第79話 魔王ゼノンの有給消化 ~何もしないのが苦痛なCEOには、トップセールスの仕事を~
地下のニート勇者たちをVRデバイスで完璧に沈黙させ、魔王城のインフラを盤石にした私に、もはや死角はなかった。
押し寄せる人間の貴族たちからはダイナミック・プライシングとカジノで限界まで資金を絞り取り、すっからかんになった者から順次、島を追い出している。
一方で、莫大な資産を持つ新たな超VIP客が、キャンセル待ちの列から次々と入島してきていた。
島は今や、魔王軍が運営する完全無欠の統合型リゾートとして、狂気的な利益を生み出し続けている。
私はその売上グラフを視界の端に追いやりながら、デッキチェアに深く体を預けた。
波の音。冷たいジュース。
素晴らしい。今度こそ、本当に何も起きない。
私の有給休暇が、ついに完成した。
「クリフー!暇だー!仕事させろー!」
……。
私のアイマスクのすぐ横で、大地を揺るがすような大声が響いた。
私は無言でアイマスクをずらし、傍らに立つ巨漢を見上げた。
アロハシャツを着崩した我が社の代表取締役CEO、魔王ゼノン様だ。
「ゼノン様。私は現在、究極の休息の最中です。大声を出すのはやめていただけますか」
「すまんクリフ!だが、余はもう限界なのだ!」
ゼノン様が砂浜をドスドスと踏み鳴らして駄々をこねる。
「最初の三日は海で泳ぐのも、クラーケンの波に乗るのも楽しかった!だが、毎日毎日毎日毎日、ただ食って寝て遊ぶだけの生活など、苦痛でしかない!余は起業家だぞ!仕事がしたいのだ!」
私は深い、ひたすらに深いため息をついた。
これだから労働厨は困る。
彼らは「何もしない時間」という最高の贅沢を、空白という恐怖でしか捉えられないのだ。
「ゼノン様。我々は今、社員旅行という名の有給休暇中です。CEOであるあなたが率先して休まなければ、他の社員たちが気を使って休めないではありませんか」
「むぅ……それは一理ある。だが、クリフよ!お前だってさっきからずっと魔導計算機でカジノの売上をチェックしたり、村の供給網に手を入れたりしているではないか!お前だけ仕事をしていてズルいぞ!」
「それは、私が快適に眠るための必要最小限の環境整備です」
私は反論したが、ゼノン様は聞く耳を持たない。
「ええい、なら余にも環境整備をさせろ!何か余にできる仕事はないのか!このみなぎるカリスマを持て余して爆発しそうだ!」
ゼノン様から溢れ出す無意識の覇気が、周囲のヤシの木を揺らしている。
このまま彼を放置すれば、退屈のあまり島を物理的に破壊しかねない。
私はこめかみを揉み、彼の『仕事欲』を安全に満たしつつ、私の視界から遠ざける方法を思案した。
「……仕方ありませんね」
私は魔導計算機を取り出し、一つの顧客リストを表示させた。
「ゼノン様。あなたにしかできない、極めて重要かつ難易度の高いミッションを与えましょう」
「おお!なんだ!魔物の討伐か!?」
「いいえ。トップセールスです」
私が指差した先には、海辺の超高級レストランでワインを飲んでいる、恰幅の良い人間たちの集団がいた。
「彼らは、王都の経済を裏で牛耳る大商人や、他国の巨大ファンドを運営する投資家たちです。我が社のうわさを聞きつけ、新たな投資先を探してこの島にやってきました。」
「ほう!つまり金ヅルだな!」
「その通りです。彼らを接待し、我が社の未来を語り、株式会社デーモン・ホールディングスへの巨額の追加出資を引き出してください」
私はゼノン様のアロハシャツの襟を正した。
「彼らは海千山千の投資家です。私の緻密な財務データだけでは首を縦に振りません。必要なのは、相手を圧倒するトップのカリスマと、逆らえばどうなるかをわからせる物理的な圧力です。魔王であるあなたにしかできない仕事ですよ」
ゼノン様の瞳が、仕事を与えられた新入社員のようにキラキラと輝き始めた。
「任せておけ!余のカリスマと話術で、奴らの財布を空っぽにしてやる!」
彼は意気揚々と、超VIP客たちのテーブルへと歩き出した。
「大将、いいのか?社長を営業に行かせて。あいつ、経営用語とか全然わかってねぇぞ?」
ビーチバレーを終えたガントが、タオルで汗を拭きながら近づいてきた。
「問題ありません。投資家がトップに求めるのは、細かい数字ではなく『この男の船に乗れば勝てる』という圧倒的な自信です。」
私はデッキチェアに寝そべったまま、遠くのレストランの様子を観察した。
ゼノン様がテーブルに着くや否や、投資家たちはその放たれる魔王の覇気に圧倒され、顔を青ざめさせている。
だが、彼らも王都の裏経済を牛耳る海千山千の怪物たちだ。震える声で、ゼノン様に問いかけた。
「ま、魔王殿。確かにこのリゾートの集金システムは見事だ。だが、我々が莫大な資金を投じるには、今後の『競合他社に対する優位性』と『リスクヘッジ』が不透明すぎる」
投資家の鋭い指摘に対し、ゼノン様はテーブルの上の骨付き肉を豪快に噛みちぎりながら、鼻で笑った。
「競合だと?リスクだと?人間どもはつまらんことを気にするのだな」
ゼノン様は咀嚼を終えると、ギラリと光る赤い瞳で彼らを射抜いた。
「前に立つ者がいれば、余がこの剣で物理的に両断する。法が邪魔をするなら、我が社のCLOが書き換える。客が来ないなら、この島のように『来ざるを得ない環境』を根こそぎ作り上げるだけだ。圧倒的な暴力の前に、リスクなどという概念は存在せん!」
それは、経営戦略など何も考えていない、ただの魔王としての「武力によるゴリ押し」宣言に過ぎなかった。
だが、大商人たちの耳には、それが全く別の『冷酷無比な絶対独占宣言』として響いたらしい。
「……な、なるほど。競合他社は物理的・法的に徹底排除し、市場そのものを自社で創出すると……」
「しかも、この島の異常な完成度が、そのホラ話のような実行力を完全に証明してしまっている……!」
彼らの顔色に、恐怖だけでなく「強欲」の色が混じり始めた。
この圧倒的な暴力と資本の融合体に今乗らなければ、自分たちも市場から『排除される側』に回るのではないか。そう直感したのだ。
そこで私は、魔導端末から彼らの卓上の空間モニターへ、たった一枚のグラフを送信した。
『当リゾートにおける、顧客一人当たりの生涯利益および、今後10年間の魔界・人間界統合インフラ支配予測』のデータだ。
ゼノン様の放つ『逃げ場のない物理的圧力』と、私が突きつけた『逃げ場のない圧倒的な数字の暴力』。
「……ひっ!こ、この数字は……我が国の国家予算を3年で飲み込む規模だぞ……」
「わ、わかった!出資しよう!だから我々を敵に回さないでくれ!」
投資家たちは冷や汗を流しながら、我先にと手元の投資契約書にサインを始めた。
「クリフ…… パパ、たった5分で総額3000億マナの追加出資の確約をもぎ取ってるよ。恐ろしい営業力だね。断ったら物理的に殺されると思ってるんじゃない?」
アリスが端末の通知を見て、乾いた笑いを漏らした。
「トップセールスにおいて最も重要なのは、実務の細部ではなく、決して揺るがない圧倒的なビジョンを語ることです。……まあ、彼は何も考えていないだけですが。真実はどうあれ、契約書にサインしたという事実がすべてです」
私の狙い通りとはいえ、ゼノン様のカリスマ性はやはり素晴らしい。
これでゼノン様は仕事欲を満たされて満足し、我が社の資金はさらに潤沢になり、私は静かな昼寝の時間を手に入れた。
まさに文字通りのWin-Win-Winだ。
私は冷たいジュースを飲み干し、今度こそ完全にアイマスクを下ろした。
波の音。
時折聞こえるゼノン様の豪快な笑い声と、投資家たちの引きつった愛想笑い。
私の有給休暇は、莫大な利益という副産物を生み出しながら、ついに完全な安息へとたどり着いたのだ。
[System Notification] NEXT_PREVIEW
───────────────────
思いがけず始まったリゾート開発も、ついに終わりを迎える。
社員たちは心身ともにリフレッシュし、島は世界一のIR施設として魔王軍のドル箱になった。
「ただ快適に休みたかっただけなのに、なぜこんなに儲かってしまったのでしょうか」
クリフの計算機が弾き出す、信じられない最終利益。
次回、第80話(番外編完)『帰還と決算報告』
慰安旅行に行ったら、会社の利益が300%増えました。









