婚約を破棄された令嬢による浮気王子の家宅捜査〜開けろよゴラァぁぁぁぁぁぁぁ〜
「アングラ・グッドフェラーズ。今日を以って、私は貴様との婚約を破棄する」
卒業式パーティーが行われている真っ只中で、ドメイン王国第一王子、カワード・ドメインは公爵令嬢であるアングラを壇上から見下ろしていた。
「……カワード殿下。理由をお聞きしても?」
「フッ。何を言ってる? それは貴様が一番分かっていることだろう。貴様の家は王家として迎え入れるのに分不相応なんだからな」
「それは……何故でしょうか?」
「貴様は自分が周りにどう評されているのか知らないのだな。貴様の家は王国の恥だ。なにせ、汚れ仕事ばかりしている。私に相応しくない家だ」
「……分かりました。あくまでも、カワード殿下と私は政略結婚でしたからね。父には、私の方から通しておきましょう」
「……やけに聞き分けが良いのだな。まぁ、これから貴様は、王族に捨てられた者として過ごすんだからな。さっさと私の前から去るが良い」
「……カワード殿下。去る前に一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」
「元婚約者としての慈悲だ。聞いてやる。なんだ? 言ってみろ」
「毎日のように、仲良くされていたご令嬢の方は、一体何の為にカワード殿下の自室に入っているのでしょうか? 毎日、殿下の自室に入っておられましたよね?」
「…………お前は誰の事を言っているんだ。私はお前のせいで婚約者を作れなかったのだぞ……。そんな令嬢など、元より居るわけ無かろう」
「……そうですか」
「それと貴様、王族である私のプライベートを詮索するな。不敬罪だぞ。私が寛大で良かったな」
「分かりました。では、殿下……さようなら」
「?」
カワードは『さようなら』と言われ疑問に思ったが、もうアングラと会うことはないだろうと思い、背を向けて去る彼女に、二度と視線を向けることはなかった。
◇
【グッドフェラーズ公爵邸】
執務室の机の上は大量の書類で埋め尽くされており、その中央に、場違いな黒い缶がポツンと置かれていた。
『コンコン』
「どうぞ」
「失礼します。お父様」
「おお。アングラ。帰っていたのか」
「その事についてですが、少しお話があります」
アングラは今回起こった件の一部始終を話した。
「……というのが今回の経緯です」
「ほう……。あの王子、思いの外度胸があったのだな。我が公爵家を敵に回すとは……」
「……その件についてですが、殿下に付けていた影からの情報で、陛下がカワード殿下を謹慎処分にしたそうです」
アングラの父は、ニヤリと不敵に笑いながら答えた。
「ふっ、予定通り謹慎になったか。明日にでも、陛下に『済んだこと』として挨拶を通しておかないとな」
「…やはり、お父様は既にご存知でしたのね。陛下の対応も、殿下の処分も、すべてお父様が裏で決めていらしたのでしょう?」
「ハハッ。アングラの為なんだ。そりゃあ父として、公爵として、動かないわけないだろう」
「お父様……ありがとうございます。それで、明日は私にお任せ頂けないでしょうか?」
「分かっておる。私はあくまでも手配しかしないからな。後のことは、全てお前が決めろ」
アングラの父は、机の上に置かれていた黒い缶を差し出した。
「……お父様。感謝いたしますわ」
◇
次の日、ドメイン王国王城の第一王子の自室では、面会が行われていた。
「ヴィクセン……。私は、お前を愛しているぞ」
「殿下ぁ〜私も貴方の事が大好きですわよぉ〜」
カワードは、アングラという婚約者がいながらも、ディッツ男爵家のご令嬢であるヴィクセンとの親密な関係を持っていた。
カワードがアングラとの婚約を破棄したのは、真実の愛の為であり、自身の不貞を誤魔化す為でもあった。
「チッ……。面会とは言え、ドア外に監視が付くとは……。忌まわしきアングラめ。私が慈悲を与えてやったというのに、仇で返すか……」
「殿下ぁ〜。この前の続きしましょ〜? まだお昼ですけどぉ〜、この部屋の鍵は閉めてるしぃ〜、良いですよねぇ〜?」
「……あぁ。外の監視が邪魔ではあるが……、この前の続きをしようではないか」
本来ならば、謹慎処分の王子との面会で、鍵をかけるなど許される事ではなかった。
しかし、監視に課された任務は、アングラが王城に来て二人を捕らえるまで、一歩も外に出さないための罠だった。
その事を、二人は知らない。
一方、ヴィクセンとカワードの面会が行われている最中に、ドメイン王国王城の王門前では、黒服達が集まっていた。
「アングラ様。ここは王城です。招待状が無ければ入れ……」
「招待状ならありますわ。ちゃんと、陛下の証印がされていますの」
アングラは、前日に父親から手渡された黒い缶から、純白の国璽を取り出して突きつけた。
本来ならば使われることのないもの。
世界を裏から操る公爵家が陛下より渡された、純白の国璽。
その純白の国璽が意味するのは、国王による、愚かな第一王子の完全な『切り捨て』だった。
「……か……確認した。今直ぐに、陛下に取り次いでご案内を……」
「いえ……。必要無いわ」
アングラと黒服たちは、衛兵が関わらないように無視し、門をくぐった。
「あ……アングラ様。先に行かれては困り……」
「行かせてやれ」
「先輩……。しかし……」
「お前も見ただろう。あの、純白の国璽を」
「ですが……」
「お前は下がれ。これから起きる事は、絶対に口外するなよ。お前の命だけじゃ済まないからな」
◇
『ゾロゾロゾロゾロ』
アングラと黒服たちは王城の廊下を歩いていた。
メイド、執事、官僚、他貴族たちは、みな避けるように廊下の隅で下を向いていた。
「一体何事なんだ……」
「殿下の方向か?」
「おいっ、詮索するなって」
「目を合わせるなよ。素通りしろ」
誰にも止められることなくアングラたちは、カワードの自室前に着いた。
カワードの室内から聞こえる声は、アングラや黒服たちを刺激していた。
「……ここですわね。殿下の部屋は」
「アングラ様……!? 一体何用でここまで来られたのですか? 殿下はただいま面会中で……」
「私は少し、カワード殿下に用事がありますの。貴方達は下がっていいですわよ」
「し……しかし、私たちには殿下の護衛が……」
「下がるぞ」
「っ……分かりました。……殿下は鍵を閉めておられます。開けるように言ってもらえると……」
監視の役目は、「カワードとヴィクセンを自室に抑える」という曖昧なもの。
彼らは、この部屋が、国王公認の王子の処刑場になるのだと察し、巻き添えを食らわないために一目散に逃げ出した。
「……分かったわ。ご苦労さま」
カワードは、部屋の外の事情など知る由もなく、自由奔放にしていた。
「ヴィクセン。お前は本当に可愛いな。ずっと愛でていたいよ」
「殿下ぁ〜」
親密な関係を持っている二人には、アングラに恥をかかせ、不貞をしたという落とし前が下る。
『ゴンッゴンッ……ゴンゴンゴンッ』
「開けろやゴラァ」
「開けんかゴラァ」
「はよ開けろやゴラァ」
「な、なんだ? 私の部屋のドアの前で怒鳴って……」
『ゴンゴンゴンッ……ゴンッ……ゴンゴンッ……バンバンバンッ』
「開けろゴラァ」
「はよ開けろやゴラァ」
「開けろ」
「開けろやこのやろぉぉぉぉう」
「はよ開けんかいゴラァ」
「そ、そんなに怒鳴って……貴様らはなんだ……誰だ?」
「アングラや」
(う……嘘だろ……。アングラ・グッドフェラーズ? 何が起きているんだ?)
「殿下……早めにお開けになられた方が身の為ですわよ」
黒服たちが怒鳴り、部屋のドアを思いっきり叩く中で、アングラは忠告する。
「カワード殿下ぁ……。開けてはなりませんよぉ。あんな野蛮な令嬢の言う事を聞く必要なんてぇ無いですからぁ〜」
「し……しかし……」
「それに、鍵を閉めてるんですからぁ……」
「ま……まぁそうだな……」
「はよ開けろやゴラァ」
「開けんかいゴラァ」
『バンバンバンッ……ゴンゴンッ……ドンドンドンドンッ』
『ブッブッブッブッブッ……』
黒服たちの声と音が大きくなる中で、一際異質な音が響いた。
「なんだ? この音は……」
『ブッブッブッブッブォォォォォォォン……ブッブッブッブッブォォォォォォォン』
「カワード殿下。早くしないと私の両手が牙を剥きますわよ」
「ま……まさか、パワーカッター? 扉をこじ開けようとしてるのか……!?」
グッドフェラーズ公爵家が裏社会の技術で作った、魔力を燃料にして超高速回転する魔導鋸は、カワードとヴィクセンを絶望の渦に引き落とした。
(まずい……。パワーカッターだと? 冗談じゃない……。殺られる。早く逃げないと……)
「ヴィ、ヴィクセン、窓の外から逃げるぞ、今すぐ飛び降り……」
「…………殿下っ、この部屋、高過ぎて落ちたら死んじゃうじゃないの」
ヴィクセンの、鼻につくような言い回しは、もう見る影もなかった。
(バレたら殺される……。窓が駄目で入り口も駄目なら……今すぐヴィクセンをクローゼットの中に隠さないと……)
「ヴィクセン……。今すぐここに隠れるんだ」
「ここに隠れたら逃げ道が無くなるじゃないの」
「お前が隠れなかったら私もヴィクセンも命は無い。直ぐに隠れるんだ。早くっ」
カワードがヴィクセンの手を引っ張り、クローゼットの前に連れて行った。
「もう手が疲れましたわ。あぁ……手が滑ってしまいそう」
「10」
「9」
「8」
「ヴィクセン……早く隠れろ」
「やめて……カワード殿下……私をクローゼットの中に押し付けないで」
「7」
「6」
「5」
「4」
「よし……。ヴィクセンは隠した。今すぐ扉を開けないと……」
「3」
「2」
「ひっ、間に合え……!」
「1」
『ガチャッ』
「あら? ギリギリでしたわね」
「ア……アングラ……。よ……用件はなんだ? 見ての通り、私の部屋はなんの問題も……」
「それでは、家宅捜索しますわ。皆さんも、よろしくお願いします」
『ガサガサ……ドゴンッ……』
アングラと黒服たちは、カワードの室内の隅々まで捜し、押収品を集めていた。
「あ……あまり、散らかさないでくれ。これでも由緒正しき部屋で……」
「あら? なんかここのクローゼットからは、非常に『切りごたえのある気配』がしますわね」
アングラは、流れるようにクローゼットの前に立つと、持っていたパワーカッターを激しく吹かした。
『ブッブッブッブッブッブッブッブッ』
「アングラ……止めてくれ……。ここには何もないんだ」
カワードはアングラとクローゼットの間に立つと両手を広げ、必死になっていた。
「あら? 殿下? 邪魔ですわよ。早くどいてください。間違って、殿下を切ってしまいますわ」
「本当に、ここには何もな……そ、そうだ。ここには君からもらったプレゼントが置いてあってだな……」
『ドンッ……ドンドンッ』
パワーカッターの音にクローゼットが反応し、中から激しく叩くような音が室内に響き渡る。
「あら? 私が贈ったプレゼントが暴れてるみたいですわね。早くこれで開けて収めないと……皆さん。殿下を押さえていてください」
『ブッブッブッブッ……ブォォォォォォォン……ブォォォォォォォン……』
「や……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ」
『ギュイィィィィィーーン……キィィィィィン』
アングラは、中の人肉には1ミリも触れず、クローゼットの木板と、中にいる人間の衣装の余白だけを正確に切り刻んでいった
「あら? 中から人影が見えてきましたわね」
木板が完全に剥がれ落ちて、中から派手なドレスが露わになった
『ブォォォォォォォン……ブォォォォォォォン……ブゥゥゥゥゥン』
『ドサッ』
アングラがクローゼットを断ち切ると、中から気絶した令嬢が出てきた。
「あぁ〜、ヴィクセン嬢でしたの。一体、ここで何をなさっていたのやら……」
「も、もう止めてくれ……」
「それじゃあ、殿下。これらの押収品を持っていきますので、ご同行願いますわ」
◇
王国新聞号外
そこには、今回の一部始終が克明に記されていた。
【公爵家への不敬と不貞の全容】
「ドメイン王国第一王子のカワード殿下が、身勝手な婚約破棄を突きつけてきた件で、グッドフェラーズ公爵家はカワード殿下の自室を家宅捜索」
「捜索時、室内からは激しい抵抗の声が上がったものの、公爵家および黒服の容赦ない追及により扉は突破された」
「その後の捜査で、カワード殿下と、ディッツ男爵家令嬢ヴィクセンとの長年にわたる不貞関係が明白となり、本件の重大さを重く見た陛下より、第一王子の王籍剥奪および事実上の国外追放処分、ならびに不貞の相手方であるディッツ男爵家の爵位剥奪・領地没収の勅命が下された」
◇
グッドフェラーズ公爵家の庭園では、アングラが紅茶を嗜んでいた。
紅茶を淹れるためのお湯を沸かす燃料として、号外と書かれた紙と、純白の国璽が捺されていた王命の書状が燃やされていた。
テーブルの脇には、純白の国璽が『カランッ』と放り出されていた。
その後、カワードとヴィクセンの姿を見た者は誰も居ない。
(終)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
お嬢様の華麗なパワーカッター裁きと、黒服たちの怒号を楽しんでいただけていれば幸いです。
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