第70話 職業病の発動 ~ジュース一杯に2時間? サプライチェーンを改善します~
案内された先は、ビーチから少し離れたジャングルの入り口にある小さな集落だった。
ヤシの葉で葺かれた簡素な小屋が並び、獣人たちがのんびりと暮らしている。
私は彼らの果物保管庫と加工場を視察し……そして、頭を抱えた。
「これは……ひどいですね」
私が呻くと、案内してくれた猫の獣人、ニャルが不思議そうに首を傾げた。
「ニャ? 何かおかしいかニャ?」
「すべてがおかしいです」
私は魔導計算機を取り出し、彼らのワークフローをログとして視覚化した。
一人の獣人が注文を受ける。
その獣人が一人で森へ行き、木に登ってヤシの実を採る。
実を抱えて川へ行き、洗う。
集落に戻り、石で割る。
そして客の元へ走る。
典型的なシングル・タスクだ。
しかも、一人一人が全工程を担当しているため、移動の無駄が天文学的な数値になっている。
「ニャルさん。なぜ役割を分担しないのですか? 採る係、運搬係、割る係に分ければ、移動時間は劇的に削減されますよ」
私が指摘すると、ニャルは耳をパタパタとさせた。
「ニャ? でも、自分で注文を受けたんだから、自分で最後まで作るのが誠意だニャ」
「その誠意のせいで、客は炎天下で2時間も待たされているのです。それは誠意ではなく、ただの自己満足です」
私は冷徹に切り捨てた。
本来なら、他人の村の非効率など放っておけばいい。
だが、今の私は一秒でも早く冷たいジュースを飲んで昼寝をしたいという、極めて切実な利己的欲求に突き動かされていた。
私が快適なバカンスを過ごすためには、この村のサプライチェーンを近代化するしかない。
「アリス、手伝ってください」
私は背後でヤシの実を突っついていたCTOを呼んだ。
「えー、あたし遊んでたいんだけど」
「あなたも冷たいジュースが飲みたくないですか?」
「……飲む。すごく飲みたい」
「なら手伝いなさい。まずは冷蔵設備の構築からです」
私は村の獣人たちを集め、砂浜に木の枝で組織図を描いた。
「いいですか皆さん。これより、ジュース生産ラインの業務プロセス再構築を行います。目的は注文から提供までのリードタイムを3分以内に縮めることです」
獣人たちがポカンとしているが、構わず指示を飛ばす。
「まず、木登りが得意な猿の獣人の方。あなたは採取班です。木から降りず、ひたすら実を落としてください」
「次は足の速い犬の獣人の方。あなたは運搬班。落ちた実を村の加工場へピストン輸送します」
「力の強い熊の獣人は加工班。石で割る作業に専念してください」
「そして接客・配膳班のニャルさん。あなたはビーチに待機し、注文を受けたらすぐに加工場へ合図を送るだけです」
「ニャ……なんだか、みんなで違うことをするんだニャ?」
「これを分業と呼びます。各自が専門の作業に特化することで、生産効率は劇的に向上します」
私はさらに、アリスに指示を出した。
「アリス。村の湧き水のルートを少し変更し、加工場の横に水冷式の保管プールを作ってください。氷魔法の使い手が不在でも、地下水で常に実を冷やしておくことができます」
「オッケー! 土魔法が得意な社員呼んでくるね」
数分後、アリスが連れてきたノーム族の社員が、その指示に従ってプールを形成していく。
「あとはこっちね、水路を引いて、冷却プール一丁上がり!」
あっという間に天然の冷蔵庫が完成した。
「さあ、実践です。私がビーチから注文を出します」
私はストップウォッチ機能付きの魔導計算機を構えた。
「ココナッツジュース、一つ」
その瞬間、村の生産ラインが稼働した。
ニャルが旗を振って合図を送る。
保管プールでキンキンに冷やされていたヤシの実を、熊の獣人が一撃で割り、ストローを挿す。
ニャルがそれを受け取り、私の元へ走る。
同時に、消費された分のヤシの実を補充するため、犬の獣人が森から新たな実を運んでプールに沈める。
「お待たせしたニャ! 特製ジュースだニャ!」
ニャルが笑顔でヤシの実を差し出した。
私は手元のストップウォッチを止めた。
「……提供時間、1分45秒」
私はストローに口をつけた。
キンキンに冷えた、濃厚で甘いココナッツジュースが、渇いた喉を潤していく。
「……完璧です」
「ニャアアア! すごいニャ! あんなに早くジュースが出せたニャ!」
ニャルが自分の手を見て感動している。
他の獣人たちも、疲労感が全くないことに驚いていた。
「俺、木から落ちる実を運んだだけだぞ?」
「オイラも割っただけだ。いつもみたいに走り回らなくていいから、すげぇ楽だ!」
「当然です。無駄な移動を省き、適材適所で資源を最適化したのですから」
私はジュースを片手に、ようやく満足のいくため息をついた。
これでいい。
冷たいジュースが、欲しい時にすぐ飲める。
私のバカンスを支えるインフラが、一つ整ったのだ。
「さあ、私はビーチに戻ります。今度こそ、誰にも邪魔されずに読書を……」
私が踵を返そうとした、その時だった。
村の奥から、杖をついた年老いた獣人が、目を輝かせて歩み寄ってきた。
「おお……なんという手際じゃ。旅のお方、あんたは魔法使いか何かか?」
「いいえ。ただの通りすがりのCFOです」
村長らしきその老人は、私の手を取り、懇願するように言った。
「実はな、明日の夜の大宴会に向けて、村の衆で魚を獲ったり料理を作ったりしておるのじゃが……どうにも上手く回らんで困っておったのじゃ。どうか、そのしーえふおーの力で、村全体を助けてはくれまいか?」
「ニャア! お願いだニャ、お兄さん! お兄さんの頭脳があれば、最高の宴会ができるニャ!」
獣人たちが、一斉に私に縋り付いてきた。
私は、手に持っていた小説をそっと鞄にしまった。
……どうやら、私の有給休暇が本当に始まるのは、もう少し先になりそうだ。
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村長からの頼みで、村全体の経済網に手を入れることになったクリフ。
だが、彼らの取引は魚と果物を交換するという原始的な物々交換だった。
「これでは価値の保存も尺度も不可能です。……皆さん、今日からこの島にマナ通貨を導入します」
次回、第71話『現地経済の最適化』
資本主義の波が、南の島を飲み込む。









