第77話 統合型リゾートの目玉 ~アリス特製、絶対にイカサマできないカジノ~
太陽が水平線に沈み、南洋の島に夜が訪れた。
昼間、ダイナミック・プライシングによる法外な金額を支払ってビーチを満喫した人間の貴族たちは、豪華なディナーを終えると、不満の声を上げ始めた。
「おい、夜の娯楽はないのか!
こんなに高い金を出して島に滞在しているのに、ただ波の音を聞いて寝るだけだと? 王都の夜会を見習え!
退屈で死にそうだ。何か金を使える遊びを用意しろ!」
彼らのクレームは、波の音に混じって私の耳にも届いていた。
私はため息をつき、静かな夜風に当たるために手にしていたグラスをテーブルに置いた。
まったく、人間という生き物はどこまでも欲深い。
昼間あれだけ散財したというのに、まだ財布の中身を減らしたいらしい。
「どうするの、クリフ? あいつら、暴れ出しそうだよ」
アリスが呆れたように尋ねてくる。
「彼らは『消費』という行為そのものに快楽を見出しているギャンブル依存症予備軍です」
私は魔導計算機を取り出し、新たなプロジェクトの収支シミュレーションを起動した。
「客が金を落とす場所を求めているなら、それを用意するのがサービス業の基本です。昼間に回収しきれなかった彼らの余剰資金を、夜の間にすべて吸収する集金装置を構築します」
「集金装置って、まさか……」
「ええ。統合型リゾートの目玉施設。カジノです」
私はアリスに指示を出した。
「アリス。土魔法と空間魔法を駆使して、ビーチの奥に特設の遊技場を建設してください。機材は魔王城の倉庫から転送すれば数分で済むはずです」
「了解! 徹夜で遊べる不夜城を作ってあげる!」
アリスの指示のもと、魔法が得意な社員が集められ建設作業が始まると、ジャングルの一角の木々が開かれ、巨大なテント型の絢爛豪華なカジノ施設がまたたく間に出現した。
中にはルーレット、ブラックジャック、バカラといった定番のテーブルがズラリと並んでいる。
「おお! ついに夜の遊び場ができたぞ!
さっそく一勝負だ! 魔王軍の資金を巻き上げてやる!」
歓声を上げてカジノになだれ込む貴族たち。
だが、彼らの中には警戒感を示す者もいた。
太った男爵が、鼻で笑いながら私に言った。
「ふん。どうせ裏でイカサマをして、我々の金を巻き上げるつもりだろう。魔王軍のやりそうなことだ」
「イカサマ? 心外ですね」
私はディーラーの制服に着替えたアンデッド社員たちの前に立ち、高らかに宣言した。
「当カジノは、不正を一切排除した完全な透明性をお約束します」
私はアリスに合図を送った。
彼女がシステムを起動すると、カジノ全体が淡い青色の光に包まれた。
「この施設内には、私を含め、いかなる魔法や物理的な細工も無効化する『絶対公平結界』が張られています」
私はルーレットの球を指差した。
「磁石も、風の魔法も、透視も通用しません。ここにあるのは、純粋な確率だけです。安心して、ご自身の運と資金力を試してください」
「本当か? なら、遠慮なく勝たせてもらうぞ!」
貴族たちは目を輝かせ、テーブルに大量のマナ紙幣を積み上げ始めた。
ゲームが始まり、カジノにはチップの弾む音と歓声、そして悲鳴が響き渡るようになった。
最初の数時間は、貴族たちの中にも大勝ちする者が出ていた。
「ほら見ろ! ルーレットで大穴を当てたぞ! やはりイカサマはない!」
彼らは魔王軍から金をむしり取った気になり、さらに掛け金を釣り上げていく。
「大将、あいつら結構勝ってるぜ。大丈夫なのか?」
警備に当たっていたガントが、不安そうに私に耳打ちした。
「問題ありません」
私はグラスの氷を揺らしながら、冷徹に答えた。
「短期的に見れば、客が勝つことはあります。しかし、ギャンブルには控除率が存在します。ルーレットの緑色のゼロのように、数パーセントだけ胴元である我々に有利な設定が組み込まれているのです」
「数パーセント? たったそれだけで勝てるのか?」
「ええ。試行回数が増えれば増えるほど、結果は必ず確率の収束値に落ち着きます。これを大数の法則と呼びます」
私は熱狂する貴族たちを冷ややかな目で見下ろした。
「彼らは勝てば気が大きくなって賭け金を増やし、負ければ取り返そうとしてさらに金をつぎ込む。そして、彼らの資金には限界がありますが、胴元である我が社の資金は実質的に無限です」
資金力と確率論。
この二つが揃っている以上、我々は何もしなくても、一晩で確実に彼らの財布を空にすることができる。
イカサマなどというリスクを冒す必要は全くないのだ。
純粋な数学こそが、最強の集金システムである。
そして、翌朝。
カジノのテントから出てきた貴族たちは、一様にフラフラとした足取りで、魂の抜けたような顔をしていた。
「あ、あんなにあった私の資産が……一晩で……。
帰りの船の燃料代すら残っていないぞ……」
砂浜に膝から崩れ落ちる彼らの横を通り抜け、私はアリスから昨晩の売上報告を受け取った。
「クリフ、すごいよ。昼間のダイナミック・プライシングの売上と合わせて、この島に来た人間の貴族たちの所持金を、文字通り99パーセント回収しちゃった」
「ご苦労様でした」
私は報告書に承認のサインをした。
「これで、彼らも夜の退屈から解放されたことでしょう。身ぐるみ剥がされた彼らがどうやって王都に帰るのかは、私の知ったことではありませんが」
私は大きく伸びをした。
思いがけず荒稼ぎをしてしまったが、これで私のバカンスを邪魔する資金力を持ったノイズは完全に消滅した。
今日からこそ、本当の意味で何もしない究極の休日が始まるはずだ。
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地上のリゾートが完璧な仕上がりを見せる中、魔王城の地下プラントから通信が入る。
「おいクリフ! 地上ばっかりズルいぞ! 俺たちにも海を見せろ!」
クリーンエネルギーを支えるニート勇者たちの不満が爆発寸前。
次回、第78話『地下プラントからのクレーム』
お土産の「VR南の島デバイス」で、ニート勇者たちも大満足。









