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第51話 ヴォルカノスの失言と公募割れの危機 ~役員が「燃やす」と言っただけで、調達予定額が8兆マナ飛びました~

 上場審査の書類選考を(強引な定款変更で)突破した我々を待っていたのは、次なる関門――「機関投資家向け説明会ロードショー」だった。


 会場は、魔王城の迎賓館。

 そこに集まったのは、地底証券ゴブリン・サックスが集めてきた「闇の投資家」たちだ。

 数千年生きるリッチ(死霊王)、宝石を好むドワーフの富豪、そして人間の裏社会を牛耳るマフィアのボスたち。

 彼らが、上場前の魔王軍株を買うかどうか、厳しい目で値踏みしている。


「……いいですか、皆さん」


 控室で、私は役員たちに釘を刺した。


「今日のプレゼンは、公開価格(株価)を決めるための重要なイベントです。

 投資家を安心させ、『この会社なら成長する』と思わせなければなりません。

 くれぐれも、暴言や脅迫は厳禁ですよ。……特にヴォルカノス将軍」


「フン、わかっている!」


 特注の巨大なスーツに身を包んだ火竜、ヴォルカノスが鼻息を荒くする。

 ネクタイが首輪のように苦しそうだ。


「我輩の圧倒的な『武力』を見せつければ、奴らもひれ伏して株を買うだろう!」


「……それが不安なのですが。あくまで『防衛戦力』としてアピールしてくださいね」


 私は一抹の不安を抱えながら、壇上へと上がった。


 ***


 前半の財務プレゼンは完璧だった。

 私の作成した美しい右肩上がりのグラフに、リッチたちが「ホゥ……」と感嘆の声を漏らす。


 ゴブリン・サックスの担当者も、親指を立ててウィンクしてきた。順調だ。


 そして、質疑応答(Q&A)の時間。

 最前列に座っていた、陰気なダークエルフの投資家が手を挙げた。


「質問がある。

 貴社の事業計画には『人間界への進出』とあるが……そこには『勇者』という競合リスクが存在する。

 もし勇者パーティに拠点を襲撃された場合、どう対処するつもりかね? 損害賠償は?」


 鋭い質問だ。これは「リスク管理体制」を問うている。

 私はマイクを握りかけたが、それより早く、ヴォルカノスが立ち上がった。


「その質問には、我輩が答えよう!」


 ドシィン!

 演台が揺れる。ヴォルカノスは、投資家をギロリと睨みつけた。


「勇者だと? そんな羽虫ども、我が炎で焼き尽くせば何の問題もない!」


 会場がざわつく。

 まあ、ここまではギリギリ許容範囲だ。「強固な防衛力」と言えなくもない。

 だが、投資家はさらに突っ込んだ。


「し、しかし、焼き尽くすと言っても……周辺住民への被害や、環境破壊のリスクはどうなる? 最近は『ESG投資(環境・社会・ガバナンス)』が重視される時代だぞ」


 その瞬間。

 ヴォルカノスのこめかみに青筋が浮かんだ。


「ええい、うるさいわッ!!」


 ドンッ!!

 彼が机を叩き割ると同時に、口から灼熱の炎が漏れ出した。


「ガタガタ抜かすな貧乏人どもが!

 我輩は最強の火竜だぞ!? 環境だのガバナンスだの、知ったことか!

 文句がある奴は、勇者ごとまとめて灰にしてやる!!

 ついでに、株を買わない奴も全員燃やすぞオラァッ!!」


 ゴォォォォォォォッ!!

 天井に向かってブレスが放たれ、シャンデリアが溶け落ちた。


 シーン……。

 会場が凍りつき、次の瞬間。


「ひ、ひいいいいッ!」

「殺される! 逃げろ!」

「こんな野蛮な会社の株、買えるかぁぁッ!」


 パニック映画のように、投資家たちが出口へ殺到する。

 ゴブリン・サックスの担当者が、真っ青な顔で対応していた。


 一時間後。CFO(最高財務責任者)室。

 お通夜のような空気が流れていた。


 ゴブリン・サックスからの最終報告書が、机の上に置かれている。


【公募価格の仮条件:大幅引き下げ】

【想定時価総額:10兆マナ → 1兆2,000億マナ(88%ダウン)】


「……これはいけませんね」


 私は静かに震える指で、数字を指差した。


「我々の保有資産(現金+債権)が約1兆1,200億マナ。

 対して、ブックビルディング(需要積み上げ)の結果、提示された仮条件の下限が1兆2,000億マナ……。

 つまり、『魔王軍の事業価値(のれん代)』はほぼゼロと評価されたということです」


 投資家はこう言っているのだ。

 『お前らの持ってる金には価値があるが、お前らのビジネスには未来がない』と。

 CFOとして、これ以上の屈辱はない。


「ヴォルカノスさん」


 私は絶対零度の声で呼びかけた。

 部屋の隅で、巨大な体を小さくして正座している火竜に向かって。


「ぬ、ぬう……。すまん。ついカッとなって……」


「『つい』で8兆マナ以上の期待値を吹き飛ばすバカがどこにいますか!!」


 私は机を叩いた(私の手の方が痛かったが)。


「投資家への脅迫! ガバナンスの欠如! コンプライアンス違反の役満です!

 貴方のせいで、市場からの評価は『反社以下の野蛮人集団』に落ちましたよ!」


「だ、だって奴らが細かいことを……」


「言い訳無用!!」


 私は一枚の羊皮紙を叩きつけた。


「貴方には懲罰として、『100時間のコンプライアンス研修(座学)』を命じます。

 内容は『アンガーマネジメント』『ハラスメント防止』『投資家との対話』の動画講習です。

 修了試験に合格するまで、役員報酬は全額カット。現場への出入りも禁止です!」


「な、なんだとォ!?

 我輩に、薄暗い部屋で延々と動画を見ろと言うのか!? 戦場に出せ! 暴れさせろ!」


「黙りなさい! これ以上株価を燃やされたくなければ、大人しく勉強してきなさい!」


 私は屈強なミノタウロスの警備員を呼び、泣き叫ぶヴォルカノスを研修室(地下牢)へと連行させた。


「……はぁ。頭が痛い」


 私は椅子に深々と沈み込んだ。

 最大の「武力」であるヴォルカノスが、上場においては最大の「リスク」になるとは。


「クリフ、どうするの? このままだと、上場中止になっちゃうよ?」


 アリスがペロペロキャンディを噛み砕きながら尋ねてくる。

 私は思考を巡らせた。

 「強さ」をアピールすれば「野蛮」と取られる。

 ならば、逆を行くしかない。


「……イメージ戦略を変えましょう」


 私は、部屋のソファでファッション誌を読んでいた女性に目を向けた。


「ミナさん」


「はいはい! 何かしらCFO? まさか『ボーナス支給』のお知らせ?」


 元・聖女ミナ。

 かつてはSランク勇者パーティの聖女だったが、脱税で逮捕され、どん底を見た後に魔王軍へ再就職。


 現在はちゃっかり「株式会社デーモン・ホールディングス広報部・専属タレント」の座を勝ち取り、「ここは残業代も出るホワイト企業よ!」と鼻息荒く働いている。


 その貪欲さと、転んでもただでは起きない図太さは、今の魔王軍に必要な「生命力」そのものだ。


「ボーナスに近い話ですよ。……貴女が、会社の『顔』になりなさい」


「はぁ? 私が?」


 ミナは雑誌を閉じ、呆れたようにため息をついた。


「言っておくけど、私の世間体イメージ最悪よ? 『脱税聖女』なんて看板出したら、投資家から石を投げられるのがオチじゃない」


 彼女は自分の商品価値を冷静に理解している。

 だが、私は首を横に振った。


「逆です。ヴォルカノスのような『怖い魔王軍』のイメージを払拭するには、貴女のような『元聖女』というブランドと、可憐なルックスが必要なのです」


「炎上商法ってこと?」


「ええ。次の説明会から、プレゼンターは貴女です。

 投資家たちに、その得意の『猫被り』で、『私たち、クリーンな会社に生まれ変わりました♡』と訴えてください」


「んー……リスク高いわねぇ。石を投げられる危険手当、ちゃんと出るんでしょうね?」


 ミナが値踏みするような視線を送ってくる。

 私はニヤリと笑い、一枚のカタログを提示した。


「成功報酬として、特別経費を認可します。……『エルフ・メゾン』の新作バッグなんてどうですか?」


 ピクッ。

 ミナの欲望センサーが反応した。


「……限定色のクロコ?」


「ええ。もちろん経費で」


「乗ったわ!」


 ミナは即座に立ち上がり、髪をかき上げた。

 その表情は、先ほどまでの計算高い顔から、慈愛に満ちた「聖女」の顔へと一瞬で切り替わっていた。


「任せなさいよ。私、パパ活……じゃなくて『ファンサービス』で、おじ様たちを転がすのは得意なんだから。チョロい投資家どもなんて、涙の一つも見せればイチコロよ」


「……頼もしいですね(色々な意味で)」


 ミナが不敵に笑う。

 ホワイト企業の好待遇と、ブランド品の餌。この二つがあれば、彼女は最強の広報マンになる。

 これで「ガバナンス(見かけ上の安心感)」は確保できる。


 だが、失った信用の回復には、まだ足りない。

 私は窓の外、人間界の方角を見据えた。


「イメージアップだけでは限界があります。

 ……やはり、アレを投入するしかありませんね」


 実弾。

 すなわち、圧倒的な「利益」を生み出す新サービス。


「アリス。アプリ『勇-Shareユーシェア』の開発状況は?」


「うん! いつでもリリースできるよ!」


「よし。

 次の手は、冒険者ギルドへの直接攻撃です。

 実利で黙らせれば、投資家たちも戻ってくるでしょう」


 私は眼鏡を光らせた。

 役員の不祥事は、圧倒的な業績でカバーする。それがCFOの仕事だ。


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

───────────────────

信用回復の切り札として、ついにリリースされた冒険者直結アプリ『勇-Share』。

石版一つでクエストを受けられる便利さと、「手数料5%」という衝撃の安さに、若手冒険者たちが殺到する。


「えっ、ギルドを通さないだけで、こんなに稼げるの!?」


次回、第52話『アプリ『勇-Share』リリース』。

ギルドの崩壊は、魔導端末の通知音から始まる。

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マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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