第7話 粉飾された決算書 ~異議あり。その監査は【法的根拠】を欠いています~
「……なるほど。書類上の辻褄は合わせたと」
私はヴァイパーの突きつけた「偽造議事録」を冷ややかに見つめた。
確かに、紙の上では完璧だ。だが、真実は別にある。
「書類がどうあれ、金の流れ(ログ)は嘘をつきませんよ」
私は眼鏡を押し上げ、愛用の魔導計算杖をガストン支部長に向けた。
「貴方がたが隠している裏帳簿、私のスキルで直接覗かせてもらいます」
私は魔力を練り上げる。
対象の財務状況を丸裸にする、私の最強の監査魔法。
「【即時監査】――開示!」
ビッ!
青白い魔法陣が展開し、空間に無数の数字が浮かび上がる。
本来なら、ここで真っ赤な警告文字が表示され、横領の証拠が視覚化されるはずだ。
――しかし。
「おや。性懲りもなく覗き見ですか。……品がないですねぇ」
ヴァイパーが、抱えていた分厚い魔導書――聖法全書を開いた。
「法の名において命じる。不当な捜査を却下せよ」
彼が指を鳴らすと、聖法全書からドス黒い紫色のオーラが噴き出した。
「スキル発動――【異議あり】」
ガギィィィン!!
金属が擦れ合うような不快な音が響き、私の展開した青い魔法陣が、紫色の鎖によって強引に締め上げられた。
「なっ……!?」
私が驚愕する目の前で、浮かび上がろうとしていた「赤字(不正)」のログが、次々と書き換わっていく。
[System Audit: Processing...] |強制上書きログ《OVERRIDE_LOG》
―――――――――――――――――――
▼ 監査項目01:会議費(8,000万マナ)
[Initial Check] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
【警告】使途不明金 … ×(RED)
↓
[Injecting Law...] ギルド法第28条・拡大解釈
↓
[Final Result ] ▓
【判定】適正な投資 … ○(GREEN)
▼ 監査項目02:領収書不備
[Initial Check] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
【警告】私的流用 …×(RED)
↓
[Injecting Law...] 特例措置申請書・即時発行
↓
[Final Result ] ▓
【判定】承認済み … ○(GREEN)
System Status: 【ALL CLEAR (FORCED)】
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「バカな……! 監査ログが、強制的に『正常』に書き換えられただと!?」
私が初めて見せる動揺に、後ろのアリスが悲鳴を上げる。
「うそ、クリフの魔法が弾かれた!? あんなの見たことないよ!」
「くっ……!」
私は杖を振るい、抵抗を試みる。
だが、ヴァイパーの展開する聖法全書の輝きは、鉄壁の防護壁となって私の干渉を拒絶する。
「無駄ですよ、クリフさん」
ヴァイパーは蛇のような目を細め、嘲笑った。
「貴方の『即時監査』は、あくまで『不正を見抜く』スキル。ですが、私が『これは法的に正当である』と定義してしまえば、システム上、それは不正ではなくなる」
「……詭弁だ! キャバクラ代が正当なはずがない!」
「ええ、詭弁です。ですが、通ればそれは『真実』になる」
ヴァイパーはパタンと本を閉じた。
同時に、私の魔法陣はガラスのように砕け散った。
完敗だ。
遠隔からの監査では、奴の法解釈を突破できない。
「さて。こちらの潔白は証明されましたね」
ヴァイパーが一歩、前に出る。
今度は彼が攻撃に転じる番だ。
「クリフさん。貴方は何の証拠もなく、善良な支部長を『横領犯』呼ばわりしましたね?」
「……それが?」
「【名誉毀損】および【威力業務妨害】です。……これより、貴方をギルド法に基づき訴えます。賠償請求額はそうですね……手始めに10億マナほど」
「ひ……ひひっ! はははは!」
ガストン支部長が、勝ち誇ったように笑い声を上げた。
恐怖から解放され、一気に気が大きくなったのだ。
「そうだそうだ! 訴えてやる! お前らなんぞ、監獄行きだ!」
形勢逆転。
この場にこれ以上留まれば、不利な証言を積み重ねられるだけだ。
「……チッ。ガント、アリス。撤収です」
「えっ、マジで引くのか大将!?」
「クリフ、大丈夫!?」
「いいから! 一度引きます!」
私は悔しさに唇を噛み締めながら、踵を返した。
背後から、ヴァイパーの高笑いが聞こえる。
「賢明な判断です。……次にお会いするときは、法廷(被告席)でお待ちしていますよ」
◇
数時間後。
魔王城、クリフ監査事務所。
重苦しい空気が流れていた。
私はデスクに突っ伏し、アリスは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「……負けました。完敗です」
「クリフ……」
「遠隔監査が通じない相手は初めてです。奴の持つ聖法全書……あれがある限り、いくら私が外から不正を指摘しても、『異議あり』の一言で無効化されます」
私の最強の武器である「ログ視認」が封じられた今、手も足も出ない。
これでは、あのキャバクラ領収書を「経費」と認めざるを得ない。
「要するに、あいつが『俺ルールブック』を持ってるから無敵ってことでしょ? ズルくない?」
アリスが頬を膨らませる。
「ええ、ズルです。ですが、攻略法がないわけではありません」
私は顔を上げ、眼鏡を光らせた。
「奴のスキル【異議あり】は、あくまで『解釈』を書き換える魔法。……ならば、【解釈の余地がない物理的な証拠】を突きつければいい」
「物理的な証拠?」
「はい。ヴァイパーがいくら口先で誤魔化そうとも、【真実が記された裏帳簿の原本】そのものがあれば、言い逃れは不可能です」
私はホワイトボードに、ギルド支部の見取り図を貼り付けた。
そして、最上階の支部長室に赤いマグネットを置く。
「奴らは油断しています。『法的に勝った』と思って、証拠隠滅を後回しにしているはず。……今夜が勝負です」
私はガントの方を向いた。
「ガント。貴方の出番です。……『潜入工作』の準備はいいですか?」
「へっ、待ってました!」
ガントがニヤリと笑い、ロッカーから作業着を取り出す。
そこには『清掃業者』のロゴが入っていた。
「元・Sランクの盾役は『敵の視線』の管理が専門なんでな。奴らがどこを警戒していて、どこが死角か……手に取るようにわかるぜ」
(続く)
【次話予告】
アリス「セキュリティ堅すぎ! 魔導センサーだらけじゃん!」
クリフ「正面突破は無理です。ガント、通気口から侵入してください」
次回、ミッション・インポッシブル(物理)。
深夜のギルドに、最強の清掃員が舞い降りる!




