第67話:魔王軍の大移動 ~社員旅行は安く早く済ませて、さっさと休みたい~
魔王城、CFO室。
窓の外では、上場とギルド買収の成功に沸く社員たちが、すでに浮かれ気分で宴会の準備を進めていた。
「いよいよ明日から社員旅行だぞー!」
「浮き輪買ったッス! 日焼け止めもバッチリッス!」
アンデッドやオークたちが廊下を走り回る音が、ここまで響いてくる。
だが、私はデスクに山積みになった見積書を前に、深くため息をついていた。
「……移動コストが、高すぎます」
私は魔導計算機を弾き、冷酷な現実と向き合っていた。
魔王ゼノン様が宣言した「全社員参加・超豪華慰安旅行」。
行き先は、人間界の南洋に浮かぶ未開の島、通称「リゾート・アイランド」だ。
美しいサンゴ礁と白い砂浜が広がる極上のバカンス地らしいが、問題はその距離である。
ここ魔界から人間界の南端まで、数万人の社員をどうやって運ぶのか。
「ねえクリフ、転移門を使えば一瞬じゃない?」
ソファで旅行ガイドを読んでいたアリスが、ペロペロキャンディを口から離して言った。
「却下です」
私は即答した。
「数万人の質量を長距離転移させるマナの消費量は天文学的です。上場で得た資金があるとはいえ、交通費だけで国家予算の半分を吹き飛ばす気ですか。費用対効果(ROI)が悪すぎます」
「じゃあ、馬車と船を乗り継ぐ?」
今度は、荷造りを終えたガントが顔を出した。
「それも却下です。移動だけで片道二週間はかかります。一ヶ月の有給休暇の半分が移動で消えるなど、労働環境として最悪です」
私は眼鏡の位置を直し、絶対零度の声で告げた。
「私は、一秒でも早く現地のハンモックで昼寝がしたいのです。移動で疲労を溜めるなど、休暇の冒涜に他なりません」
そう、ホワイト企業を自称する以上、移動は「安く」「早く」「快適」でなければならない。
私は手元の石版を操作し、魔王城の資産台帳を検索した。
「アリス。地下の第8格納庫に、先代魔王が遺した『アレ』がありましたね」
「アレって……まさか、古代の超巨大空中要塞?」
アリスが目を丸くする。
「ええ。かつて世界を火の海にするために造られたものの、燃費が悪すぎて一度も実戦投入されなかった粗大ゴミです。あれを再利用します」
数十分後、私たちは地下深くの巨大な格納庫に立っていた。
そこには、見上げるほど巨大な黒鋼の浮遊城が鎮座していた。無数の砲門が並び、禍々しいオーラを放っている。
「大将、こいつに乗ってくのか? 完全に侵略戦争のビジュアルだぞ」
ガントが引きつった顔で要塞を見上げる。
「見た目はどうでもいいのです。重要なのは積載量と速度です。……アリス、これを『チャーター旅客機』に魔改造できますか?」
「うーん、動力源さえなんとかなれば、飛ぶこと自体は可能だよ。でも、これだけの質量を浮かすマナなんて……」
「動力なら、地下に優秀な『生体バッテリー』がいるじゃないですか」
私はニヤリと笑った。
地下プラントでポテチを食いながらゲームをしている転生者キョウヤ。彼の無限の魔力を一時的にこの要塞の魔力タンクへバイパスし、フル充填させるのだ。
「キョウヤには『旅行中もゲームの通信対戦環境を維持してやる』と約束すれば、喜んで魔力を振り絞るでしょう」
「なるほどね! それならイケる!」
アリスの目が技術者として輝き始めた。
「よし、砲門は全部ぶっ壊して展望デッキにする! 兵舎の壁をぶち抜いてスイートルームに改装! 空調も最新の魔石エコシステムに切り替えるよ!」
「ガント、手の空いているアンデッド社員を総動員して内装工事を進めてください。タイムリミットは明日の朝です」
「おうよ! 俺たちの手にかかれば一晩で極上ホテルにしてやらぁ!」
翌朝。
朝日に照らされた魔王城の中庭に、生まれ変わった空中要塞が浮遊していた。
禍々しかった黒鋼の装隔は白く塗り替えられ、側面に「デーモン・エアライン」のポップなロゴが輝いている。
砲身の代わりにパラソルが並び、甲板では社員たちがすでにトロピカルジュースを手にはしゃいでいた。
「おおお! 素晴らしいぞクリフ! まさに空飛ぶリゾートホテルではないか!」
アロハシャツにサングラス姿のゼノン様が、甲板の先頭で大興奮している。
「ええ。移動コストはほぼゼロ、所要時間はわずか半日です。これなら、到着した瞬間から完璧なバカンスを始められます」
私はストローハットを被り、魔導計算機を鞄にしまった。
今日から一ヶ月間、私はCFOとしての業務を一切放棄する。ただ美しい海を眺め、冷たいドリンクを飲み、何もしない贅沢を味わうのだ。
「全社員の搭乗を確認しました! いつでも飛べるよ!」
機長席に座ったアリスが、計器盤を操作しながら親指を立てる。
私は深く息を吸い込み、全艦に響くようアナウンスの魔法陣を起動した。
「さあ、出発です。有給休暇のタイムアタックを始めましょう」
重低音と共に、巨大な白い要塞が空へ向かって上昇を始める。
世界を恐怖に陥れるはずだった古代兵器は、数万人の浮かれた社員を乗せ、南の空へと飛び立った。
私の完璧なバカンスが、今まさに始まろうとしていた。
[System Notification] NEXT_PREVIEW
───────────────────
快適な空の旅を満喫するはずが、機内では社員たちによる大宴会が始まってしまった。
「コラ! そこでバーベキューをするな! 煙で私の視界を遮る気ですか!」
休暇中であっても、私の心を乱すノイズは許容できない。
次回、第68話『旅のしおりはコンプライアンス』
現地でトラブルを起こさないための、地獄のルール説明が始まる。









