表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/80

第70話 職業病の発動 ~ジュース一杯に2時間? サプライチェーンを改善します~

案内された先は、ビーチから少し離れたジャングルの入り口にある小さな集落だった。

ヤシの葉で葺かれた簡素な小屋が並び、獣人たちがのんびりと暮らしている。

私は彼らの果物保管庫と加工場を視察し……そして、頭を抱えた。


「これは……ひどいですね」


私が呻くと、案内してくれた猫の獣人、ニャルが不思議そうに首を傾げた。


「ニャ? 何かおかしいかニャ?」


「すべてがおかしいです」


私は魔導計算機を取り出し、彼らのワークフローをログとして視覚化した。


一人の獣人が注文を受ける。

その獣人が一人で森へ行き、木に登ってヤシの実を採る。

実を抱えて川へ行き、洗う。

集落に戻り、石で割る。

そして客の元へ走る。


典型的なシングル・タスクだ。

しかも、一人一人が全工程を担当しているため、移動の無駄が天文学的な数値になっている。


「ニャルさん。なぜ役割を分担しないのですか? 採る係、運搬係、割る係に分ければ、移動時間は劇的に削減されますよ」


私が指摘すると、ニャルは耳をパタパタとさせた。


「ニャ? でも、自分で注文を受けたんだから、自分で最後まで作るのが誠意だニャ」


「その誠意のせいで、客は炎天下で2時間も待たされているのです。それは誠意ではなく、ただの自己満足です」


私は冷徹に切り捨てた。

本来なら、他人の村の非効率など放っておけばいい。

だが、今の私は一秒でも早く冷たいジュースを飲んで昼寝をしたいという、極めて切実な利己的欲求に突き動かされていた。

私が快適なバカンスを過ごすためには、この村のサプライチェーンを近代化するしかない。


「アリス、手伝ってください」


私は背後でヤシの実を突っついていたCTOを呼んだ。


「えー、あたし遊んでたいんだけど」


「あなたも冷たいジュースが飲みたくないですか?」


「……飲む。すごく飲みたい」


「なら手伝いなさい。まずは冷蔵設備の構築からです」


私は村の獣人たちを集め、砂浜に木の枝で組織図を描いた。


「いいですか皆さん。これより、ジュース生産ラインの業務プロセス再構築を行います。目的は注文から提供までのリードタイムを3分以内に縮めることです」


獣人たちがポカンとしているが、構わず指示を飛ばす。


「まず、木登りが得意な猿の獣人の方。あなたは採取班です。木から降りず、ひたすら実を落としてください」


「次は足の速い犬の獣人の方。あなたは運搬班。落ちた実を村の加工場へピストン輸送します」


「力の強い熊の獣人は加工班。石で割る作業に専念してください」


「そして接客・配膳班のニャルさん。あなたはビーチに待機し、注文を受けたらすぐに加工場へ合図を送るだけです」


「ニャ……なんだか、みんなで違うことをするんだニャ?」


「これを分業アセンブリ・ラインと呼びます。各自が専門の作業に特化することで、生産効率は劇的に向上します」


私はさらに、アリスに指示を出した。


「アリス。村の湧き水のルートを少し変更し、加工場の横に水冷式の保管プールを作ってください。氷魔法の使い手が不在でも、地下水で常に実を冷やしておくことができます」


「オッケー! 土魔法が得意な社員呼んでくるね」


数分後、アリスが連れてきたノーム族の社員が、その指示に従ってプールを形成していく。


「あとはこっちね、水路を引いて、冷却プール一丁上がり!」


あっという間に天然の冷蔵庫が完成した。


「さあ、実践です。私がビーチから注文を出します」


私はストップウォッチ機能付きの魔導計算機を構えた。


「ココナッツジュース、一つ」


その瞬間、村の生産ラインが稼働した。


ニャルが旗を振って合図を送る。

保管プールでキンキンに冷やされていたヤシの実を、熊の獣人が一撃で割り、ストローを挿す。

ニャルがそれを受け取り、私の元へ走る。

同時に、消費された分のヤシの実を補充するため、犬の獣人が森から新たな実を運んでプールに沈める。


「お待たせしたニャ! 特製ジュースだニャ!」


ニャルが笑顔でヤシの実を差し出した。

私は手元のストップウォッチを止めた。


「……提供時間、1分45秒」


私はストローに口をつけた。

キンキンに冷えた、濃厚で甘いココナッツジュースが、渇いた喉を潤していく。


「……完璧です」


「ニャアアア! すごいニャ! あんなに早くジュースが出せたニャ!」


ニャルが自分の手を見て感動している。

他の獣人たちも、疲労感が全くないことに驚いていた。


「俺、木から落ちる実を運んだだけだぞ?」


「オイラも割っただけだ。いつもみたいに走り回らなくていいから、すげぇ楽だ!」


「当然です。無駄な移動を省き、適材適所で資源を最適化したのですから」


私はジュースを片手に、ようやく満足のいくため息をついた。

これでいい。

冷たいジュースが、欲しい時にすぐ飲める。

私のバカンスを支えるインフラが、一つ整ったのだ。


「さあ、私はビーチに戻ります。今度こそ、誰にも邪魔されずに読書を……」


私が踵を返そうとした、その時だった。

村の奥から、杖をついた年老いた獣人が、目を輝かせて歩み寄ってきた。


「おお……なんという手際じゃ。旅のお方、あんたは魔法使いか何かか?」


「いいえ。ただの通りすがりのCFOです」


村長らしきその老人は、私の手を取り、懇願するように言った。


「実はな、明日の夜の大宴会に向けて、村の衆で魚を獲ったり料理を作ったりしておるのじゃが……どうにも上手く回らんで困っておったのじゃ。どうか、そのしーえふおーの力で、村全体を助けてはくれまいか?」


「ニャア! お願いだニャ、お兄さん! お兄さんの頭脳があれば、最高の宴会ができるニャ!」


獣人たちが、一斉に私に縋り付いてきた。


私は、手に持っていた小説をそっと鞄にしまった。


……どうやら、私の有給休暇が本当に始まるのは、もう少し先になりそうだ。



[System Notification] NEXT_PREVIEW

───────────────────

村長からの頼みで、村全体の経済網に手を入れることになったクリフ。

だが、彼らの取引は魚と果物を交換するという原始的な物々交換だった。

「これでは価値の保存も尺度も不可能です。……皆さん、今日からこの島にマナ通貨を導入します」


次回、第71話『現地経済の最適化』

資本主義の波が、南の島を飲み込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ