表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/76

第44話 帳簿の修正(ロールバック) ~魔法ではなく、実務的な「送信取消」~

 聖教国エリュシオン、大聖堂の地下深く。

 そこは、厳重なセキュリティゲートに守られた「中央銀行ホストルーム」だ。


 ひんやりとした冷気が漂う巨大な空間。

 壁一面に並ぶ魔導サーバーが、規則的な明滅を繰り返している。


「……ここが、この国の心臓部か」


 ガントが物珍しそうに周囲を見回す。

 その背中には、役目を終えた赤錆びたマンホール盾が背負われている。


「ええ。ここにあるメインサーバーが、聖教国の全ての決済、送金、そして資産データを管理しています」


 私は埃を払い、中央のコンソールデスクにノート型魔導端末を接続した。

 隣では、アリスが既に猛烈な勢いでキーボードを叩いている。


「アリス、状況は?」


「セキュリティはザルだね。キョウヤの奴、外側の演出ばっかり気にして、内部の守りはスカスカ。……侵入ログイン、成功!」


 タンッ!


 アリスがエンターキーを叩くと、空中に無数のウィンドウが展開された。

 表示されたのは、膨大な数字の羅列――この国の「裏帳簿」だ。


「うわ……真っ赤だね」


 アリスが呆れた声を出す。


「国庫の残高、ほぼゼロ。

 その代わり、タックスヘイブン(租税回避地)への巨額送金ログが山のようにあるよ」


 アリスが画面を指差す。

 そこには3,200億マナもの巨額資金が、海外のペーパーカンパニーへ向けて送金処理されているログが表示されていた。


 さらに、デーモンHDの5,000億マナも同様に「没収・海外送金」の処理がなされている。


「……終わったか。一足遅かったか」


 ガントが絶望的な声を上げる。送金が完了していれば、取り戻すのは不可能だ。


 だが、私は画面上のステータスバーを睨みつけ、眼鏡の位置を直した。


「いいえ、まだです。……アリス、その送金の『ステータス(処理状況)』を確認してください」


「え? あ、うん。……えっと、『Processing(処理中)』……?」


「やはり」


 私は口元を緩めた。


「国際送金は、ボタンを押せば瞬時に届くメールとは違います。

 複数の経由銀行と承認プロセスを通るため、着金まで通常2営業日(T+2)はかかる」


 私はガントに向き直った。


「ましてや、今は取り付け騒ぎとSWIFT排除の影響で、回線がパンクしています。

 キョウヤは送金指示を出しましたが、データはまだこのサーバーの『送信待ちキュー(送信トレイ)』に詰まっている状態です」


「そ、それってつまり……」


「ええ。まだ郵便ポストに投函される前、玄関に置いてある状態です」


 皮肉な話だ。キョウヤ自身が引き起こした金融パニックによる回線遅延が、結果として彼の逃走資金を足止めしていたのだ。


 私はアリスに指示を出した。


「アリス。難しいハッキングは必要ありません。

 管理者権限で、その送信待ちデータを『物理削除』しなさい」


「なーんだ、そういうこと! それなら簡単!」


 アリスがキーボードを叩く。

 魔法のような「時間の巻き戻し」ではない。

 ただの事務的な「送信キャンセル」だ。


 カチッ、カチッ、ターンッ!


【送金キュー:8,200件削除完了】

【処理ステータス:中止(Void)】


 その瞬間、画面上の「送金中」だった資金が、行き場を失って元の口座――すなわち国庫とデーモンHDの口座に「戻った」表示になった。


「……完了だよ。

 キョウヤが必死に打ち込んだ送金予約、全部ゴミ箱に捨ててやった」


 アリスが最後のエンターキーを叩くと、全てのウィンドウが閉じられ、一つのシンプルな残高画面だけが残った。


1. 【デーモンHD口座(凍結解除):500,000,000,000 マナ】

2. 【聖教国・国庫(回収分):320,000,000,000 マナ】


「完璧です、アリス」


 私は満足げに頷いた。

 これで、凍結されていた5,000億マナを取り戻した。


 そして、画面に残るもう一つの数字――3,200億マナ。

 これはキョウヤが国民から巻き上げ、私腹を肥やしていた「聖教国の富」そのものだ。


「へっ、すげぇ額だ……。なぁ大将、この3,200億も俺たちの懐に入れていいのか?

 泥棒の金を盗んでも罪にはならねぇだろ?」


 ガントが目を輝かせるが、私は静かに首を横に振った。


「いいえ、ガント。それをやれば我々もただの強盗です」


 私は眼鏡の位置を直し、手元の端末を操作した。


「ご安心を。市場に溢れていた『紙屑同然の国債』は、すでに余った小銭で全て買い占めておきました」


「は? 紙屑を買ってどうすんだよ?」


「これで、我が社は聖教国に対する『最大債権者オーナー』になったということです」


 私は画面上の国庫3,200億マナを指で囲った。


「この国は破産しました。借金を返せない債務者(国)の資産は、誰のものになると思いますか?」


「……あ! 金を貸してる奴のものか!」


「ご名答。

 私は最大債権者としての法的権利を行使し、この隠し財産3,200億マナを『管財人』として管理下に置きます」


 これぞ、合法的な国盗り。

 武力でも略奪でもなく、「債権」という鎖で国を縛り上げたのだ。


「名目は『復興支援』ですが、実質的には……『この国の財布の紐を握った』ということです」


 ガントが呆気に取られた顔をする。


「おいおい……それってつまり、実質的にこの国を乗っ取ったってことじゃねぇか!」


「人聞きの悪い。『M&A(友好的買収)』と言ってください」


 自社の資金5,000億マナ。

 海外口座にある空売り益3,000億マナ。

 そして管理下に置いた聖教国の予算3,200億マナ。

 合計、1兆1,200億マナ。


 この圧倒的な資本力があれば、聖教国を「魔王軍の優良子会社(経済植民地)」として作り変えることなど造作もない。


 私は立ち上がり、回収したデータを保存した魔導メモリをポケットに入れた。


「さあ、行きましょう。

 金の計算(BSの整理)は終わりました。

 次は……経営陣の刷新、すなわち『人』の処分リストラの時間です」


 地下から地上へ。

 そこには、拘束された元経営者・キョウヤと、今後の身の振り方を待つアルヴィンたちが待っているはずだ。


 残り時間、あと6日と12時間。

 魔王城の電源が落ちる前に、全てを終わらせて帰還しなければならない。


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

―――――――――――――――――――

国の全権を握ったクリフによる、冷徹な戦後処理が始まる。 キョウヤに突きつけられたのは、懲役刑ではなく300年の労働契約。

そしてアルヴィンには、まさかの「定年退職」と「再雇用」が告げられる。

「おめでとうございます。貴方を『永久機関』として採用します」


次回、第45話『債務整理リクイデーション

新・生体フィルター、導入のお知らせ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ