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嘘吐きと取り引きを!(後は悪魔君とそのお母さんの毎日の過ごし方)

よろしくお願いします!

(過去に別の場所で別の名前で載せてもらった作品です)






 死者の魂が次の生を受けるまでの期間、仮の体をもらって過ごす場所。

 天国とも地獄とも呼べるそこに、オレは生まれた時からいた。

 それはオレの母親が生きている時にこちらの世界に移ってきたからだ。

 普通、生きている者はこっちには来られない。

 その存在に気付くこともない。

 ところがオレの母親は変な女で、昔から視ることができた上に、こっちの世界の住人の男と恋に落ち、自分の生まれた世界を捨てて男に連れられるままここに移住してきてしまった。

 その男がオレの父親なわけだが、わけあって今はここにいない。

 それはともかく。

 生きている母、死者である父。

 その間に生まれたオレは、生きているとも死んでいるとも言えない、中途半端な存在なのだった。




 いわゆる死者の世界といっても、だから重要じゃないという事実はない。

 表と裏のように、こっちが表なら向こうが裏になる。

 実際、魂にふさわしい形で体を与えられ、本当の姿になるこっちの世界のほうが重要だという見方も存在する。

 ここに住む人たちは、時の止まったようなそこで大抵が退屈していて、みんな自分に合ったなんらかの役目を自ら選んで背負う。

 それを仕事にして、生まれ変わるまでの間、暇を潰して過ごす。

 <天使>や<悪魔>ってのがそれだ。

 存在自体曖昧なオレは、それを確かなものにするべく、自分を父親と同じ<悪魔>に当てはめ、その仕事をしようとはるばる<もうひとつの世界>に出かけたわけである。



+++++









「あ。お帰り、タシカ。ご飯食べる?」

「……食べっ……けど、なんだよ? 待ってたのか?」

「そりゃねぇ。息子の初仕事だもんねぇ。気になるよ。」

「ただの好奇心だろ。うるさく聞くなよ。疲れてんだから。」

「そうか、疲れたか。うんうん。がんばったねえ。」

「……なんっか、ムカつくんだよな、そーゆーのって。」

「そお? で、どーだった? ちゃんと契約できたぁ?」

「だからうるさく聞くなっつってんだろ。」

「あー、はー、ふーん、あっそお。」

「……なんだよ?」

「うまくいかなかったんだあ。だからそーゆーふうに母親にあたるんだあ。うわー、なっさけないなぁ。男らしくないよねえ。」

「つっ……ちゃんとできたよ。当たり前だろ。それよりメシ。」

「はいはい。」



+++++




 オレの初仕事の犠牲者となった相手は、ひとりの若い女だった。

 悩んでいたらしいことだけは確かだ。

 オレを見たとたんに飛びついてきた。

 しかし、オレは見てハッキリそれとわかる格好はしていない。

 たんなる趣味で黒っぽい服を着ているが、だからといって黒い服を着ていれば<悪魔>というわけじゃない。

 それでも女は近付いてきたオレが誰かわかったらしい。

 役所で紹介されたんだからちゃんとした客であるらしいことは間違いない。

 話を聞き、オレが差し出した紙、<契約紙>に女はサインした。

 驚くほど呆気なかった。

 オレのやることはもうなく、後はこの紙がなんとかしてくれる。

 そう、これは魔法の紙なのだ。



+++++




「なんだよ、これ?」

「お・い・わ・い。一緒に食べようと思って。」

「待てよ。お祝いってふつーあげるもんだろ。一緒に食ったりしないだろ。」

「なに意地汚いこと言ってんの。ケーキはみんなで食べるもんだよ。」

「ケーキなら、な。なに、この巨大まんじゅう?」

「巨大まんじゅう。」

「じゃなくて、」

「だって他に言い表す言葉ないもん。」

「だから、そーいう意味じゃなくてだなーっ」

「お祝いといえば、紅白まんじゅう。」

「誰が決めた?」

「僕が決めた。」

「……。」

「嘘だよ、一般的にそーなんだよっ。だって結婚式にはこれもらって帰るくらいだし?」

「……いたいけな子供だまして楽しーか?」

「失礼なっ。ホントだよっ。結婚式に訪れた人はみんなこれ背負って帰るんだ。赤と白でおめでたいんだ。だから。お祝いに。」

「いらねー。ってゆーか、オレで遊んでるだろ? 眺女。」

「こら、ちゃんとおかーさんと呼びなさい。それはそーと、被害妄想だよ、タシカ君。」

「ぜってーウソ。つーか自分が食いたいだけなんだろ?」

「ひどいな、母の純粋な気持ちを疑うなんて。」

「はいはい。純粋に、食いたいって気持ちだろ。わかってるよ。いいから食えよ。オレ食わねーから。」

「む、それじゃせっかく買ってきた意味がないのだ。半分コ。」

「嫌すぎる……」



+++++









 あなたは罪のない顔で、私の目の前で私の作ったごはんを食べる。

 『ねえ、おいしい?』すると初めてそれに気付いたかのようににっこり笑って『うん』とだけ答える。

 それでも顔が笑っているから、本当はどうなのかわからない。

 でも、美味しいはずがない。

 私の手料理なんて食えたものじゃないって、弟も、前のカレシも言ってたから。

 なのに、何も言わないの?

 黙って食べてくれるの?

 今までそれがとても嬉しかった。

 ……だけど。

「ねぇ、今日彼女となに話してたの? ほら、昼休みに……」

「ん? ……ああ、別に大したことじゃないよ。仕事の進み具合。」

「……あぁ、そっか……。」

 そう言われたらもう聞けない。

 でも、ねえ、それは本当なの?



+++++




「で、今日取った契約ってどんな?」

「……」

「でもあれだよねえ。ホラ、お金持ちにしてくれとかさ、美人にしてくれとかさ、叶えるほうもやんなっちゃうよねえ。」

「……そんなんじゃなかったよ。」

「へーえ、どんなん?」

「……。そーゆーの、ベラベラしゃべってもいいのかよ?」

「なんで? 何かいけない理由でもあんの?」

「いや……契約者の秘密とかさ、他言無用。」

「なんか医者とか弁護士みたいな……。別にいいんじゃないの? アンタも真面目だねえ……」

「……言いたくない。」

「そんなっ、たったひとりの母親に、隠し事なんてっ!」

「バカ。そんな厄介なモンがふたりも三人もいてたまるかよっ!」

「はいはい、母親は僕しか考えられないってことだね、うんうん。」

「前から聞いてみたかったことなんだけど、眺女。お前、おかしいのは耳のほうなのか、それとも頭か?」

「どっちも正常なはずだけど……」

「両方か。」

「アンタの頭がおかしいことなら、非はおとーさんにあるからね。僕を恨むのは筋違いだよ。」

「そんなこと言ってねーだろっ。もういいっ。」

「あ、隔世遺伝ってゆーことも……」

「だから、もういいっての……」



+++++




 生まれて初めて<悪魔>と契約した。

 正直怖い。

 でも私にはもうそれしか残されていなかったのだ。

 馬鹿と言われればそれまでだ。

 それはその通りだし。

 自分でもそう思う。

 そう、わかってる。

 <悪魔>と契約なんかしてもいいことないって。

 だけどもう、耐えられなかったのだ、悲しみに。



+++++




「わかってないなぁ……」

「何が?」

「だからさ、好奇心じゃなくて、僕は心配してるんだよ。」

「おあいにくさま。とってもしっかりちゃんっとできましたー。」

「だからあ、アンタじゃなくって。契約者のほうだよ、心配なのは。」

「何を? なんで?」

「後悔することにならなきゃいいけどなぁ……」

「願いが叶うってのに、何を悔やむってんだよ?」

「……失う、ものを、さ。」



+++++



 人混みの中から現れた少年は、想像していたのよりずっと若く、普通だった。

 普通の高校生みたいだった。

 見て、違うと思ったのに、彼は真っ直ぐ私に近付いてきた。

「あなたが……?」

「呼び方は自由だ。まぁでも、<悪魔>ってのがポピュラーかな。願い事叶えるからそう呼ばれてんだ。アンタも想像力欠けてるってクチならそれで呼んでも構わないぜ。手っ取り早くな。」

 私は『ここで味方になってくれる人と出会える』との占い師の言葉が間違っていなかったことに感激して<悪魔>に駆け寄った。

「お願いっ……!」



+++++



「別に命なんか取らねーぞー。」

「わかってるよ、許さないよ、そんなこたぁ。命より大事なものもあるでしょっ!」

「ねぇよ。」

「まーねっ、確かにねっ、それはそのとーりだ、ちくしょうっ!! まったくこれだから生意気なガキってのはっ。夢がないんだから。でもだね、何かを失くしてから手に入るものなんか、ろくなもんじゃないんだからねっ!!」



+++++




 私たちの間に、大切だったもの、もういらないもの。

 『嘘』と引き換えに、あの人をください。




+++++









「それでぇ? あげたの、その人に?」

「うん……。別に、悪かないだろ。もともと両想いなんだし……」

「ふう~ん。悪くないんなら、どうして自分に言い訳してるの?」

「だからっ、眺女がそーゆー言い方するからだろ。オレは別にっ!」

「ふう~ん、あそぉお。だけどさぁ、いくらもどかしーからって、嘘を失くして人間関係円滑にいくかねぇ?」

「知るか。関係ねぇよ。」

「うわっ、サイテー。性格悪ーい。いんけーん。そんな子に育てた覚えはないわっ。アンタは鬼子よっ!」

「育てたァ? 放ったらかしだったくせに、よく言うぜ。」

「その子もこんなのに騙されて、かーわいそーにねぇーえ。」

「……っつ、てめぇ……。いーよ、好きなように言えよ。どうせ、オレ、<悪魔>なんだし。」

「やだなぁ、何そのいじけた言い方ー。仕事には誇りを持たないといけないよ。」

「……まあな。それもその通りだ。眺女、お前も母業に自信持てよ。こーんな素直ないい息子を持てて、こーの幸せ者ぉ。」

「なに言ってんの? 僕はいつも自分は完璧だと思ってるよ。」

「あー、そうですか、はいはい。」

「お父さんだって強かったのに。」

「非情なだけだろ。」

「ま、完璧な親から完璧な子が生まれるとは限らないしね。仕方ないか。おバカな子ほど可愛いっていうし。少し情けないけど。」

「なんだそりゃ……」

「……本当は、かわいそうなことしたと思ってるんでしょう?」

「バッ……な、何が。」

「やーいやーい、赤くなってんのー。それは、照れかな? まだまだ青いねえ。いや、赤いけど。」

「……って、いったい何が言いたいんだよっ!?」

「うん。つまりねえ。やっちゃったことはもう仕方ないから。後悔すればそれでいいってもんでもないし。次の時もその次の時だって、人から何かを奪うのは、それがどんなにつまらなく見えるものだってきっと同じようにつらいから。我慢しなさい。必要悪になることを決めたんなら、人から嫌われることを恐れずにいなさい。お母さんだけは変わらずあんたを愛してるからね。」

「……うるせぇよ。」

「でも、バカなことやったら怒るからね。」

「うるせっ、てっ、痛っ! なんだよ、オレ、何したよ?」

「ほっほっほ。偉大なる母に向かって生意気な口をきいた。」

「いてぇよ、引っ張んな!」

「そうそう、タシカ。気になるなら見に行けば? アフターケアって手もあるからね。いつだって最善を尽くすことだよ。」

「最善? <悪魔>なのにィ?」

「いいのいいの、物は言いようなんだから。でしょ?」

「……。嫌だよ。オレもう関係ないし。」

「わかんないよお? 次のご利用があるかもしれないから。それにいい印象を与えておくにこしたことはないからね。悪人だとむやみに警戒されたりするけど、善人だと思われていると簡単にだまされてくれるかもだし。ここらで恩でも売っときなさい。」

「詐欺じゃねーかっ!!」

「何がだね?」

「言っとくけど、何かあったとしてもその原因を作ったのはオレなんだぞ?」

「大丈夫、気付かないって、そんなこたぁ。」

「気付くっての!! みんながみんな、お前みたいな間抜けだと思うなよ!?」

「……誰がなんだって?」

「てめぇがっ……いや、うん。なんでもない。ごめんなさい。だからそんな目でオレを見るなっ!」

「罰として行きなさい、すぐ行きなさい、今すぐ行きなさい。」

「……あー、はいはい、わかりましたよっ。せいぜい有り難がられてくるよっ。ありがた迷惑、余計なお世話ってこともあるけどなっ!」

「そんなに相手のことを気にして……。なんだかんだ言ってもいい子だね、タシカ……」

「だからうるせーってのっ!! ついでにもー帰って来ないからな、こんな家! 何か言い残したことがあるなら今のうちに言っとけよ!」

「あ、夕飯は六時だよ。」

「だから帰って来ねーっつの!!」



+++++









「私たち……前はこんなじゃなかったよね。私、本当にあなたのこと愛してた。あなたも……、私のこと愛してくれてたよね? なのに……なのにどうして、今はこんなに憎み合ってるの? こんなはずじゃなかったのに……。本当はいつだって淋しかった。あなたが何も言ってくれないから怖かった。他に大事な人がいるんじゃないか、今いなくてもすぐできるんじゃないか、それでもあなたは何も言ってくれないんじゃないか……って疑って……。最初からずっと不安だったよ。毎日怖がってた。なのに、どうして私、我慢できなかったんだろう。ごめんね。もう遅いよね。……また何も答えてくれないね。当たり前か。嘘が吐けないなら、黙るしかないもんね。優しすぎるよ。私、わかってなかった。いつだってあなたは優しかったのに。私を傷つけまいとしてくれていたのに……。でも、もうそれだけじゃどうしようもないところまできちゃったね。どうしようもないほど、あなたが憎いの。何も言ってくれないあなたが、そんなあなたを理解できない自分が嫌で、こんな思いさせるあなたが嫌なの。もっと早くに別れればよかった……。そうすればこんなことにはならなかったのに。でも、もう、別れられない。あなたは私のものだし……。<悪魔>と契約なんてしなきゃよかった。ああ、笑うのね、馬鹿だって思ってるよね。違うの? ……わからない。今だって、あなたが何を考えているのかわからない。私のものなのに、私にはわからない。いつだって一番大事なものは見せてくれないよね。卑怯だよ。でも、もういいの。もう諦めたから。私はあなたなんか必要ない。離れたいよ。私の前から消えてほしいの。……でも、あなたからは消えられないから、離れられないのが私たちの真実だから、……私があなたを消すよ。……ごめん。ごめんね。勝手だけど、でも、もうあなたに生きていてほしくないの。他に好きな人ができたし……。知ってた? そう。嘘が吐けないね……。ごめんね。許してとか言える立場じゃないけど。あなたにも悪いところはあったんだから……。しょうがないよね。わかってくれるよね。これが私の出した結果なの。これが私たちふたりにとって一番いいことだって気付いた。このまま、……このまま、死んでくれるよね?」




 <悪魔>の契約紙。死者の住む世界において、悪魔の役目をする者に与えられる。魔力のかかった紙で、契約した者の願いを叶えると同時に、その代償を紙の中に封じ込める。



+++++




 俺が何かを言うことで、彼女を傷つけてはいけないと思った。彼女は初めての恋人だった。……本当は、俺はそれまで女の子と付き合ったことがなかった。いつも好きになっても何もしないで終わってた。告白をしなければ、付き合っていることにはならない。でも俺は何も言えなかった。こんな俺だし。顔もルックスも普通以下、特別おしゃれでもないし、声も魅力がなく、喋りだって上手くない。一般に褒められる部分がまずそれだから、他は全部、コンプレックスはあっても自慢になるところはなく、俺はいてもいなくてもいい人間だった。彼女と会うまでの俺はコンプレックスの塊だった。彼女と出会えたことで、一生懸命恋をして、それでどんなに救われたか、彼女は知らないだろう。本当に俺は馬鹿で、自分でもわかってるくせに馬鹿にされるのが嫌で、見栄を張って、恥ずかしくて、恋人ができたのは初めてだと彼女に言えなくて。その嘘がバレたらと思うだけで不安で。そうしたら彼女に捨てられるような気がして。どうしてもぎこちなくて。彼女は本当に俺の女神だったから、いつも先に立って俺を導いてくれる女神だったから、失うのが怖くて。彼女のおかげで、俺は自信を取り戻して、明るく笑えるようになったし、他人とも普通に話すことができるようにもなれた。俺が緊張しないで他人と話せるようになったのは彼女のおかげなんだ。彼女が俺の味方でいてくれると思えば怖くなかった。そのかわり彼女と話すのにとても緊張した。何が彼女を傷つけるかわからなくて、話のタイミングがつかめなくて、それを考えているだけで会話が終わっていた。俺の中では百パターンくらいの彼女との会話があったのに。ケンカになってもいいから、その中からひとつ選んで口に出していれば、こんな事態は免れていたのだろうか。だけど俺は、彼女がそう望むなら、そうと言ってくれれば離れたのに。彼女の傍から消えたのに。ひとこと、邪魔、とさえ言ってくれれば。愛していたのは本当だ。本当に、傍にいたいと思っていた。今も。愛してる、傍にいられたら、そう思う。……思うけれど。だけど、正直、疲れたんだ。……ただ、疲れただけだ。

 ずっとずっと緊張していたから、ちょっと休みたいだけなんだ。

 俺も、……君も。



+++++









 とある会社の屋上だった。太陽との距離が近い、都会のビルの片隅。そこで、ナイフを両手で握りしめた女が、男をビルの端に追い詰めていた。

「……死んでくれるよね?」

 女はナイフを持つ手を震わせながら、憑りつかれたように喋り続けていた。それに対して男は何も言わず、黙って女を見つめていた。女が喋り終え、口を閉じた。そして、一歩を踏み出して、男との距離を縮めた。その時。

「あーあ。なぁんでそんなことになっちゃってるわけぇ?」

 突然降ってきた声に驚き、ふたりが声のしたほうを見ると、給水塔の上からそちらを見下ろす影があった。女は逆光の中の黒い人影の形に見覚えがあった。

「あっ……<悪魔>さん……?」

 人影は給水塔から飛び降りてふたりの前に姿を見せた。日の光の中に現れたその姿は全身黒づくめだった。まだ幼さの残る顔だったが、目の鋭さがただの少年ではないことを示していた。

 男は突然現れた少年に戸惑い、とくに女の口にした<悪魔>という言葉の響きに困惑して、目の前の女と少年とを見比べて、状況を悟ろうと一生懸命だった。しかし、それはどこか喜劇的なその場に相応しい、滑稽な動きに見えた。

 少年は無事に着地し、ふたりに向かって一礼した。

 女は男の視線を気にもとめていないのか、それともあえて無視しているのか、構わずに<悪魔>をにらみつけていた。そして、今まで男を殺そうとしていたことなど忘れたかのように、今度は少年にナイフを向けて怒鳴った。

「何? 今さら何の用!? あんたの望み通り不幸になったよ! どうせそれが狙いだったんでしょう!? 良かったね、思う通りになって!!」

「いやー……そう言われちゃうとね……」

 <悪魔>は女の怒りなど意に介さないふうでひょうひょうとしていた。その様子に女の怒りはさらに高まった。

「なんでっ、今さら何しに来たのっ……もとはといえば全部あんたが悪いっ!!」

「まぁなー。ところで、その男、殺す気?」

 少年に言われて初めてその男存在を思い出し、女が振り返ると、男はぽかんと突っ立ってふたりを見ていた。

「それがどうしたのっ……関係ないでしょ!!」

「ふーん、殺すんだ? じゃあさ、ご利用サービスでいーこと教えてあげる。<悪魔>はさ、願い事の代償に魂とるっての、聞いたことない? 知ってるよね、もちろん。オレもさ、実は、そーなわけ。わかるよな? ……魂だ」

 女は目の前が真っ暗になるのを感じた。男はその時ようやく、女の言った<悪魔>の意味を理解した。

「そんなっ……聞いてないっ、契約書にはっ……!」

 女が大慌てで詰め寄ると、<悪魔>は体を反らせて女を避け、肩をすくめてあっさりと言った。

「透かしだったんだ。」

「そっ、そんな……」

「おーっと、落胆するにはまだ早い。いー話って言っただろぉ?」

 <悪魔>は芝居めいたしぐさで突き出した人差し指を振って見せた。

「アンタが助かる方法があるんだ。ってゆーかもう決定? 代わりにその男が死ぬんだよ。まぁ、どーせ殺すみたいだし? 別に言わなくてもよかったんだけど、無料奉仕とか思われちゃかなわないから。あ、そうそう、あの契約はアンタたちだけの間のものだから、彼女はこの後も新しいカレシができたらその人と嘘を吐きながら仲良く過ごすことができるよ。何もかも元通り。捕まらなきゃの話ね。だから本来アンタの魂を持ってくはずだったけど、彼が死ぬんならそっち連れて行けばいいや。別に期限はないし、アンタが死ぬの待ってもいいんだけど、オレ、気が短いから。今その男が死ぬのなら、そっちを連れて行くね。ただしその場合は、その男がアンタの代わりに行くことに同意しなければならないんだけど、……どう? 彼女の代わりに死んでみるかい? もちろん地獄行きけど」

 <悪魔>はゆっくりと男に近付く。男は何もわかっていないかのようにきょとんとして無防備に突っ立っている。それまで黙って話に耳を傾けていた女が、急に大声を出して<悪魔>を止めた。

「……ひどいっ! そんな!! 契約は私がしたの、私のせいなんだから、私自身が責任を取るっ! だから、お願い、私なら死んでからならどこへだって行くからっ、彼を連れて行かないで!」

「あの……、待って、俺はまだ何も……」

 女の権幕に驚きながら男はおずおずと口を挟む。

「そうそう、大事なのはアンタの意見だよね。オレも、聞きたいのは、アンタが賛成かどうかなんだ。湿っぽい茶番劇じゃなくてね。」

「ダメよ! そんなのダメに決まってる!! 私が悪いんだから、あなたがそんなところへ行くことなんてないっ!」

「そのことだけど……」

「どう? 彼女の代わりに地獄へ行く?」

「いいの、私のことなら気にしないでっ!! 私はあなたがそんなことになるなんて耐えられない!! こんな時にまで優しくなんてならないで! 私はあなたを殺そうとしたのよっ?」

「あ……、だから……」

「どうする? 彼女か、それともアンタか」

 ずいと男に迫った<悪魔>と男の間に割り込んで女が叫んだ。

「だめーっ!!」

 その時、男がきっぱりと言った。

「嫌です。」

「は?」

「は?」

 少年と女のふたりが同時に声を上げ、うってかわって急に静かになったその場に、男の声がはっきりと響いた。

「嫌なんです。」

「……はあ。」

「だってやっぱり彼女のせいだし。」

 そういうと、男は女に向かって、話しかけた。

「俺、ずっと何も言わないできたけど、こういうことになった原因はやっぱり君だと思う。この契約をしたのは君だから、そういう約束になっていたなら君がちゃんと守らないと。たとえ知らなかったにしても。」

「……んじゃ、来る気はない、と。彼女の魂を連れて行ってもいい、と?」

 あきらかに力が抜けきった様子の<悪魔>が男の意向を確かめる風で訊ねた。

「はい。だけど、お願いがあります。俺とも契約してください。」

「あー……まぁ言ってみろよ。」

 面倒くさそうな<悪魔>に男は期待に満ちた輝く目を向けて言った。

「はい。彼女との契約を……」

「何もなかったことにはできねぇぞ。」

「あ、はい。ですから、今この場でその効力を失くしてください。この瞬間から昔のように。俺が彼女のものじゃなくなるように。そしてふたりの間に嘘が戻るように。」

「つまり、あの女がした契約を、アンタが解消するってことか。」

「はい、そうです。」

「……んー? それでお前になんの意味があるんだよ?」

 わけがわからないという風で<悪魔>が訊ねる。

 男はにっこり微笑んで、呆然とたたずむ女のほうを見た。

「だって、そうすれば俺も彼女も死ななくてよくなるはずだし、……ね? ……笑って別れられるよね?」

 女は我に返って男の顔から真意を推し量ろうとしてみたが、その困ったような笑顔からは何も窺えず、男が少年に向き直ってからもひたすらその横顔を見つめ続けた。

「魂は死んでからでもいいんですよね?」

 男は強い口調で確認した。

「あ、あぁ、うー、……うん。」

 その問いに曖昧にうなずきながら、少年は予想外のことにどう対応していいかわからぬ様子で、戸惑って首を傾げていた。

 そんな<悪魔>にも微笑みかけ、男は続けた。

「それで、俺の魂も、俺が死んだ後、取りに来てください。彼女だけが悪いわけじゃないから。……だから、これが、俺の……」



+++++









「なーァーがーァーめーェー。」

「おや、タシカ、お帰り。言った通りだったでしょ?」

「どぉこぉがぁだぁよ、ばかやろーっ!」

「……変だな。うまくいかなかった? 失敗、しちゃったの?」

「んー……? 失敗はしてないけど。」

「なんだ。ならいいじゃん。おめでとーっ。パチパチッ!」

「うがーっあ!!」

「なに怒ってんの? うまくいったんでしょ、『魂とっちゃうぞ大作戦』。彼の危機に際して彼女の心に愛が呼び覚まされる、自分のために怖い<悪魔>と戦い、身を犠牲にしてまで守ろうとする、そんな彼女を見て彼も感動し、彼女のために身代わりになろうとする。ふたりは愛し合っていた時を思い出し、もうこの人なしでは生きてはいけないと、再びアツアツにっ……て、何? そんな顔して。やだなぁ、セオリーでしょ、こーゆーのって。」

「あああああ、ったくよォ、ちくしょう、恥ずかしいしよォ。こんっの大バカヤローッ!!」

「なんなの一体……」



+++++




「それが俺なりの償いの仕方だと思うから……」

 そう言って彼は笑った。


 いつも見せる、あの困ったような笑い顔。

 そうか。今まで気付かなかったけど、あれはあなたの眉毛のせいだったんだ。

 笑うと眉毛が下がる、そういう顔だっただけなんだ。


 ……なんだ。深い意味なんてなかったんだ。



+++++




「へぇ。じゃあふたつも契約取れたんだ。ラッキーじゃんっ!!」

「そういう問題じゃねーよ。」

「でもそれじゃプラスマイナスだよねぇ。彼からは何をもらったの? ……って、まさか、ホントに命!?」

「借金のかただって言って他のもんもらった。」

「えらい。よく機転が利いたね。でも、ひとり目の返しちゃったんなら、実質ひとり分の契約ってことになるよねぇ。うまくいかないよねー。」

「……いーよ、別に。最初からうまくいくなんて思ってねぇし。」

「よしっ、よく言った。それでこそ僕の息子だ。今晩はお母さんが特別に赤飯を作っておいたからねーえ。これならポピュラーな祝い食、文句ないでしょっ。」

「あのー、ありありなんスけどー。つーか、だいたい、なんで祝う!?」

「息子の初仕事の成功を祝う。」

「ご褒美とかならまだわかるんだけどな……」

「偏見はいけないよ。」

「そーゆう話じゃねーってば……」

「いーからっ、ホラ、席について。グラス持って。はーじめーるよーっ、せーのっ、かんぱーいっ!!」



+++++




「……さよならだね。」

 やがてポツリと男が言った。久しぶりに会ったふたりの、最初の言葉だった。女は笑った。

「さよならだね。……ねえ、傷つけないさよならの仕方、考えてきたんだけど、」

「うん。」

「見つからなかった。当たり前だよね。人と人が、別れるんだもん。」

「……うん。」

 男は女に微笑んでうなずいて、しばらくたってから、再び口を開いた。

「……俺も別れ方、考えてきたんだけど。」

「なに?」

「『地獄で会おう』ってのじゃダメかな……?」

「……。う、うん。いいんじゃない?」

「冗談だよ、」

「あ」

 男は困ったような顔で笑った。女はそれを見て、あぁ困ってる、と思った。そして無性に嬉しくなり、男と一緒になって笑った。ふたりはその場で長い間立ち止まったまま笑っていた。ひとしきりそれが済むと、今度はこの間会った<悪魔>さんの、噂話なんぞをし始めた。



+++++




 クシュンッ……!

「……タシカ。風邪ぇ?」

「んー……、っかんねぇ。クシュンッ。」





(おしまい)

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