこの世界の常識って訳じゃ無いんだね。
「コイツはきっと帝国のまわしもんに違いねぇ!!伝説の冒険者であるおやっさんを探るために来たんだ!!」
「は?」
帝国って何?
それに伝説の冒険者っていうのも初耳なんですけど。
「そう頭ごなしに決めつけんじゃねぇぞ。嬢ちゃんはエルフだからな、見た目じゃ年齢は分からん。もし仮に嬢ちゃんが100年以上生きてんなら治癒の腕輪を持っててもそうおかしなことじゃねぇんだよ」
「どういうことですか?」
「どういうもなにも言葉通りだろうが。嬢ちゃんが言うように、100年前までは魔法の道具つーのはそこら中にゴロゴロしとったんだ。だがある日ピッタリと見かけなくなっちまった。大量の優秀な冒険者たちと共にな」
「マジかよ!?」
もしかしてゲームのサービスが終了したからなのかな?
つまり、この世界はゲームの時よりも100年経過したドッグリュースの世界ってこと?
「失礼だけど、キミは100年以上生きてるのかい?見た目からは全く分からないけれど」
これは一体どう答えれば良いのだろうか。
助けてくれた親切な人たちにあんまり嘘ばかり言いたくないけど、でも本当の事なんて言えやしないし…。
「えっと…その……わ、分からないです」
「分からないだとぉ!!自分の年齢が分かんないとか、お前馬鹿だろ!?」
「うぅ…」
「スッツ!!いい加減にしないか!!」
「あ、兄貴!?」
頭ん中がグルグルになったまま、何か言わなくっちゃと慌てて口にした言葉はまたしても何も考えていない答えにしかならなかった。
スッツくんに思いっきり馬鹿にされたが確かにいい年して自分の年齢が分からないなんて馬鹿にされても仕方ない。
なのにボルダーさんは今までに無いぐらいきつくスッツくんを怒鳴りつけた。
「誰彼構わずそんな態度を取るなと、常日頃から言っているだろう!どうしてお前はそう頑ななんだ?」
「あ…にき?」
「お前がどれだけ辛い思いをしてきたかは知っている。そのせいで俺やおやっさん以外の人間に不信感しか持っていないのもな。だがな、いい加減甘えるのは止めろ。全ての他人を拒絶して生きていくことなんて出来やしないんだ」
「…………っ!!」
ボルダーさんの言葉の途中からスッツくんは俯いていきプルプルと肩を震わせる。
そして厳しくもスッツくんのことを思ってのことだろう言葉が終わると、キッとボルダーさんをうっすらと涙の浮かんだ目で睨み付けると荒々しくお店を出て行ってしまった。
「スッツ…」
「放っときな。アイツも頭ん中じゃ分かってんだよ。だが、まだまだガキ過ぎて心が付いて行かねぇのさ。今は頭を冷やす時間を与えてやるんだな」
「…おやっさん。そうですね、アイツならきっと乗り越えてくれる…」
「それより嬢ちゃんがポカンとしちまってるぞ」
「え!?」
ええ、突然の出来事にかなり間抜けな顔して突っ立ってた気がする。
よく分からないけれど、この場に私なんかが居たらまずかったんじゃないのかな?
「ごめんね、みっともないところ見せちゃって」
「いえ、私こそ何かごめんなさい」
「ふっ、嬢ちゃんはやっぱおかしな奴だな。そこで謝る意味が分からん」
「え、そうでしょうか?」
私としてはおかしなとこなど無かったのだが、何か変なことしてしまったのだろうか?
首を傾げるが特におかしいと言われるような覚えは無かった。
「まあいい、それよりも嬢ちゃんは自分がいくつか分からんのか?」
「………はい。おやっさんがさっき言った100年前ぐらいの記憶はあります。でもその時から今現在までの記憶は一切無いです」
「やっぱり嬢ちゃんには何か心に傷を負うような目にあったんかもしれんな。だからここ100年間の記憶がないのかもしれん」
「そんな…」
おやっさんとボルダーさんに痛ましいものを見るような目で見られる。
そんな同情されるような身の上じゃないんで、あんまり真摯に心配されると罪悪感がひしひしとしてきて落ち込んでしまいそうだ。
「嬢ちゃん。お前さんどこか行くあてはあるんか?」
「いえ、特には無いです」
「そうか。嬢ちゃんさえよければ馬酔い亭で働かんか?」
「え!?」
そんな、今日出会ったばかりのあからさまに怪しい人間(エルフだったっけ)を雇うなんて正気を疑ってしまう。
どんだけお人よしなんだろうこの人は。
「部屋も余っとるから住む場所の心配もいらんぞ」
「そんな!?そこまでしてもらうのは流石に悪いですよ」
「そんなに気にすんな。こいつやスッツも王都にいる時はここで暮らしとるからな。それに、お前さんはどこか危なっかしくて右も左もわからんこの王都に放り出したりなんて出来んわ」
「キミがここで働くのは俺も賛成だ。むしろキミが一人で生きていく方が心配で落ち着かなくなるしね」
「私そんなに危なっかしいんでしょうか?」
「「ああ」」
ちょっと、いやかなりショックだ。
私はこれでもしっかり者だと近所でも評判なのに、エルフ特有の儚げな外見が悪いのか?
それとも隠し事が多すぎてあやふやな返答しか出来ないからかな?
それでも、落ち着いて考えればこれはとてもありがたい申し出なんじゃないだろうか。
恐らく、頼る人のいない異世界で一人生きていくことなんて私には無理だろう。
だったらこのままおやっさんにお世話になってもいいんじゃないかな?
「………本当にお世話になってもいいんでしょうか?」
「当たり前だ。男に二言はねぇ!」
「ありがとうございます」
快活な了承の返事に私は深く頭を下げた。
何故ゲームの世界に来たのか、何故ゲーム終了から100年も時が経ってるのか、しーちゃんやひーちゃんたちはどうしているのかとか分からないことだらけだが、それでも私は生きて行く術と場所を手に入れることが出来た。
今はそのことに感謝して、これから先の事はもう少し落ち着いてからゆっくりと考えようと思った。