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第52話 アプリ『勇-Share』リリース ~魔導端末一つで完結する、悪魔的DX~

 魔王城、地下サーバー室。

 そこは、無数の魔導石版が青白く発光し、冷却用の氷魔法が常に稼働している、魔王軍の心臓部だ。


 中央の巨大なモニター前で、CTO(最高技術責任者)のアリスが、ペロペロキャンディを口から離し、ニヤリと笑った。


「準備オーケーだよ、クリフ。サーバー負荷テスト完了、決済ゲートウェイ接続よし。……いつでもイケる」


「始めましょう。これは、世界を変える『エンターキー』です」


 私は静かに頷いた。

 アリスが指先で、空中に浮かんだ【Release】ボタンを軽やかに叩く。


 カターンッ。


 その瞬間、世界中に普及している通信インフラ『魔導ネットワーク』を通じて、一つのアプリが拡散された。


 ――『勇-Shareユーシェア』。


 それは、数千年の歴史を持つ「冒険者ギルド」という巨大な既得権益を、たった一夜で過去の遺物に変える、悪魔の発明だった。


 ◇


 人間界、王都。

 冒険者ギルド本部、受付カウンター。


 そこには、いつものように殺伐とした光景が広がっていた。


「おい! まだ報酬の査定が終わらねぇのかよ! もう3時間待ってるんだぞ!」

「すみません、現在担当者が休憩中でして……」

「ふざけんな! こっちは命がけでゴブリン狩ってきたんだぞ!」


 Fランク冒険者の少年、カイル(16歳)は怒鳴り散らしていた。

 彼の手元にあるのは、なけなしのゴブリンの耳が数枚。

 ようやく窓口が開き、受付嬢が面倒くさそうに銀貨を放り投げる。


「はい、報酬500マナね」


「はぁ!? 依頼書には『報酬2,500マナ』って書いてあっただろ!」


「そこからギルド手数料30%、支部運営費20%、王都特別税10%、復興支援税、安全管理費……いろいろ引いて、手取りは500マナよ。文句ある?」


「……クソッ!」


 カイルは唇を噛み締めた。

 命がけで戦っても、手元に残るのはパン数個分の金だけ。

 これではいつまで経っても新しい剣も買えない。


「やってらんねぇよ……」


 ギルドを出て、地べたに座り込んだカイル。

 その時、彼のポケットに入っていた魔導端末が震えた。


 ピロン♪


『新着アプリ:あなたの冒険、もっと高く売れるかも? 手数料たったの5%! 今すぐダウンロード』


「……なんだこれ? 怪しい広告だな」


 普段なら無視する。だが、「手数料5%」という数字が、飢えたカイルの指を動かした。

 彼は半信半疑でアプリ『勇-Share』をインストールした。


 起動した瞬間、洗練されたUI (ユーザーインターフェース)が表示される。

 マップ上には、今の自分の現在地を中心に、無数の「依頼アイコン」がポップアップしていた。


『近くのクエスト:ポーション素材の採取』

『推奨ランク:F』

『報酬:2,000マナ(即時払い)』


「……は? 2,000マナ?」


 カイルは目を疑った。

 同じ依頼をギルドで受ければ、手取りは400マナ程度だ。5倍近い。


「嘘だろ……。でも、試すだけなら」


 彼は震える指で【受注タップ】した。

 すると、面倒な書類審査も、受付での待ち時間もなく、画面に『受注完了! 現地へ向かってください』と表示された。


 ――数十分後。

 カイルは指定された薬草を採取し、アプリの査定機能でスキャンする。


『魔導AI査定中……完了。品質Aランクを確認』

『納品ボックスへ投函してください』


 小さな転移ゲートが現れ、言われた通りに納品した、その瞬間。


 チャリーン♪


 端末から軽快な音が鳴り、画面上のウォレット残高が増えた。


【残高:2,000マナ】


「……マジかよ」


 カイルは震えた。

 中抜きがない。受付の嫌味もない。待ち時間ゼロ。

 そして何より、報酬が圧倒的に高い。


「すげぇ……これ、すげぇぞ!!」


 彼は興奮して、仲間の冒険者グループチャットに書き込んだ。


『おいお前ら! ギルドなんて辞めちまえ! このアプリやべぇぞ!!』


 その衝撃は、燎原の火のごとく広がっていった。


 ◇


 一週間後。

 冒険者ギルド本部。


 ギルドマスターは、異様な静けさに首を傾げていた。

 いつもなら朝から晩まで冒険者でごった返しているロビーが、今日はガラガラなのだ。


 いるのは、魔導端末を使えない老年のベテラン冒険者だけ。


「おい、どうなっている? 今日は祝日か何かか?」


 ギルドマスターが職員に尋ねる。

 青ざめた顔の職員が、震える手で報告書を差し出した。


「マ、マスター……! 依頼の受注件数が、先週比で90%減です!」


「何だと!?」


「若手の冒険者が、全員来なくなりました! みんな『勇-Share』とかいうアプリを使っていて……ギルドの依頼なんて安すぎてやってられないと……」


「バカな! ギルドを通さずに、誰が依頼の安全を保証するんだ!」


「それが……アプリの評価システム(レビュー)が機能しておりまして……『支払いも早いし、変な依頼主はBANされるから、ギルドより安全』だそうです……」


 ガシャンッ!

 ギルドマスターは持っていたワイングラスを床に叩きつけた。


「おのれぇぇッ! どこのどいつだ、我々の神聖な『中抜きビジネス』を邪魔する奴はぁぁ!!」


 ◇


 魔王城、CFO室。


 壁一面のモニターには、急上昇するグラフが映し出されていた。

 『勇-Share』のアクティブユーザー数、そして流通総額(GMV)。

 その曲線は、美しい「Jカーブ(指数関数的成長)」を描いている。


「ふふっ。止まりませんね」


 私はコーヒーを啜りながら、満足げに呟いた。

 隣でアリスが、ポテチを齧りながらキーボードを叩いている。


「すごい勢いだよクリフ! サーバー増強しないと追いつかない!

 人間たち、よっぽどギルドに不満溜まってたんだねー」


「ええ。80%もピンハネされていれば当然です。

 我々はただ、水が高いところから低いところへ流れるように、経済を正常化したに過ぎません」


 私は眼鏡を光らせた。

 このアプリの本質は、「冒険者ギルド」という独占企業の解体ではない。

 「勇者」という職業を、誰でも気軽にできる「役割ギグ・ワーク」に変えたことにある。


 モニターの片隅で、ゴブリン・サックスの株価ボードが点滅した。

 暴落していた魔王軍の予想株価が、反転上昇を始めている。


「見てください。投資家たちも気づき始めましたよ」


 私はヴォルカノスの失言で冷え込んだ市場が、再び熱を帯びていくのを感じた。

 投資家は「野蛮な軍隊」には金を払わない。

 だが、「世界中の労働力を支配するプラットフォーム」には、喜んで金を出す。


「さあ、ここからが本番です。

 冒険者という『実働部隊』を押さえれば、ギルドはただの『空箱』になる。

 ……そうなれば、買収(M&A)は容易い」


 私は手元の石版で、次のフェーズへの指示書を作成した。

 タイトルは『目論見書の修正:プラットフォームビジネスへの転換』。


 その時、広報担当のミナが、新しいブランドバッグ(デモンクロコ製)を抱えて部屋に入ってきた。


「ちょっとクリフ! 取材依頼が殺到してるんだけど!

 『この画期的なアプリを作ったのは誰だ?』って、王都の新聞社がうるさいのよ!」


「おや、それは好都合ですね」


 私はニヤリと笑った。


「ミナさん、貴女の出番です。

 『これは元聖女の私が、貧しい冒険者を救うために発案しました(嘘)』と涙ながらに語ってください。

 そうすれば、貴女の好感度も、会社の株価もストップ高です」


「……あんた、ほんと悪魔ね」


 ミナは呆れつつも、鏡の前で「聖女の微笑み」を作り始めた。


「いいわ。やってやる。

 見てなさい、この私が『DXの女神』として、経済誌の表紙を飾ってやるから!」


 役者は揃った。武器アプリも回った。

 あとは、この巨大な波に乗って、上場の鐘を鳴らすだけだ。


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

―――――――――――――――――――

アプリの爆発的ヒットにより、魔王軍への注目度はV字回復。

だが、上場審査には「事業等のリスク」をすべて開示する義務がある。

ヴァイパーは冷徹に指摘する。「貴社の最大のリスク……それは『召喚勇者(異世界人)』ではありませんか?」

クリフは答える。


「想定内です。そのリスク情報は、正直に(ただし小さく)記載しましょう」


次回、第53話『目論見書の「事業等のリスク」』。

投資家が一番恐れるのは、魔王ではなく「異世界転生者」だった。

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マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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