表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/80

第55話 監査の魔女ヒルダの逆鱗 ~貴社の帳簿は、王国政府より「綺麗(ホワイト)」ね~

 地下プラントでの監査を終え、私たちはエレベーターで地上(CFO室)へと戻ってきた。

 重苦しい沈黙が流れる中、最初に口を開いたのは王立国税局マルサの統括官、ヒルダだった。


「……悔しいけれど、認めざるを得ないわね」


 彼女は片眼鏡モノクルの位置を直し、手に持っていた監査報告書をデスクに放り投げた。


「貴社の会計処理は完璧よ。

 『勇者の飼育費』を経費計上するロジックも、減価償却の計算も、一点の曇りもない。

 ……皮肉なものね。魔王軍の帳簿が、この国のどの貴族の裏帳簿よりも『真っ白ホワイト』だなんて」


「お褒めいただき光栄です」


 私はコーヒーを淹れながら微笑んだ。

 ヴァイパーも、聖法全書(ホーリー・コード)を閉じ、不本意そうに頷く。


「法務面でも白旗です。彼らは自由意志でそこにいる(と主張している)。

 これでは『監禁』で訴えるのは不可能です。……よって、本監査は『承認(Approved)』とします」


 二人の最強監査官が、敗北を認めた。

 これで上場への一番の障害はクリアされた──はずだった。


 だが、

 事態は斜め上の方向から急変した。


 ◇


 魔王城の通信スクリーンに、王国の国会議事堂からの緊急通信が入った。

 画面に映し出されたのは、脂ぎった顔の太った男──王国議会の重鎮、ポーク侯爵だ。


『──株式会社デーモン・ホールディングスに告ぐ!』


 ポーク侯爵は、手元の羊皮紙を大げさに振り回して喚き立てた。


『我々、王国議会は、貴社による「元勇者たちの不当拘束」に対し、断固として抗議する!

 たとえ彼らが同意していたとしても、それは洗脳によるものだ!

 よって、「人権保護法案」に基づき、即時解放を命じる!』


 ドンッ!

 画面越しに、書類が叩きつけられる。

 それを見た瞬間、ヴァイパーの表情が凍りついた。


「……馬鹿な」


 王国への監査結果の報告が完了して、一息ついていたヴァイパーが低く唸る。その手元の聖法全書(ホーリー・コード)がカタカタと震えている。


「彼らは……私が『法的問題なし』と判断した監査結果を、無視する気ですか?」


 画面の中でポーク侯爵はさらに続ける。


『法の解釈など関係ない! これは正義の問題だ!

 魔王軍の動力源を断つためなら、超法規的措置も辞さない!

 逆らえば、貴社をテロ組織と認定し、資産を凍結する!』


「……はっ」


 ヴァイパーが、乾いた笑いを漏らした。

 その瞳には、クリフに向けられていた敵意よりも深い、身内(王国)への軽蔑が宿っていた。


「……醜い。あまりにも醜悪だ」


 彼はギリと歯噛みした。


「私は『法』に身を捧げた者として、貴方を追い詰めに来ました。

 ですが……法的手続きを無視し、政治力という暴力で真実を捻じ曲げるやり方は……私の美学に反する」


 彼は私の方を向き、冷たく言い放った。


「クリフさん。私は王国側の人間です。貴方に味方はしません。

 ……ですが、今の私は『ひどく機嫌が悪い』。

 もし貴方が、あの豚(ポーク侯爵)を法的に葬る手段を持っているなら……私は『見て見ぬふり』をしましょう」


 なるほど。

 敵ではあるが、プロフェッショナルとしての矜持はあるらしい。

 私はニヤリと笑い、一枚の封筒をテーブルに滑らせた。


「では、お言葉に甘えて。

 ……ヒルダさん、出番ですよ」


「何よ、これ」


 ヒルダが封筒を開ける。

 中に入っていた書類を見た瞬間──彼女の表情が一変した。

 獲物を見つけた猛禽類のような、鋭く、飢えた目つき。


「……クリフ。このデータ、どこで手に入れたの?」


「我が社の優秀なCTO(ハッカー)が、ポーク侯爵の個人資産を少し『監査』しましてね。

 彼が『人権保護団体』への寄付金という名目で、裏金をプールしている証拠です」


 私はコーヒーを啜りながら解説した。


「彼らは『勇者の人権』を叫んでいますが、その裏で『人権保護予算』を横領し、私腹を肥やしている。

 ……貴女が先ほどおっしゃいましたね。『王国の帳簿は汚い』と」


 バヂチッ……!

 ヒルダの周囲で、魔力がスパークした。

 彼女の逆鱗──「脱税」に触れたのだ。


「……許せないわね」


 ヒルダが立ち上がる。その背後に、どす黒いオーラが立ち昇る。


「私の目の黒いうちは、1セントの脱税も許さない。

 たとえそれが、王国の重鎮であろうともね……!」


 ヒルダはヴァイパーを一瞥した。


「ヴァイパー。貴方、止める気?」


 ヴァイパーはふんと鼻を鳴らし、窓の外へと視線を逸らした。


「おや、何かありましたか?

 私は今、窓の外の景色に見とれていて何も聞いていませんよ。

 ……どうぞ、存分に『法』を執行してください」


 その言葉を聞いた瞬間、ヒルダは真紅のコートを翻し、風のように部屋を出て行った。


「総員、出動! ターゲットは国会議事堂!

 腐った政治家どもに、本当の『査察』を教えてやるわ!」


 ◇


 数時間後。王国議会議事堂。

 ポーク侯爵は、演壇で勝ち誇ったように演説していた。


「魔王軍ごときに人権を語る資格はない! 直ちに勇者を奪還し、正義を示すのだ!」


 議員たちから「そうだそうだ!」と拍手が起きる。

 その時だった。


 ドガァァァン!!


 議場の扉が物理的に吹き飛ばされた。


「な、なんだ!? テロか!?」


 慌てふためく議員たちの前に現れたのは、「マルサの魔女」ヒルダ統括官と、武装した国税局の査察部隊だった。


「こ、国税局!? 何の用だ! 今は神聖な議会の最中だぞ!」


 ポーク侯爵が叫ぶが、ヒルダは聞く耳を持たない。

 彼女は演壇までカツカツと歩み寄ると、侯爵の目の前に「赤紙(差押令状)」を叩きつけた。


「ポーク侯爵。貴方および関連団体に、国税徴収法違反の容疑がかかっているわ」


「は……?」


「『勇者人権保護基金』への架空寄付、および裏金作り。脱税総額は推定3億マナ。

 ……随分と派手にやったわね、この豚野郎」


「な、ななな……デタラメだ! 証拠はあるのか!」


「証拠なら、ここにあるわよ。……『監査のプロ』が作った、完璧な解析レポートがね」


 ヒルダが掲げたのは、クリフが作成した告発状だった。

 そこには、彼が隠した金の流れが、1マナ単位で正確に記載されている。


「そ、そんな……まさか、魔王軍と結託したのか!?」


「勘違いしないで。私は『税の正義』に従っているだけよ」


 ヒルダの片眼鏡モノクルが怪しく光った。


「──総員、突入! 議会中の全議員の資産を『即時監査』せよ!

 叩けば埃が出る奴らは、全員しょっぴきなさい!」


「「「イエッサー!!」」」


 議場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 「私は関係ない!」「金なら払う!」と逃げ惑う議員たちを、国税局員が次々と拘束していく。


 ◇


 スクリーン越しにその様子を見ていた私は、静かにコーヒーを啜った。


「……ふぅ。これで邪魔者は消えましたね」


 隣でヴァイパーが、満足そうに口元を緩めていた。


「美しい執行だ。……やはり、法はこうでなくては」


 彼は立ち上がり、私に向かって一礼した。


「クリフさん。今回は私の負けです。

 ですが、ゆめゆめ油断なさらないように……ククク」


「ええ。また法廷でお会いしましょう」


 ヴァイパーは聖法全書(ホーリー・コード)を広げると、紫色の霧と共に姿を消した。


 (油断など出来るはずもない……こと法に関しては、彼は私より何枚も上手だ)


 私は大きく息を吐き、ソファに沈み込んだ。

 アリスが駆け寄ってくる。


「やったねクリフ! これで上場審査、クリアだよね!?」


「いいえ。まだ『予備審査』を通過しただけです」


 私は手元の石版スレートに表示された通知を見せた。


【監査状況:適正意見クリア。次フェーズへ移行】


「財務・法務の懸念事項リスクは解消されました。

 ですが、目標とする『時価総額10兆マナ』を達成するには、まだ足りないものがあります」


「足りないもの?」


実績トラックレコードです。

 現在、アプリ『勇-Share』のユーザー数は順調に伸びていますが、まだ市場の一部に過ぎない。

 投資家を熱狂させるには、競合他社──すなわち『冒険者ギルド』を再起不能なまでに叩き潰し、市場シェアを独占する必要があります」


 私は眼鏡を光らせ、壁のカレンダーを見た。

 本番のIPO(上場)まで、あと数ヶ月。

 この期間に、徹底的なマーケティング攻勢をかける。


「ミナさん、そしてアルヴィンさん。

 貴方たちの出番ですよ。……世界中の冒険者に、『ギルドの終わり』を告げるのです」


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

───────────────────

適正意見はクリアした。だが、クリフは満足していない。

「時価総額1兆マナを目指すには、まだ実績が足りません。……競合他社ギルドのシェアを、根こそぎ奪い取りましょう」

白羽の矢が立ったのは、地下でゲーム三昧の日々を送っていた元勇者アルヴィン。


「君の『転落人生』こそが、最強の広告素材だ」


次回、第56話『アルヴィンのCM出演 ~「ご利用は計画的に」。元勇者が語る、転落人生の重み~』。

たった15秒の動画が、巨大組織を崩壊へと導く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ