03.モンスター
水辺を後にしてからひたすらに真っ直ぐ歩み続ける。
歩き始めたころは木々がたくさん生い茂っていて足場も悪かったのだが、しばらくすると開けた草原へと変わっていった。
そうすると今まで全く見かけなかった虫や小鳥などの姿がちらほらと現れるようになり、知らず知らずのうちに張りつめていた気持ちが少しだけ弛んだのを感じた。
「それにしてもココがドッグリュースの世界だとしたら今私がいるのはどの辺りなんだろ?始まりの草原辺りだとモンスターもあんまり強くないから有り難いんだけどなぁ」
キョロキョロと周りを見回すがここがどこか示すものは当たり前だが見当たらなかった。
モンスターの一匹でも出れば分かりやすいのだが、もしここが風啼きの草原だったりしたらあっという間にジ・エンドになってしまう恐れがあるため、このまま何事もなく町へと辿り着きたいと切実に思う。
「そういえばマップって使えるのかな?」
ドッグリュースではアイテムからマップを選択すると行ったことのある町や村にならどこでもワープ出来る機能があったのだが今も活用出来るのだろうか?
そう思い、私は腰に下げてあったアイテム袋を開いた。
「うわ…何か異様な空間が広がってる。これってどうやって欲しいもの見つければいいんだろ?」
袋の口を開けるとそこは異次元でした。
とでも言いたくなるような空間が広がるアイテム袋。
確か1つの袋に100種類ぐらいの物が入ったはずだ、この小ささ(15cmあるかどうかって所かな)でそれだけ入るってことはまあ特殊な構造になってるのが当たり前だよね。
とりあえず手を入れてみると紙のようなものが手に当たったのでつまんで出してみた。
「おお、地図だ!!これってもしかして手を入れるだけで欲しいものが手に取れるようになってるのかな?すっごい便利だね」
私は思ったよりも高性能なアイテム袋にちょっとテンションを上げつつマップを見てみる。
そこにはゲーム中に見慣れた地図が描かれていて、やっぱりここはドッグリュースの世界なんだと改めて感じたのだった。
「え~っと、現在地、現在地…っと。あっ、ちゃんと表示されてる!」
ゲーム中では自分の今いる位置が青く表示されていたのだがその機能は生きているようだった。
その地図によると今私がいるのは始まりの草原で、最悪の事態は免れたようだと安心した瞬間、ゾワリと全身を襲う寒気に私はハッと周りを見渡した。
「うっ、嘘……」
視線の先には夥しい程のモンスターの大群。
辺り一面を覆うモンスターの姿に私の頭は一瞬で真っ白になった。
「ど、どどどど~しよう!!あ~、おっ落ち着けぇっ、落ち着くんだ自分っ!!」
初めて出会うモンスター、しかも数え切れない程の大群に私は一瞬でパニックに陥った。
アワアワと意味もなく両手を動かし視線を彷徨わせるが、そんなことをしている間にもどんどんと包囲網が狭まってくる。
上手く働かない頭でもこのままじゃ駄目だと理解できたのは不幸中の幸いと言えるだろう。
私は落ち着かない心臓を無理やり抑え込み、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
「ふう…。ふ、震えは止まんないけど頭ん中は落ち着いてきた…気がする。えっと、一体一体はそんなに強く無いけどこんだけ集まられるとさすがにキビシイ…よね。どこか一箇所突破して逃げるしかないかな?」
ガタガタと震える手足を無視して私はじっと辺りを窺った。
今はまだモンスターたちの射程圏内では無いようで、攻撃してくる気配は無い。
だがしかし、ジリジリと近付いてくるモンスターたちを見る限り、それもあと僅かの時間に過ぎないと思う。
幸いなことに私の武器の射程距離は長いので今なら先手を打つのはそう難しくは無い筈だ。
「……………っ」
正直言って、モンスターとはいえ生物に対して攻撃を仕掛けるなんて怖くて怖くて仕方がない。
今では先ほどとは違った震えが体を支配して
いる。
しかし、そんな私の葛藤をモンスターたちが考慮してくれるわけもなく…
「っ!!」
スライムの触手が私に向かって振り下ろされたのを皮切りに四方から一斉に攻撃が開始されたのだった。
「うっ……くっ……」
一つ一つの攻撃は装備のおかげか大したダメージにはならなかったのだが如何せん数が多すぎる。
最初は耐えられていたものの、どんどんと体から力が抜けていきとうとう体を支えられなくなってしまった。
「(やばいな…。意識…が朦朧と……。……私、ここで死ぬの…かな。……誰か、たす……て)」
次第に体の機能が低下していくのを感じた。
視界が霞んでいき、喧騒が途切れ途切れにしか聞こえてこなくなり、モンスターによりもたらされる痛みすら感じられなくなってきた。
「………い、……ぶか!!………こっち………く!!」
あまり機能しなくなった耳にモンスターが放つ喧騒とは違った声が聞こえた気がしたが、きっと助けを求める私の心が生み出した幻聴に違いない。
「おやっさんっ!!一人じゃ危険だ!!」
「五月蠅ぇ!!だったらチンタラしとらんで、とっととこんかい!!」
「これでも急いでるってーの!!うおっ、ちょ…おやっさんも兄貴もオレを置いて行かないで~!!」
幻 聴 じゃ な い ! !
「ったく、何でこんな雑魚共が湧いてんだぁ!!おらっ、邪魔だあぁぁっ!!」
「うおっ!!こっち飛ばさないで下さいよ…っと!!」
「うぎゃあっ!!ヒデぇよ兄貴ぃ!!」
騒がしい声がどんどんとこちらに近づいてきているようだ。
不思議なことに、助けが来たと思ったら今まで全く力が入らなかった体が少し動かせるようになってきた。
「よっと!!……おい、大丈夫か嬢ちゃん!?」
「………何…とか」
「うおっ!!生きてんのか!?」
「こら、何てこと言うんだ」
どうやら私は助かったみたいだ。
起き上がることは出来ないし目も開けることは出来なかったが、それでも自分が生きていることだけは分かる。
私は安堵のため息を零すとそのまま意識を手放したのだった。