第三話
いつも朝五時に店を閉じる。
朝日が顔を覗かせ、空のグラデーションがとても綺麗だ。
毎日見ている景色だが疲れきった身体には染みるものがある。
まずは、こちらの答えを出さなければならない。正直、あまり考えてはいない。最初から答えが決まっていたと思う。こんなことをする義理はないが、なんとなく、気分は良い。
俺はお人好しなのだろうか。はたまた、世話焼きなのだろうか。
「お前ら、よーく聞け。」
俺の顔をじっと見ながら微動だにしない。この二人、誠意こそはあるのだろう。
「……俺の家に置いてやる。」
「本当ですか!」
「だと思ってたわ。」
この女、本当に鼻につく。
「だがな、条件がある。一つはちゃんと働け。無職を家に置かねぇからな。もう一つは俺の部屋には絶対に入るな。」
「どうして?」
「チヨ、そういうお年頃だよ。」
耳打ちするようにしているが、こちらに聞こえる声量で言ってくる。
「そういうお年頃ってなんだよ!!人を変態みたいに言ってんじゃねぇ!」
「はは、冗談ですって。」
決断を誤ったかもしれない。まぁ、まだ許容範囲だ。笑えるくらいがちょうどいい。
「そういえば、明臣。」
「なんだ?」
「さっき明臣を探してる人がいた。」
探している人?客人は珍しいな。職業柄、女だろうか。
「あぁ、そうですそうです。黒髪で後ろで三つ編みにしている人でしたね。男なのに珍しいと……」
「!!」
黒髪で三つ編みをしている男……。そんなの、あいつしか居ない。
何故俺を探している?あの時俺はあいつに”負けた”、いや、”負けてやった”んだぞ……。その前に、危ない。平祐に目をつけられたかもしれない。
「お前ら、黙って着いて来い。」
キョトンとした顔でこちらを見てくる。なりふり構っていられない。早く逃げなければ。面倒くさいことになる。
大きい通りは通らずに裏道を通る。人気が少ないので紛れることはできないがこちらの方が安全だ。
公園が見えてくる。家まであともう少し……そう油断したのがいけなかった。ブランコが揺れている。周りには誰もいない。子供の声も虫の声もしない、静かだ。
風の音のみが自分の耳を騒ぎ立てる。……これは駄目だ。
「お前ら、走れ!!」
後ろを振り向いた時には遅かった。
『グハッ……!』
平祐の口から鮮やかな血が飛び出る。
「へーすけ!!」
チヨが直ぐ様平祐に立ち寄り手を貸す。
その後ろには”黒髪で三つ編みをしている男”が立っていた。
「二年ぶりじゃな、アキ。元気にしとったか?」
その男はいつも笑顔だ。片時も笑顔を欠かさない。だが、その笑顔の裏には無数もの死体がある。
最悪な気分だ。まさか会ってしまうとは。
「竜臣……何しに来た。俺はもう用無しだろ。」
少し睨まれた気がする。表情は変わらないのに、表情が豊かだ。何を考えているのかは分からないが、感情は分かる。
「用無し?誰もそんなこと言っとらん。われの力、わしが気付いとらんとでも?」
「知らない。俺に力なんてない。」
早く話を終わらせるが吉だ。こいつと関わっているとろくな事がない。
「ほうか……ならアキもヤスと同じ道を辿るだけ。二年前のこと、覚えとるか。」
不敵な笑みでつらつらと思い出したくもないことを口に出してくる。
こいつは下衆だ。十四年前も、二年前も、こいつは俺の目の前で人を殺した。いや、人を殺しただけならば動揺することもない。……身内だ。母と兄を殺した。悲しみだとか、憎しみだとか、そんなものはもうない。ただあるのは軽蔑の目だけだ。
「われの扱いは簡単すぎるんが問題じゃ。昔みたいに”タツ兄”と呼んでくれてもええんよ?なぁ、アキ。」
いや、もう一つある。それは……殺意だ。
こいつを、殺す。
「明臣……?」
チヨの声でハッとする。今は喧嘩なんかしている場合ではない。こんな奴、いつだって殺せる。
「あぁ、そうじゃ。この二人は誰なん?われ、まさか仲間だと言うつもりはないじゃろうな。」
仲間……そんなこと、思っているわけがないじゃないか。
そう思うと胸が締め付けられる。嘘をついているわけではない。だが、心の奥底ではもう……。
「仲間なんか作らんと言ってたのは誰じゃったか……。呆れるわ。」
「貴方、失礼なこと言うわね。私達が仲間なわけない。」
!チヨ……
「ハッ、そうか。」
「これからなるの。信頼し合える、支え合える仲間に。貴方みたいな無粋な奴、力を合わせなくても勝てるけど。」
「……へぇ。言うなぁ、ガキが舐めやがりおって。」
「ゴホッゴホッ……明臣さん、そんな苦い顔しなくても、僕もそう思ってます。」
「お前ら……。」
俺はこいつらを甘く見ていたのかもしれない。殴られても、相手の恐怖を知ってもなおその牙は丸くならない、いや、鋭くとがってきている。
なんとなく、最高の気分だと思える。
そんなことを思っていたが、屋根の上の人影に気付く。
誰だ、あいつ……。そう思っていると高いジャンプをして降りてきた。地面に瓦の破片が散らばる。
「どーこ行ったかと思えば、こんなとこに居た。」
「げっ、京士郎……。」
知り合いなのか?まさかこいつも敵側……
「そいつが弟かァ?ふーん、あ、俺は危害加えるつもりはねぇから安心しろよォ。お前のバカ兄貴に着いていってやってる心優しいお兄さんだ。よろしくな。」
……ではないらしい。だが信用はまだできない。何のために竜臣に着いていっているんだ。
チラッと目の端にチヨと平祐が映る。
……?チヨの様子が変だ。
「チヨ、どうした?」
「あ……いや、なんでも……」
「!望鶴!!」
望鶴?もしかして……チヨの昔の名前か?
と言うことはこいつ、昔のチヨを知っているのか!!




