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第61話 廃墟でのヘッドハンティング ~「腐ったスポンサー」を見限り、最強のCLOになりませんか?~

 国会議事堂、大会議場。

 つい先ほどまで怒号と悲鳴が渦巻いていたその場所は、今は不気味なほどの静寂に包まれていた。


 床には破られた法案、腐ったトマト、そして逃げ惑う議員たちが脱ぎ捨てた靴が散乱している。

 まさに「祭りのあと」──いや、国家の威信が崩れ去った廃墟だった。


 その演壇に、ただ一人。

 紫色のスーツを着た男、ヴァイパーが立ち尽くしていた。


「……終わった、か」


 彼は力なく呟き、手にした聖法全書(ホーリー・コード)を閉じた。

 増税法案は廃案。国営公社は事実上の解体。

 そして、この暴動を招いた責任者として、彼の政治生命は完全に絶たれた。


「……笑いに来たのですか、クリフ・オーデル」


 ヴァイパーは振り返らずに言った。

 議場の入り口に、私が立っていたからだ。


「笑う? まさか」


 私はコツコツと靴音を響かせ、瓦礫の山を越えて演壇へと歩み寄った。


「私は貴方を『評価』しに来たのです」


「……評価?」


 ヴァイパーが自嘲気味に笑う。


「買いかぶりですね。私は負けた。

 貴方の言う『経済の論理』とやらに、完膚なきまでに叩きのめされた敗北者ですよ」


「いいえ。貴方が負けたのではありません」


 私は演壇の前に立ち、彼を見上げた。


「負けたのは『王国』です。

 貴方は優秀な法律家であり、優れた戦略家でした。

 ただ……『クライアント(雇い主)』が悪すぎた」


 私は周囲に散乱する議員たちの痕跡を指差した。


「彼らを見てください。

 貴方が必死に法を整備し、予算を捻出して守ろうとした連中の末路を。

 ……彼らには、貴方の高度な戦略を理解する知能も、断行する覚悟もなかった」


 ヴァイパーの眉がピクリと動く。


「……確かに。彼らは無能な豚でしたよ。

 ですが、私はその豚に雇われた番犬に過ぎない」


「番犬にも、飼い主を選ぶ権利はあります」


 私は懐から一枚の書類を取り出し、ヴァイパーに差し出した。

 それは「雇用契約書」だった。


「単刀直入に言いましょう。

 ヴァイパーさん。……我が社に来ませんか?」


「は……?」


 ヴァイパーが目を丸くした。


「魔王軍に入れと……?

 正気ですか? 私はついさっきまで、貴方を社会的に抹殺しようとしていた敵ですよ?」


「ビジネスの世界では、昨日の敵は今日の友です。

 それに、我々はこれから上場(IPO)という大一番を迎える。

 そのためには、貴方のような『法の抜け穴を知り尽くした番犬』が必要なのです」


 私は契約書の条件面を指差した。


【役職:最高法務責任者(CLO / Chief Legal Officer)】

【報酬:年俸1億マナ + ストックオプション(上場株の1%)】


「CLO……?」


「ええ。我が社の法務部門のトップです。

 現在、上場審査において、王国政府からの嫌がらせ(行政指導)が予想されます。

 それらを全て『適法に』跳ね返し、逆に相手を訴え返す……そんな汚れ仕事ができるのは、世界で貴方しかいない」


 ヴァイパーは契約書を舐めるように見つめる。

 年俸1億マナ。王国での報酬の10倍以上だ。

 だが、彼が反応したのは金銭ではない。


「……『ストックオプション』。

 つまり、会社の株価が上がれば、私の資産も増える……一蓮托生のパートナーになれと?」


「その通りです。

 王国という『沈む泥船』で、無能な船長(議員)と心中するか。

 それとも、魔王軍という『高速船』に乗り換え、自らの腕で舵を取るか」


 私は手を差し伸べた。


「選びなさい。

 貴方のその美しい『法の論理ロジック』を、腐った政治のために浪費するのか。

 それとも、正しく稼ぎ、正しく勝つために使うのか」


 長い沈黙が流れた。

 ヴァイパーは閉じていた瞳を開け──そして、口元をニヤリと歪めた。


「……フフッ。いいでしょう」


 彼は懐から万年筆を取り出し、契約書に流れるようなサインをした。


「いわゆる『リボルビング・ドア(回転ドア)』というやつですね。

 規制する側(役人)から、規制される側(民間)への華麗なる転身……。

 倫理的には最悪ですが、実利的には最高だ」


 彼は私の手を握り返した。

 その手は冷たいが、確かな力が込められていた。


「契約成立です。

 ……ただし、私の使い方は難しいですよ?

 何しろ、私は『毒蛇』ですからね。扱いを間違えれば、飼い主にも牙を剥きます」


「構いません。毒も使いようによっては薬になる。

 ……歓迎しますよ、ヴァイパーCLO」


 ◇


 その時。

 議場の入り口から、冷ややかな声が飛んできた。


「……呆れた。まさか、その場で『転職』を決めるなんてね」


 瓦礫を踏みしめ、ヒルダが歩み寄ってくる。

 その目は、ゴミを見るように冷徹だ。

 彼女は、魔王軍への就職を決めたヴァイパーを一瞥し、鼻を鳴らした。


「地に落ちたわね、ヴァイパー。

 王国を見限るのは勝手だけど……よりによって『魔王軍』の犬に成り下がるとは」


「犬ではありませんよ、ヒルダ統括官」


 ヴァイパーは、不敵に笑い返した。


「『番犬ウォッチドッグ』です。

 これからは私が、彼らのコンプライアンスを徹底管理します。

 ……つまり、貴女が付け入る隙(脱税のチャンス)は、二度と生まれないということです」


「……ふん。口だけは達者ね」


 ヒルダは私の方に向き直り、鋭い指先を突きつけた。


「クリフ。勘違いしないでちょうだい。

 今回、貴方に協力したのは『正義(脱税の摘発)』のため。

 貴方たちと仲良くするつもりなんて、これっぽっちもないわ」


 彼女の片眼鏡モノクルが、ギラリと殺気を放つ。


「むしろ、逆よ。

 あの『毒蛇』を飼うというなら、今後はさらに厳しく監視させてもらう。

 ……もし1マナでも計算が合わなければ、今度は貴方たちの城に『赤紙(差押令状)』を貼りに行くから。覚悟しておきなさい」


「ええ、肝に銘じます。お手柔らかに」


 私が涼しい顔で答えると、ヒルダは真紅のコートを翻し、部下たちを引き連れて去っていった。

 背中越しに、「全員、撤収! 次は議員たちの隠し口座を洗うわよ!」という怒号が聞こえる。


 あくまで敵。あくまで監査官。

 そのブレない姿勢こそが、彼女の怖さであり、信頼できる点でもある。


 ヴァイパーが肩をすくめる。


「彼女は有言実行の女です。

 ……クリフさん。私の最初の仕事は、彼女に『完全無欠の決算書』を叩きつけて黙らせることになりそうですね」


「期待していますよ、ヴァイパーCLO」


 こうして、魔王軍に最強にして最悪の「法の番人」が加わった。

 だが、それは同時に「国税局」という最強の監視者が、目を光らせ続けることを意味していた。


 緊張感の漂う握手。

 元・王国特別顧問ヴァイパーの手引きにより、上場審査の最終局面──「行政との闘い」が幕を開ける。


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

───────────────────

ヴァイパーが魔王軍に入ったという情報は、即座に王国政府を駆け巡った。

「裏切り者め! 絶対に上場などさせてたまるか!」

政府は最後の手段として、証券取引所に対し「上場不認可」の圧力をかける。

だが、審査会場に現れたヴァイパーは、かつての部下たちを前に言い放つ。


「おやおや、その行政指導……『独占禁止法第8条』および『職権乱用罪』に抵触しますよ?」


次回、第62話『最強のCLO(最高法務責任者)爆誕』。

昨日の上司を論破する、倍返しだ!

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マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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