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第50話 最強の敵は「法律」。ヴァイパー再び ~その「世界征服」という経営理念、上場審査で落ちますよ~

 地底証券ゴブリン・サックスを主幹事に迎えてから数日後。


 魔王城のCFO(最高財務責任者)室は、上場準備(IPO)の書類作成という、地味かつ過酷な戦場と化していた。


「クリフぅ〜、この『有価証券届出書』の項目多すぎない? 『事業のリスク』だけで辞書みたいになってるよ」


 アリスが山積みの羊皮紙に埋もれながらボヤく。

 私も、三台の魔導計算機マジック・カリキュレーターを同時に叩きながら答えた。


「我慢してください。ここを乗り越えれば、我々は公的な『株式会社』として認められるのです」


 上場審査。それは、企業が社会の公器としてふさわしいかを問われる「試験」だ。

 財務状況、ガバナンス、そしてコンプライアンス。

 一つでも不備があれば、容赦なく落とされる。


 その時だった。

 部屋の空気が、ドス黒い紫色に染まった。

 殺気ではない。もっと冷たく、重苦しい……「法的拘束力」を伴う圧力だ。


「失礼しますよ、クリフさん。……いえ、今は『上場申請代理人』とお呼びすべきでしょうか?」


 ドアが音もなく開いた。

 そこに立っていたのは、細身のスーツに身を包んだ、蛇のような目をした男。

 その手には、分厚く輝く書物が抱えられている。


 私は手を止め、眼鏡の位置を直した。


「……お久しぶりですね、ヴァイパー。刑務所の居心地はいかがでしたか?」


 かつて私と戦い、敗北した悪徳弁護士。

 ヴァイパーは、相変わらずの人を食ったような薄笑いを浮かべ、部屋に入ってきた。


「最悪でしたよ。お陰様で、私は以前申し上げた通り司法取引(リ・ブローカー)に応じました。現在は王国財務省・特別顧問兼、上場審査委員会の『コンプライアンス担当』を拝命しております」


「なるほど。毒を持って毒を制す……王国も考えましたね」


 かつての犯罪者が、今や「法の番人」として私の前に立っている。

 これほど厄介な敵はいない。彼は、私の「手口」を知り尽くしているからだ。


 ヴァイパーは、手に持っていた輝く書物――聖法全書(ホーリー・コード)をデスクにドスンと置いた。


 その本から放たれる神聖かつ威圧的な魔力が、私の作成した書類を鎖のように縛り付ける。


「単刀直入に申し上げましょう。貴社の『上場予備審査』ですが……」


 彼が指を鳴らす。

 聖法全書(ホーリー・コード)がパラパラとめくれ、不吉な宣告を告げた。


「法の名において却下する。――【異議あり(オブジェクション)】」


 ガギィィィン!!

 金属音と共に、私のデスクに「不承認(REJECT)」の焼き印が押された書類が叩きつけられた。


「……理由は?」


「これですよ」


 ヴァイパーは、呆れたように魔王軍の『定款(会社の憲法)』を指差した。

 その第一条、経営理念の欄だ。


【経営理念:世界征服】


「……何か問題でも?」


「大ありです! 品がないですねぇ」


 ヴァイパーが肩をすくめる。


「『世界征服』とは何ですか。これは国家転覆罪および侵略戦争の予告に他なりません。

 王国の証券取引法、および公序良俗に著しく反します。

 こんなテロリストの宣言を掲げた企業を、上場させられるわけがないでしょう!」


 正論だ。

 ぐうの音も出ないほどの正論である。

 隣でアリスが「あちゃー」という顔をしている。


 だが、私は動じなかった。

 静かにコーヒーを啜り、ヴァイパーを見据える。


「……ヴァイパーさん。貴方は法律家としては優秀ですが、ビジネスマンとしては二流ですね」


「何だと?」


「『世界征服』という言葉を、物理的な侵略としか解釈できないとは。想像力が貧困です」


 私は指を鳴らした。

 空中にホログラムのキーボードが出現する。


「いいですか。以前、貴方は私に言いましたね。『詭弁でも、通ればそれが真実になる』と。

 ……現代のビジネスにおいて、言葉とは『定義』次第でどうとでもなるのです」


 私は定款のデータを呼び出し、猛烈な勢いでタイピングを開始した。


「我々の言う『世界征服』とは、武力による支配ではありません。

 全世界の顧客に対し、圧倒的なサービスを提供し、市場シェアを独占すること……。

 すなわち、法的にはこう定義されます」


 私がエンターキーを叩くと、定款の文字が書き換わった。


【経営理念:グローバル・マーケット・シェアの圧倒的拡大による、ステークホルダーの幸福最大化】


 ヴァイパーが目を見開く。


「なっ……!?」


「どうです?

 『世界』を『グローバル・マーケット』に。

 『征服』を『シェア拡大』に。

 『支配』を『幸福最大化』に言い換えました。

 ……これなら、どこのグローバル企業でも掲げている、極めて健全なスローガンでしょう?」


 ヴァイパーは絶句し、慌てて聖法全書(ホーリー・コード)のページをめくった。

 紫色のオーラが文字の上を走査するが……警告反応アラートは出ない。


「……くっ。条文上の違法性は……検出されない……だと?」


「中身などどうでもいいのです。重要なのは『文言テキスト』が法に適合しているかどうか。

 ……違いますか、元弁護士先生?」


 かつて彼が私に放った言葉を、そのままお返しする。

 ヴァイパーのこめかみに青筋が浮かんだ。

 彼はギリと歯噛みすると、バタンと聖法全書(ホーリー・コード)を閉じた。


「……チッ。相変わらず、可愛げのない男だ」


「お褒めいただき光栄です」


「いいでしょう。定款の変更は認めます。……ですが」


 ヴァイパーは帰り際、蛇のような冷たい視線を投げかけた。


「これは前哨戦に過ぎませんよ。

 次は、貴社の『役員』と『資産』について、徹底的に監査させていただきます。

 ……特に、あの火を噴くトカゲと、地下に隠している『人権侵害の塊』についてはね」


 彼は不敵な笑みを残し、紫色の霧と共に姿を消した。

 部屋に残された「法的圧力」の余韻が、重くのしかかる。


「……ふぅ。やれやれ」


 私は眼鏡を外し、目頭を押さえた。

 物理攻撃ならガントが防いでくれる。だが、この手の攻撃は私が全て受け止めるしかない。


「ねえクリフ。今の言い換え、パパ(魔王)が聞いたら怒るんじゃない?」


 アリスが心配そうに尋ねる。

 私は即答した。


「大丈夫です。『横文字にしただけで、意味は同じです(嘘)』と説明しておきますから」


 だが、ヴァイパーの最後の言葉が気になる。

 役員の監査。


 ……まずい。うちには一人、口を開くだけで株価を暴落させる「コンプライアンスの爆弾」がいる。


「アリス。緊急役員会議を招集してください。

 ヴォルカノスに、社会のルールを叩き込みます」


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

―――――――――――――――――――

なんとか書類審査を通過しかけた魔王軍。

だが、次の壁は「機関投資家への説明会ロードショー」だった。

質疑応答に立ったヴォルカノスが、投資家の質問に「火炎」で答えそうになる。


「我輩の経営方針に文句がある奴は、全員灰にしてやる!」


次回、第51話『ヴォルカノスの失言と公募割れの危機』。

役員が「燃やす」と言っただけで、調達予定額が8兆マナ飛びました。

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マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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