第5話 租税回避ダンジョンと、王立国税局(マルサ)の魔女 ~勇者様、そのブランドバッグは「雑所得」ですので没収対象です~
クリフ監査事務所(という名の魔王城の一室)。
モニターには、勇者が提出したばかりの「確定申告書」のコピーが映し出されていた。
「……酷いですね。小学生の計算ドリル以下だ」
私は呆れて眼鏡を拭いた。
画面には、赤字で無数のチェックマークが書き込まれている。
[聖暦1024/10/10 10:00] |確定申告監査ログ《TAX_RETURN_AUDIT》
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申告者: 勇者アルヴィン(屋号: ソウル・ブレイブ)
監査結果: 【E-Rank / 重度欠陥あり】
▼ 経費否認チェック(Expenses Denied)
1. 研修費: 200万
→ 【全額否認(私的流用)】
2. 消耗品費(ブランド品): 150万
→ 【全額否認(贅沢品)】
3. 福利厚生費(カジノ負け分): 200万
→ 【全額否認(賭博は経費外)】
▼ 課税所得の修正推移(Taxable Income)
[Reported ] ▓
(0 Mana / 赤字申告)
↓
[Corrected] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
【5,000,000 Mana / 黒字化】
判定: 【重加算税対象《Heavy Penalty》】
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隣でキーボードを叩いているアリスが、エナジードリンクを飲みながら補足する。
「しかも、表向きは『赤字』にしてるけど、裏では資金移動してるよ。ここ数日、アルヴィンの口座から、海外の『租税回避ダンジョン』にあるペーパーカンパニーへ、大量のマナが送金されてる」
画面上の地図に、赤い送金ルートが表示される。
行き先は、公海の孤島にある『第7オフショア迷宮』。
ここは王国の税法が及ばない無法地帯で、多くの悪徳貴族や商人が隠し資産を保管している場所だ。
[System Alert] |不正送金検知ログ《MONEY_LAUNDERING_DETECTED》
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Source: 勇者アルヴィン個人口座
Dest: 第7オフショア迷宮(Shell Company)
▼ 資金移動フロー
[Domestic] ▓
(50 Mana / 残高偽装)
↓
[Offshore] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
【400,000,000 Mana / 隠し資産】
判定: 【租税回避《Tax Evasion》】
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「なるほど。スポンサーを切られたから、隠し財産を持ち逃げする気ですね」
私はニヤリと笑った。
「甘い。王国の税法は及ばなくても、『国税局』の執念は地の果てまで届くんですよ」
◇
同日 14:00。
王立国税局・特別査察部(通称:マルサ)。
重厚な石造りの建物。その地下にある薄暗い取調室のような部屋に、私は通された。
机の向こうに座っているのは、喪服のような黒いドレスを纏い、左目に【片眼鏡】をかけた初老の女性。
彼女こそ、「王都の吸血鬼」と恐れられる伝説の査察官、ヒルダ統括官だ。
「……ふん。あんたがタレ込み屋のクリフかい?」
ヒルダは私の出した「裏帳簿」と「海外送金ログ」を、獲物を狙う鷹のような目で見つめた。
彼女のモノクルが怪しく光る。
彼女には【脱税視】という、隠された金が「汚れた色」に見えるスキルがあるという噂だ。
「勇者アルヴィン。若いくせに派手にやってるねぇ。こりゃあ、脱税額は推定4億マナ……いや、重加算税を含めりゃ5億はいくね」
「ええ。これだけの証拠があれば、令状(ガサ入れ許可証)は取れますか?」
「愚問だね」
ヒルダが机をバン! と叩くと、部屋の空気がビリビリと震えた。
「あたしゃね、魔王よりも『脱税者』が憎いんだよ。国民の血税を私利私欲に使う奴は、地獄の釜で煮ても飽き足らない」
彼女は立ち上がり、背後の壁にかかっていた真紅のコートを羽織った。
「総員、出動準備! ターゲットはSランク勇者パーティの『アジト(豪邸)』だ! 金目の物はフォーク一本残さず差し押さえな!」
「「「イエッサー!!!」」」
部屋の外で待機していた屈強な査察官たち――全身を黒い鎧で覆った「重装税務騎士団」が一斉に敬礼した。
◇
同日 16:00
王都高級住宅街、勇者邸。
「くそっ、なんで俺がこんな目に……。おいミナ、荷造りはまだか! 高飛びするぞ!」
武器を失い、金も減ったアルヴィンは、屋敷の中でパニックになっていた。
聖女ミナも、大量のブランドバッグを魔法の鞄に詰め込んでいる。
「待ってよアルヴィン様! 服が入りきらない!」
その時。
ドガァァァン!!
屋敷の正門が、魔法障壁ごと爆破された。
「な、なんだ!? 魔王軍の襲撃か!?」
アルヴィンが窓から外を覗くと、そこには絶望的な光景が広がっていた。
屋敷を取り囲む数百人の黒い騎士たち。
そして、拡声器を持ったヒルダ統括官の声が響き渡る。
『王立国税局だ! 勇者アルヴィン、貴様には国税徴収法違反(脱税)の容疑がかかっている! ドアを開けろ! 開けないなら魔法で焼くぞ!』
「こ、国税局ぅぅ!? なんで!?」
アルヴィンが裏口へ逃げようとした瞬間、窓ガラスが割れ、数名の査察官が突入してきた。
「動くな! 公務執行妨害で拘束する!」
「ちょ、待て! 俺は勇者だぞ! 王族とも知り合いだぞ!」
「知るか! 税の前では、王様もスライムも平等だ!」
査察官たちは手際よく、屋敷中の物品に【赤紙】を貼っていく。
この赤紙は魔法的な拘束力を持ち、貼られた物は所有権が国に移り、二度と動かせなくなる。
高級家具、絵画、魔導テレビ、そして――。
「いやぁぁ! 私のバッグ! パパ活……じゃなくてファンからのプレゼントなのに!」
ミナが抱えていたブランドバッグにも、容赦なく赤紙が貼られた。
「はい、これも所得隠しねー。贈与税の申告してないでしょ? 没収!」
◇
屋敷の外。
野次馬に混じって、私とアリス、そして警備員となったガントはその様子を眺めていた。
アルヴィンとミナが、手錠をかけられて連行されていく。
勇者の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
私の手元の石板には、勇者の「社会的死」を告げる最終ログが表示されていた。
[聖暦1024/10/10 16:30] |強制執行・差押ログ《SEIZURE_EXECUTION_LOG》
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対象: 勇者アルヴィン & 聖女ミナ
執行事由: 国税徴収法違反(脱税総額5億マナ)
▼ 資産状況(Total Assets)
[Before] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
(400,000,000 Mana + Mansion)
↓
[After ] ▓
【0 Mana (Confiscated)】
▼ 社会的ステータス
[Status] 【逮捕・容疑者(Suspect)】
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「……終わりましたね」
ガントが呟く。
「ああ。家も、金も、名誉も失った。これでもう、再起は不能だろう」
アリスが石板を操作し、SNSのトレンド画面を見せる。
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[Trend Topics]
1位:#勇者逮捕
2位:#脱税5億
3位:#ざまぁ
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「世論も完全に敵に回った。……これで、私の『個人的な復讐』は完了です」
私は眼鏡を外し、ふぅと息を吐いた。
肩の荷が下りた気がする。
だが、その時。
私の石板に、一件の「新規依頼メール」が届いた。
差出人の名前を見て、私は息を呑む。
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差出人: 匿名希望(ギルド経理部・内部告発者)
件名: 【極秘】勇者アルヴィンの脱税指南役である「ギルド幹部」について
クリフ様
アルヴィンの脱税スキームは、彼一人の知恵ではありません。
彼を利用し、裏金を吸い上げていた「黒幕」がギルド上層部にいます。
どうか、この腐敗した組織に『外部監査』を入れていただけませんか?
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「……なるほど」
私は眼鏡をかけ直し、ニヤリと笑った。
どうやら、私の「定時退社ライフ」を邪魔する巨悪は、まだ残っているらしい。
「アリス、ガント。残業が発生します。もちろん、『休日割増』で」
「えー、残業ー?」
アリスが露骨に嫌そうな顔をするが、次の瞬間、瞳を輝かせた。
「……でも、割増手当が出るなら、あの『限定・魔界プリン(1個3000マナ)』も経費で落ちる?」
「ええ。福利厚生費で落としましょう」
「よし、承認! やろうクリフ!」
「へっ、俺も望むところだ!」
ガントも力強く拳を鳴らす。
最強の監査チームは、次なるターゲットへ照準を合わせた。
「どうやら、まだ『店じまい』とはいかないようですからね」
(続く)
【次話予告】
勇者逮捕のニュースが世界を駆け巡る中、冒険者ギルドは「すべて勇者の独断」とトカゲの尻尾切りを画策していた。
腐敗した組織の闇に、会計士クリフが「内部監査」という名のメスを入れる!
次回、『その接待交際費、誰と飲みに行きましたか?』
ギルド支部長、震える。
***
クリフ: ……以上をもちまして、本日の定例報告を終了します。 ここまでの我々の業務遂行にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
最後にお願いがございます。 もし、これまでの「勇者の没落」という名の物語にご満足いただけているのであれば、画面下部の『感想』の提出、あるいは『☆』による事業評価をいただけますと幸いです。
皆様から寄せられた評価データは、私クリフが責任を持って監査させていただきます。
……それでは、定時ですので失礼いたします。




