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第15話 魔王株式会社、爆誕。 ~『黄金株』を持たずに上場するのは、鎧を着ずに戦場に出るのと同じですよ~

「――というわけで。本日をもって魔王軍は『株式会社化』します」


 魔王城・大会議室。

 私の宣言に、魔王ゼノンはきょとんとした顔で首をかしげた。


「かぶしき……がいしゃ? なんだそれは? 新しい必殺技か?」


「いいえ。組織形態のことです」


 私は手元の石板スレートを操作し、壁面の巨大な魔導スクリーンに文字を投影した。


『株式会社デーモン・ホールディングス(Demon Holdings Co., Ltd.)』


「これまでのような『魔王と手下』という関係ではなく、法に基づいた組織にすることで、人間界の企業とも対等に取引が可能になります。そして何より――」


 私は眼鏡を光らせた。


「『株式』を発行することで、外部の富裕層から莫大な資金調達が可能になるのです」


「おお! 資金調達! それは良い響きだ!」


 ゼノンが単純に喜ぶ。だが、私は釘を刺すのを忘れなかった。


「ただし、出資者(株主)を招き入れるということは、《魔王様の決定権が脅かされるリスク》もあるということです。……さあ、最初の交渉相手がお見えですよ」


 ◇


 通された応接室には、濃厚な香水の香りが漂っていた。

 深紅のドレスに身を包み、グラスに入った赤い液体(※トマトジュースです)を優雅に揺らしている美女。


 魔界屈指の資産家、『鮮血の女帝』カーミラだ。


「あら、ごきげんようゼノンちゃん。お金に困ってるんですって?」


「む、むう……。カーミラ殿、今日は出資の相談に乗っていただき感謝する」


 ゼノンが緊張した面持ちで頭を下げる。

 カーミラは妖艶な笑みを浮かべ、テーブルに脚を組んで座った。


「いいわよ。貴方の軍団、最近『DX』とやらで勢いがあるみたいじゃない。……100億マナ、ポンと出してあげる」


「ひゃ、100億!? 本当か!?」


 ゼノンが椅子から転げ落ちそうになる。

 だが、カーミラは扇子で口元を隠し、意地悪く目を細めた。


「ただし、条件があるわ」


「じょ、条件とは?」


「一つ。《発行済み株式の51%を私が持つこと》。つまり、経営権は私がいただくわ」


「なっ……!?」


「そしてもう一つ。……社員の制服を、全員私の趣味である『ボンテージ(革の拘束衣)』に変更すること。もちろん、ゼノンちゃん、貴方もよ♡」


「ぶふっ!? ぼ、ボンテージだとぉぉぉ!?」


 ゼノンが絶叫する。


 想像してしまったのだろう。ごつい魔物たちが、ピチピチの革衣装に身を包んで戦う地獄絵図を。


「そ、そんな破廉恥な……! しかし100億マナがあれば、世界征服も夢ではない……ぬぐぐぐ……!」


 金か、尊厳か。

 魔王が苦渋の決断を迫られ、プルプルと震えている。

 カーミラは勝利を確信したように微笑んだ。


「さあ、どうするの? 契約書にサインなさい。今なら首輪もつけてあげる」


「お断りします」


 冷徹な声が、ピンク色の空気を切り裂いた。

 私が、魔王とカーミラの間に割って入る。


「あら? 誰かしら、この眼鏡のボウヤは。……CFO風情が、次期オーナーである私に口答え?」


 カーミラから放たれる凄まじい殺気プレッシャー


 並の人間なら即死するレベルの威圧だが、私は涼しい顔で手元の石板スレートを操作し、空中に巨大なチャートを展開した。


「カーミラ様。貴方の提示した条件は、当社の『企業価値バリュエーション』を著しく過小評価しています」


「は? 何を言って……」


「先日のDX化により、当社の利益率は400%向上しました。現在の企業価値は2000億マナを超えています。……つまり」


 私はチャートを指差した。



[聖暦1026/10/15] |資本政策シミュレーション《CAP_TABLE_SIM》

───────────────────

現在の企業価値:2,000億マナ


【Case 1】カーミラ様の要求(100億マナ出資)

※時価総額を無視した不当な要求


[ゼノン(魔王)]

■■■■■□□□□□

49.0%(980億マナ相当)

(経営権喪失・ボンテージ着用義務)


[カーミラ(株主)]

■■■■■□□□□□

51.0%(1,020億マナ相当)

【経営支配権・獲得】


  ↓

  ↓


【Case 2】適正な企業価値に基づく試算

※クリフCFOの提示条件


[ゼノン(魔王)]

■■■■■■■■■□

95.0%(1,900億マナ相当)

(経営権維持・服装の自由)


[カーミラ(株主)]

■□□□□□□□□□

5.0%(100億マナ相当)

【種類株式:議決権なし・配当優先】

───────────────────



「ご覧の通り。貴方の100億マナでは、せいぜい《5%》の株しか渡せません」


「なっ……! ご、5%ですって!? ふざけないで!」


 カーミラが激昂し、ワイングラスを握りつぶす。


「さらに今回発行するのは《議決権制限株式(種類株)》です。配当は優先的に支払いますが、経営への口出しは一切無用。……つまり、『金は出すが口は出すな』ということです」


「き、貴様ぁぁぁ! 私を誰だと思っているの! そんな条件、飲むわけないでしょ!」


「そうですか? 残念です」


 私は鞄から別の資料を取り出した。


「実は、ダークエルフの『黒森林商会』や、ドワーフの『鉄山銀行』からは、この条件でも出資したいと打診を受けていましてね。……今回は『古き良き友』である貴方に優先交渉権を差し上げたのですが」


「……っ!?」


 カーミラの動きが止まる。

 魔王軍のDX化による急成長は、魔界の投資家たちの間で噂になっていたのだ。この機を逃せば、莫大なリターンをみすみす他社に奪われることになる。


「ぐ、ぬぬぬ……。こしゃくな眼鏡ね……」


 カーミラはギリギリと歯ぎしりをし、私を睨みつけた。

 だが数秒後、彼女はふぅーっと息を吐き、妖艶な笑みに戻った。


「いいわ。……その度胸と計算高さ、気に入った」


 彼女は懐から、さらに分厚い小切手帳を取り出し、サラサラとペンを走らせた。


「100億マナとは言わないわ。《500億マナ》、出資してあげる」


「ご、五百億ぅぅぅ!?」


 ゼノンの目が飛び出る。

 カーミラは私に向かってウィンクを投げかけた。


「その代わり、株式の《25%(第2位株主)》を寄越しなさい。種類株でいいわ。……これだけの資金があれば、貴方たちはもっと自由に暴れられるでしょ?」


「……フッ、そこまで評価していただけるとは光栄です」


 私は計算機を叩き直し、新たな契約書を提示した。

 500億マナ。これだけあれば、魔王軍の財務基盤は盤石になる。


「交渉成立ですね。ようこそ、株式会社デーモン・ホールディングスへ」


 こうして、魔王軍は最強のパトロンを手に入れた。

 ゼノンも「ボンテージを着なくて済んだ!」と胸を撫で下ろしている。


 ◇


 調印式を終えた後。

 安堵して玉座に沈むゼノンに、私は一枚の書類を渡した。


「ゼノン様、これも持っていてください」


「ん? なんだこれは。『黄金株ゴールデン・シェア』?」


「はい。これは《何があっても拒否権を発動できる特権株》です。カーミラ様のような大株主が現れた今、万が一、敵対的買収テイクオーバーを仕掛けられても、これさえあれば貴方の社長の椅子は守られます」


「おお、クリフ! やはりお前は余の守護神だ!」


 魔王が涙目で抱きついてくる。私はそれを軽く受け流し、眼鏡を直した。

 鎧を着ずに戦場に出るような真似はさせない。それがCFOの務めだからだ。


 ◇


 一方、その頃――。

 薄暗い地下ダンジョンの奥深く。


「おい、ここのカビ掃除まだ終わらないのかよ!」


 元勇者アルヴィンが、デッキブラシ片手に悪態をついていた。


 借金返済のために、ギルドで紹介された高額バイトに応募したのだが、その内容は過酷な清掃業務だった。


「ひぃひぃ……。で、でもアルヴィン様、この依頼主、すごくホワイトですわよ」


 聖女ミナが、支給された『冷えたスポーツドリンク』と『有給休暇の案内』を見て目を輝かせている。


「依頼主の名前は……えっと、『(株)デーモンHD』? 聞いたことない会社だけど、弁当も出るし残業代も出るなんて……。魔王軍も見習えってんだ」


 アルヴィンは支給された高級弁当を貪り食いながら、涙を流した。


 彼らはまだ知らない。

 自分たちが働いているその会社こそが、憎き魔王軍の関連子会社であることを。


(第3章 完)

【次章予告】

ここまでのご愛読ありがとうございます。

魔王軍はついに『株式会社デーモン・ホールディングス』となり、潤沢な資金(500億マナ)を手に入れました。しかし、会社が大きくなれば、新たな問題が発生します。それは――『圧倒的な人手不足』。


クリフ「事業拡大のためには、優秀な人材モンスターが必要です。……よし、採用だ」

アリス「ねえクリフ、パパが『社長室に等身大アリスのブロンズ像を置きたい』って言ってる」

クリフ「却下です。そんな予算があるなら求人広告を出します」


次回より、第4章『人材獲得競争とビジネス戦争編』がスタート!

まずは第16話、『魔王軍の合同会社説明会、倍率300倍の大盛況』

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