02.エルフ
「う……ん……あれ?」
気を失っていたのか、私はいつの間にか閉じられていた瞳を開けると周りをゆっくりと見渡す。
すると、まだ覚醒しきっていない瞳に眩しい光がキラリと刺さった。
また先程のような光かと身構えたがどうやら水面に太陽の光が反射しただけのようだ。
「って、何で!?ウチの学校には噴水も池も無いんだけど…」
そんな見覚えのない水辺(人工物が欠片も見当たらないのだから恐らくは池か湖だと思う)を茫然と見つめるが特にこれといっておかしなところは見当たら無さそうだ。
まあ、いきなり目の前に現れたこと自体おかしいと言えばおかしいのだが、こうしていても埒があかないと思い私は恐る恐る近付いてみた。
「うーん。特に普通の水みたいだけど…。いや、綺麗すぎるってのはある意味異様ではあるけども………え?」
姿勢を低くして池を見つめるが特に異常は見当たらなかった。
興味を引かれそっと水に手を浸すと心地良い冷たさと、私の住んでいた場所ではあまり見ることのできない透明さをその水は持っている。
そのまま掬いあげると、キラキラと光を反射しながら水面に落ちていく。
それにつられるまま視線を落とすと、其処には信じられないモノが映っていた。
「だっ、だだだ誰だあぁコレはぁ!!?」
静かに波打つ水面には長年見慣れた黒髪黒目というごく平凡な色味を持った少女ではなく、白金の髪に空色の瞳をした耳の尖った女性が映っていたのだった。
「な……何これ、カツラ?」
思わずグッと掴んで引っ張って見たが頭皮につっぱるような痛みがもたらされただけで、白金の髪は取れることなく私の頭にあり続ける。
「えーっと、一旦落ち着こう自分。何があったか一からおさらいしようか、ウン」
相当テンパっているらしく考えがまとまらなかったので落ち着こうと自分で自分に話しかけた。
端から見たらおかしな人だが幸いなことに周りには誰もいないからOKとしとこう。
「さっきまで中庭でしーちゃんたちとお昼ご飯を食べてた。そこまではいつも通りだったはず…」
その後から何かおかしくなったんだよね。
しーちゃんたちが私には聞こえない声と話し始めて、ピカーッと眩しい光に視界が遮られたと思ったらしーちゃんたちの驚いた声が聞こえて、二人の方に一歩近付いたら真っ暗な穴に落っこちた。
いつの間にか気を失ってて、気付いたら池の側で金髪碧眼のエルフもどきになっていた。
「なぁにぃこぉれぇぇ、笑えないぃ!!いや、むしろ笑うしか無いよコレは!!アハハハハ…は…は…、はぁ~」
あまりにも理解不能な出来事に私は狂ったように笑った後深い溜め息を吐いた。
再び水面を見つめるが、やはり金髪碧眼のエルフもどきが不安そうにこちらを見ているだけ。
よくよく見ると変わっているのは髪や瞳、肌の色合いのみで顔立ちは以前の私のままだった。
「金髪碧眼なエルフもどきなのに日本人の顔。違和感有りそうなのに案外しっくりくるもんなんだなぁ」
ジーッと見つめていると尖った耳についているピアスに目がいった。
細かな銀細工の鳥籠の中に綺麗な青い石が入っておりそれが小さく揺れている。
「何か見覚えがある気がするなぁ。どこで見たんだっけ?」
もっと見ようと思い水面に顔を近づけるが微かな風でも波立つためあまりよく見えない。
仕方なくピアスを取り外そうとしたのだが一向に外れる気配が無かった。
「何で外れないの?呪いのアイテムじゃないんだから…………あっ!?」
『ねえひーちゃん。前にひーちゃんがくれたピアスが外せないんだけど?』
『ああ、このピアスはつけた人間にしか外せない代物だからな』
『えっまさかの呪いのアイテム!?』
「そうだ、このピアスはドッグリュースの中で私がつけてた装飾品だ。ひーちゃんがくれた呪い一歩手前なレアアイテム。……確か襲われると自動的に最大級の攻撃魔法を放つという危ない物だったような」
思わず水面に映るピアスを怖々と眺めた。
どんだけ眺めても細かな細工の普通なピアスに見えるんだけどなぁ。
「あれ?ドッグリュースの装備品をつけてるって事はもしかして、もしかすると、ここってゲームの中ってことっ!!」
あり得ない!!
あり得ないけれど、他にこの状況を説明できない気がする。
「そういえば光る前にしーちゃんたちがドッグリュースの世界とか叫んでたような…。それにこの色彩のエルフは私が使ってたキャラクターだったはず」
ドッグリュースというゲームでは、人間・エルフ・ドワーフ・獣人等といった様々な種族から好きなモノを選ぶことが出来た。
そこから更に髪型や瞳の色といった見た目も自分好みに変えてキャラクターを作成していくのだ。
私はどんな種族がいいか分からず、何故かしーちゃんに大プッシュされたエルフを選んでいた。
「薄い金色の真っ直ぐなロングヘアー。空色の瞳。……間違いなく私が作ったキャラクターだ」
何故こんなことが起こったのかは分からないが、まず間違いなくここはドッグリュースの世界だろう。
穴に落ちた所為かとは思うが、ならば同じように落ちたであろうしーちゃんたちが近くにいないのはおかしい気がする。
「しーちゃ~ん!はーちゃ~ん!」
大きな声で二人を呼ぶが返事はなかった。
その後、何度も呼んでみるが二人どころか虫の一匹すら見当たらない。
これってちょっとおかしくないか?
こんなにも自然が溢れてるっていうのに生き物が全く居ないなんて有り得ないと思う。
「ゲームの世界だったらモンスターが出たりするのかな?…………何かいやな予感がする」
このままここにいたらダメな気がする。
本能的に危険を感じた私はどこに行っていいか分からないまま水辺を後にした。
だから、たった数分後で澄んで綺麗だった水辺が血と腐臭の立ち込める見るも無惨な姿に変わってしまった事を知ることは無かったのだった。