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第31話 異端認定と経済制裁(SWIFT排除)。最強のCFO、無一文になる ~貴方の通貨(マナ)は、ここでは「汚れた石ころ」です~

 大陸中央部に位置する、世界最大の宗教国家『聖教国エリュシオン』。

 その首都に足を踏み入れた瞬間、私は眉をひそめた。


 目が痛い。

 視界の全てが、過剰なまでに「白」かった。


 白亜の城壁、白大理石の舗装路、そして街の中央にそびえ立つ、天を衝くような巨大な純白の大聖堂。

 太陽光が反射し、直視するだけで眼球が焼かれそうだ。


「うわぁ……。なんか、キラキラしすぎてて落ち着かないね」


 隣を歩くアリスが、フードを目深に被り直しながら呟く。

 彼女は現在、いつもの魔王軍の制服ではなく、地味な旅人のローブを纏っている。



「我慢してください、アリス。今回はあくまで『市場調査』……いえ、慰安旅行のようなものですから」


 私はスーツ姿のまま、銀縁眼鏡の位置を直した。

 魔王軍の株式会社化から半年。


 我々の経済圏は拡大を続け、ついにこの大陸最大の「未開拓市場ブルーオーシャン」である聖教国への視察を決行したのだ。


「へっ、それにしても警備が厳重だな。街中が『信者』だらけだ」


 護衛のガントが、周囲を警戒しながら歩く。

 道行く人々は皆、胸に「聖印」のペンダントを下げ、どこか陶酔したような、幸せそうな笑顔で祈りを捧げている。


 街全体に、独特の――高揚感と閉塞感が入り混じった空気が漂っていた。


「ガント、失礼なことを言わないように。ここは『信仰』が全ての世界です。……おや?」



 大聖堂の前広場から、異様な熱気と歓声が押し寄せてきた。

 数万人の群衆が、バルコニーに立つ一人の少女を見上げている。


「――迷える子羊たちよ。神の御業みわざをご覧なさい」



 鈴を転がすような美声。

 豪奢な祭服に身を包んだ、金髪碧眼の美少女――この国の広告塔、聖女セレスティアだ。


 彼女が杖を振ると、空から金色の光の粒子が降り注いだ。

 肌に触れるとひんやりと冷たいその霧を浴びた市民たちが、次々と快哉を叫ぶ。


「おお! 腰痛が治ったぞ!」

「肌がツヤツヤに!」

「聖女様ばんざーい! エリュシオンばんざーい!」



 熱狂。陶酔。

 チャリン、ジャララ……。

 そして、群衆たちは我先にと、懐から硬貨を投げ入れ始めた。無数の金属音が広場の石畳に響き渡る。


「……あれが『奇跡』か。随分と景気のいい話だ」


 ガントが感心するが、私は冷ややかな目でその光景を見ていた。

 私の【即時監査】の目は誤魔化せない。


「……おかしいですね」


「ん? 何が?」


「あの光の粒子。……魔力構成が『回復魔法』ではありません。あれは、高濃度のポーションを霧状に散布し、光魔法で演出しているだけです」


「は? それってただの『加湿器』じゃん」



 アリスが呆れたように吐き捨てる。

 そう、これは奇跡ではない。大掛かりな舞台装置によるショーだ。

 私は確証を得るため、懐から愛用の魔導計算杖(カリキュレーター)を取り出した。


「少し、裏側の数字コストを覗かせてもらいましょうか。……即時監査リアルタイム・オーディット!」


 私は聖女に向かって、監査の光を放った。

 本来なら、これで彼女のステータスや資金の流れが丸裸になるはずだ。



 ――ガギィンッ!!



 しかし。

 私の放った監査魔法は、見えない「壁」に弾かれ、霧散した。


「なっ……!?」


 私の目の前に、真っ赤なエラーログが表示される。



[System Error] |監査拒否《ACCESS_DENIED》

──────────────────────

対象: 聖教国・会計システム

理由: 【神聖不可侵領域《Religious Black Box》】


※ エラーコード 999:

当法人の資産情報は『宗教法人法(聖法)』により保護されています。

外部からのアクセス権限がありません。

──────────────────────



「私の監査が……弾かれた? 魔法的な防御結界ではない……これは『法的な拒絶』!?」


 動揺する私の鼻腔を、不意に強烈な違和感が襲った。

 それまで漂っていた厳かな「お香」の香りを塗りつぶすような、鼻につく甘ったるい人工的な香り。



 ――スゥッ……プハァ……。



 白い煙――いや、水蒸気が、バルコニーから吐き出される。


「おやおや。神聖な場所で、無粋な計算機を叩くネズミが一匹」


 バルコニーの聖女の隣。

 いつの間にか、二人の男が立っていた。


 一人は、豪華な法衣を纏った老人――この国の最高権力者、教皇グレゴリオ。

 そしてもう一人は、教皇とは対照的な、純白のスーツを着崩した若い男だった。



 男の口元には、私が見たこともない形状の細長い棒状の喫煙具が咥えられている。

 彼がそれを燻らせるたびに、ブルーベリーガムのような甘い蒸気が、神聖な空気を汚していく。


 大きく開けた胸元にはシルバーアクセサリーが重なり合い、動くたびにチャラついた金属音を立てている。

 重力に逆らうようにセットされた派手な髪色。


 一見すると、夜の街で女性を侍らせる「遊び人」のようだが――その細められた瞳だけが、獲物を狙う獣のように冷たく濁っていた。


「ようこそ、魔王軍CFOクリフ・オーデル君。……いや、『悪徳会計士』と呼ぶべきかな?」


 男が、わざとらしい仕草で髪をかき上げる。

 その全身から漂うのは、私のような実務家とは対極にある、虚飾と享楽の気配。


「貴方は……?」


「俺の名はキョウヤ。教皇聖下の経営顧問……ま、この国の『プロデューサー』ってとこだな」



 キョウヤと名乗った男は、指先で私の監査ログを弾き飛ばす仕草をした。


「君の『監査』は通用しないよ。ここは株式会社ではない。……客(信者)をその気にさせて夢を見させる、完全なる『信用経済バブル』の世界だ」


「……私の素性を知っていて招き入れたのですか」


「もちろん。君が我々の市場を狙っていることは分析済みだ。だから――」


 教皇グレゴリオが一歩前に出て、厳かに杖を掲げた。

 その声は、広場中のスピーカーを通じて、国中へと響き渡った。


「聞け、敬虔なる信徒たちよ! そこにいる者たちは、神の恵みを数字で汚す『異端者』である!」



 ワァァァァッ!!


 群衆の目が一変する。

 信仰の喜びが、一瞬にしてどす黒い「敵意」へと変わる。


「排除せよ! 異端者を許すな!」


 石が飛んでくる。罵声が浴びせられる。

 ガントが盾を構えて私を守る。盾に石が当たる鈍い音が響く。


「おいクリフ、まずいぞ! ここは一旦退くぞ!」


「ええ……! 転移門で撤退します!」


 私は懐から、緊急脱出用の『魔封紙幣トランスファー・チケット』を取り出した。



 スカッ……。



 紙幣に魔力が吸い込まれない。

 ただの紙切れになっている。


「な……!?」


「無駄だよ」


 キョウヤの声が響く。


「たった今、我が国は魔王軍に対する【聖絶・経済封鎖(サンクション)】を発動した」


 彼は空中に、巨大なシステムウィンドウを展開した。

 それは、私が普段使っている監査ログよりも遥かに複雑で、残酷な「金融封鎖」の通告だった。



[Economic Sanction] |異端認定・資産凍結《HERESY_FREEZE》

―――――――――――――――――――

▼ 現在の資産価値

[Global] 5,000億マナ

 ↓

[Local ] 0 聖貨(価値なし)

―――――――――――――――――――



「決済網からの遮断……!? これでは、手持ちの資産が一切使えない!」


「ご名答。……俺の故郷の言葉で言えば、『SWIFT排除』ってやつさ」


 キョウヤが魔導喫煙具の紫煙を吐き出しながら、ニヤリと笑う。

 SWIFT――聞き慣れない言葉だが、その響きに含まれる冷徹な響きで、効果は直感的に理解できた。


 この経済圏における全ての取引・送金・決済ルートから、私という存在を物理的に切り離したのだ。


 こいつは……知っている。

 私と同等か、それ以上に高度な「経済知識」を持ち、それを悪用している。


 だが、今の私の立場は、ただの被害者ではない。

 聖教国中央銀行にとって、私は最大の預金者(太客)だ。


「……正気ですか、キョウヤ。私の資産5,000億マナは、貴国の銀行総資産の4割を占めているはずだ」


 私は冷静に、しかし鋭く指摘した。


「それを凍結すれば、貴方の銀行の『信用』も地に落ちる。取り付け騒ぎが起き、連鎖倒産しますよ! これは『相互確証破壊(心中)』だ!」


 そう。だからこそ、私はここに資産を預けていた。

 私が死ねば、お前たちも死ぬ。その理屈がある限り、手出しはできないはずだった。


 しかし――キョウヤは、可笑しそうに肩をすくめただけだった。


「知ってるよ。……だから何だ?

 肉を切らせて骨を断つ。……いや、『国が滅んでも、俺が勝てばそれでいい』」


 キョウヤの瞳が、爬虫類のように冷たく光った。


 合理的ではない。いや、私の想定する「国家の存続」という前提条件を、こいつは最初から捨てているのか?

 自国の経済すらも、ただの「使い捨ての武器」だと思っているのか?


「さあ、味わうがいい。金も、魔法も、信用も通じない……『経済的な死』を」


「大将! アリス嬢ちゃん! 俺の後ろだ!!」


 ガントが吼えた。

 彼は私とアリスの前に立ちはだかり、装備していたタワーシールドを地面に叩きつける。


 ガガガガガッ!!


 雨あられのように飛来する石が、ガントの盾と鎧に当たり、鈍い音を立てて砕け散る。

 だが、ガントは微動だにしない。


「へっ、この程度の石ころ、痛くも痒くもねぇよ! 俺は魔王軍の防衛隊長だぞ!」


 頼もしい背中だ。

 だが、このままではジリ貧だ。衛兵たちが槍を構えて包囲を狭めてくる。


 キョウヤの声が遠くから響く。


「魔法も使えない。金も使えない。……さあ、どうやって逃げる?」


 絶体絶命。

 その時、ガントがニカっと笑った。


「魔法が使えねぇなら……物理で強行突破だ!!」


 ガントは盾を構えたまま、猛然とダッシュした。


「どけぇぇぇッ! おらぁッ!」


 ドォォォン!!


 まるで暴走戦車だ。

 ガントの体当たりを受けた衛兵たちが、ボウリングのピンのように宙を舞う。


 包囲網の一角が、物理的にこじ開けられた。


「今だ大将! 走れ!!」


「行きますよ、アリス!」


「う、うん!」


 私たちはガントが作った血路を駆け抜けた。

 背後からは、まだキョウヤの嘲笑と、狂信者たちの罵声が響いていた。


 最強のCFOと最強の盾。

 私たちは命からがら、光り輝く聖都の「スラム」へと転がり込んだのだった。


(続く)

[System Notification] |次回予告《NEXT_PREVIEW》

―――――――――――――――――――

資産凍結(SWIFT排除)。それは最強のCFOが一瞬にして「無一文」になることを意味していた。 極寒のスラム街。凍え死ぬ寸前のクリフが、懐から取り出したのは最高額面の紙幣。

「ここでは、これが最も有意義な使い方です」


次回、第32話『10億マナの紙幣を燃やして暖を取る夜』

5,000億持っていても、パン1個すら買えない地獄が始まる。

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マニアックなネタに付いてきてくれて、ありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

地球の『受理』を以て、僕の存在を証明する。 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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